風の輪舞
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騒ぎを聞きつけたミーシャとカリンは、近くまで駆けつけたところで様子を探った。そんな彼女達の前で、少女達のシルフィアへの攻撃は更に激しくなっていった。
「大体、団長も陛下も、どうしてアンタ達なんか受け入れたりするのよ。」
「それも、いきなり正騎士の候補だなんてさ!」
「特別扱いにも程があるわよ!!」
それを聞いてカリンが飛び出しかけたが、その肩をミーシャが掴んで止める。
「妹姫に頼まれたくらいで騎士団の規律を乱すなんて、陛下らしくないわよね。」
「アンタが、フレヴィ王子に取り入ったんじゃないの?」
「そうそう、この間も逢い引きとかしちゃってさ。」
さすがにこれにはミーシャも止めに入ろうとした。王家の者を侮辱する言葉を放っておく訳にはいかない。
すると、その目の前で小気味の良い乾いた音が鳴り響いた。それまで大人しく彼女達の攻撃に耐えていたシルフィアが、思いっきり相手の頬をひっぱたいたのだ。
「何するのよ、いきなり!!」
シルフィアからの思わぬ反撃に、少女達は目を丸くした。反撃による直接的なダメージよりも、シルフィアの態度に対する驚きによるショックの方が大きかった。
衝撃のあまりその後は言葉が続かなくなっている少女達に向かって、シルフィアは毅然として言い放った。
「私のことは何と言っても構いません。ですが、王家の方々を不当に非難するような言葉は聞き捨てなりません。第一そのような行為は、シレジア天馬騎士たるにふさわしくないと思います。」
言うべきことをシルフィアの口から聞き、ミーシャは足を止めて気配を殺した。
「な、何よ、偉そうに…。お遊び気分のお嬢様にそんなこと言われる筋合いはないわよ!!」
「遊びなどではありません。私は真剣に、シレジア天馬騎士になりたいと思っています。」
ここへ来た当初は、シルフィアも妹達と同様に、本場の訓練を経験して帰るつもりだった。だが、今は違う。叶うことなら正式にシレジアの天馬騎士となり、シレジア王家に使えたいと本気で考えていた。
その発言に驚いたのは、ミーシャや訓練生の少女達だけではなかった。
「ちょっと待ってよ。姉さんは、ヴェルトマー家の長女なのよ。」
「そうですわ。いくら親戚筋とは言え、他国の騎士になどなれるはずがありません。」
昔はよく遊びに来て、シレジア天馬騎士達に憧れていたフィリアやヴィクトリアだったが、ヴェルトマー公女としての立場を認識するに従って、その夢を捨ててしまっていた。せめてペガサスを駆って天空を舞い、共に戦うことだけを夢見てここへ来たのだ。
「ならば、私は夢よりも公女の身分をこそ捨てます。一番大切なものをこの手で守ることが許されるなら、身分なんて要りません。」
例え二度とあの家に戻れなくなっても、フレヴィの為に戦えるなら構わない。その想いが、ここ最近の彼女の訓練成果に表れていた。怯まず、躊躇わず、自らの持てる力を余さずに発揮し、その時考えられる最良の手を打って対戦する。そんなシルフィアの成長ぶりは、指導にあたっている正騎士達の誰もが認めるところだった。
「バッカじゃないの。」
「アンタなんかが、誇り高きシレジア天馬騎士になれるはずがないじゃない。」
「それはどうかな?」
最後の声は、ミーシャが全員に向かって言ったものだった。驚いて声を失くした少女達に向かって、更に続ける。
「大切なのは能力と適正だ。騎士団の入団資格に国籍や身分は関係ない。」
つまりは、例えシレジアの名家の出身であっても、無能だったり不適と判断されれば入団できないということである。そう、先程のように王家の者を侮辱するような発言をする者が、果たして正騎士となるにふさわしいか、とミーシャに問われれば彼女達自身が否と答えるだろう。
言外の意味を感じ取って俯き加減に少女達が居心地悪そうに目線をさ迷わせていると、その背後からフェミナが、そしてミーシャの背後からカリンが姿を現わす。シレジア四天馬騎士の名をもつ3人の登場に、少女達は背筋が冷える思いがした。
「ほらほら、バカ騒ぎはもうお終いにしなさいよ。さっさと解散。」
「それとも体力が有り余って困ってるの? だったら、素振り1000本、付き合ってあげるわよ♪」
今回限り見逃してくれるらしい騎士達に、少女達は脱兎のごとくその場から逃げ去った。素振りをさせられちゃ堪らない、とばかりにフィリアとヴィクトリアも逃げ出す。
そして、決意を口にした緊張のあまり立ち尽くしていたシルフィアだけが、その場に残された。
そんな彼女の肩にミーシャは軽く手を置くと、カリンに顛末を報告して来るよう指先で合図を送ったのだった。
「シルフィアが、そこまでの覚悟を持ってくれてるなんて…。フィーには悪いけど、これは是非ともうちに欲しいね。」
「そうですねぇ。兄さま、怒らないで下さるといいのですけど…。」
「う〜ん、どうだろう。これがヴィクトリアだったら、間違いなくアーサーは大泣きだろうな。」
3人の娘の内で、アーサーが一番可愛がっているのがヴィクトリア。フィーと一番気が合ってるのがフィリア。しかし、アーサーからもフィーからも最も頼りにされているのがシルフィアである。彼女がよくよく考え抜いた末に出した結論としてあっさり認めてくれるか、それともそこまで真面目で優秀な娘を絶対に手放したくないとごねるか。だが、恐らくは彼等がどんなに渋ったところで、シルフィアの意志を変えさせる前に2人とも根負けするに決まっている。
「私からも兄さまにお願いしてみますね。」
「それは心強いね。」
セティはティニーに微笑みかけながら、心の中で「これでアーサーはあっさり折れるだろうな」と呟いた。
「四天馬騎士が揃う日も、そう遠くない話かな?」
セティは楽しそうにカリンに話を振った。
「ええ、うちのカレンとどっちに転ぶかは解りませんけどね。」
今のところ、将来の四天馬騎士候補としては既に正騎士となっているカリンの娘の名が挙がっていた。しかし、客員として視野から外されていたシルフィアが正式に入団するとなると、果たしてどちらが先に高みに登り詰めるか、これはかなりの見物である。
「あら、それではカリンさんはうかうかしていられませんね。」
「えっ、どういうことですか?」
キョンっと小首を傾げるティニーに、カリンの頭は疑問符で満たされた。
「だって、空席は1つしかありませんもの。」
つまりは、次代組に真っ先に追い落とされる位置にカリンは居ると言うことだ。
「うっ…。そう簡単に負けるもんですか。」
口では強がりながらも、カリンは危機感を覚えた。
「あはは、君も子供達以上に日頃の鍛練に励むことだね。」
夫婦揃ってカリンをからかって、セティは先程から何やら考え込んでいる様子の息子に目をやった。
「どうしたのかな、フレヴィ?」
問いかけられて、フレヴィは真面目な顔で真剣に問い返した。
「私は、シルフィ達に仕えてもらうに足る存在になれるでしょうか?」
この数週間、フレヴィはシルフィアを中心に見て来たとは言え、他にも必死になっている少女達の姿を目にして来た。そんな彼女達が将来仕える相手は父であり、ゆくゆくは自分であることを、先程聞かされたシルフィアの言葉で実感した。
決して不真面目な生活を送っている訳ではないが、誇れる程の何かをしている覚えもないフレヴィは、不安そうな顔で両親を見上げた。
そんな彼に、ティニーもセティも安心させるような微笑みで応じた。
「大丈夫。きっとなれますよ。」
「焦ることはないさ。」
心の中に暖かい風が流れ込むのを感じて、フレヴィは優しく肩や頭をたたく両親に向ってしっかりと頷いて見せた。
それを見て、カリンが先程の仕返しを企てる。
「そうですよ、フレヴィ様。焦ることはありません。あんまり焦ると、セティ様のように10代で『若年寄』とか言われちゃいますからね♪」
これには、フレヴィも目が点になった。
「わ、『若年寄』はないだろ!!」
「カリンさんったら、酷いです〜。」
セティとティニーの苦情を背に受けて笑いながら逃げていくカリンを見送って、親子は仲良くその場を後にした。
そして、お互いの頑張る姿を見つめながら、フレヴィとシルフィアは自分が出来ることに真剣に取り組んでいった。だが、その中で互いの距離を徐々に縮めながらも、手が届く程になるには長い時間を必要としているのだった。