続・お星様を見上げて
デルムッドの章
ペルルーク城を解放したセリス達は、ささやかな休息の日々を得た。
その間、稽古に励む者、町に遊びに行く者、ただのんびり過ごす者など、過ごし方は人それぞれだった。そんな中、騎兵達は交代で辺りの見回りを行っていた。
今日も連れ立って見回りから帰ってきたデルムッドとレスターが城の裏へ回ると、突然、レスターが呟いた。
「あれ?パティのやつ、あんなところで何やってんだ?」
レスターの呟きに、デルムッドが彼の見やった方向に目をやると、パティとリーンが城の影にいるのが見えた。パティが何やら腕を広げたり振り回したりしていて、それに対するリーンは困ったような表情を浮かべていた。
しばらく2人の様子を眺めていたデルムッドだったが、突然、2人に向けて馬を走らせた。
「待てっ、デルムッド!」
一瞬遅れて、レスターが後を追った。
「パティ!リーンに何をした!?」
デルムッドはパティの腕をつかんでねじり上げた。
「痛ッ!」
いきなり現われて訳の判らないことを言うデルムッドにパティが何も言えないでいると、デルムッドは更にパティの襟首を掴んで締め上げた。
「こんなところでコソコソと、リーンを苛めて何が楽しいんだ?」
「えっ!?」
リーンが驚いて、慌てて否定しようとした時、遅れて駆け付けたレスターがデルムッドの手首を掴んだ。そのまま手首を握りつぶすような力を込められて、思わずデルムッドがパティから手を離すと、レスターは彼を軽く突き飛ばし、パティを庇うようにして2人の間に割って入った。
「レスター!そいつの肩を持つのか!?」
「当然だ。目の前で彼女が首を絞められたってのに、相手の肩を持つ奴がいたら顔を見てみたいな。」
その言葉に、へたり込んでいたパティは子猫のようにレスターの足にすり寄り、二人の仲を知らなかったデルムッドは呆然となった。
「お前、向こうで数でも数えてろ。1000も数えりゃ頭が冷えるだろう。」
「1000?」
「そうだ。数えられないのか?」
「莫迦にするなっ!!」
「だったら、さっさと数えてみせろ。」
その挑発的な言葉にのせられたか、それとも勢いに押されたか、デルムッドは少し離れて数を数えはじめた。
残された3人は、しばらくデルムッドの様子を見ていたが、ひたすらに数を数え続けるのを見て肩の力を抜いた。
「それで、いったい何があったんだ?」
「わかんない。」
パティは立ち上がって土を払いながら首をひねった。
「あたしがリーンを苛めたとか聞こえたんだけど・・・。」
「で、苛めたのか?」
「ひっど〜い。そんなことすると思ってるの〜?」
「いや、思ってない。」
目の前で交わされるじゃれ合いに、リーンは笑いを押さえられなくなった。
「あ、笑った。」
「ごめんなさい。」
「ううん、怒ってるんじゃないの。いい笑顔だから、もっと笑いなよ。そしたら、リーンも周りの人も元気になれるよ。」
「そうかなぁ?」
「ああ、俺もそう思うよ。」
レスターまで一緒になって勧めるので、リーンは結構その気になってきた。
そうしてリーンの気持ちがほぐれてきたのを見計らって、レスターは本題に入った。
「ところで、パティと何を話してたのかな?」
「あの、今夜の宴会のことで・・・。」
パティは城中を回ってみんなに好きな物や苦手な物を聞いて回っていたのである。こんな場所で話すことになったのは、リーンがここで踊りの練習をしていたからであった。
しかし、パティに畳み掛けるように質問されて面喰らった挙げ句、以前口にして美味しかったものでも名前がわからなかったりしてリーンが答えに詰まっていると、デルムッドがパティに襲い掛かったのだった。
要するに、デルムッドの早とちりと言うか、勘違いである。
そして、勘違いとは言えあれ程までにキレたところから、レスターとパティはデルムッドの想うところを悟ったのである。
「でも、苛めてるなんて・・・あたしってそんな目で見られてたの?」
「ごめんな、パティ。あいつ、ラナを見て育ってるから、それで勘違いしたんだよ多分。」
現在ラナはファバルの隣で母親譲りの聖母のような微笑みを振りまいているが、以前はセリスに近付く女性に陰で嫌がらせをしていたことがあったのだ。
「とにかく事情もわかったし、気分直しにおやつでも食べに行こうか。村でイモ菓子を貰ったんだ。」
「わ〜い、食べる食べる! リーンも一緒に食べよう♪」
リーンはデルムッドの方を見やって躊躇したが、パティは構わずリーンを引っ張ってレスターについて行った。
そして取り残されたデルムッドは、そのまま数を数え続けていたのだった。
もうじき数え終わろうという頃、デルムッドに声をかける者があった。
「デルムッド、こんなところで何やってるんだ?」
「あ、アレス様。実は・・・。」
デルムッドから事情を聞いたアレスは、笑い転げて言った。
「それで、ずっと数を数えてたのか。レスター達が立ち去った後も。」
真面目すぎる、と散々笑った挙げ句、アレスもまたデルムッドを置いて立ち去った。そして再び置き去りにされたデルムッドは、最後まで数を数えてから独り寂しくおやつを食べに行ったのであった。