グランベル学園都市物語 外伝

クリスマスすぺしゃる2 聖夜の歌姫

クリスマス当日の朝、玄関チャイムの音にアゼルが慌てて玄関に出てみると、そこにはアレスが立っていた。バイク便である。
「あれ〜、久しぶりだね。」
「はぁ…。」
「大変だね、クリスマスまでバイトなんて。でも、今こんなことしてて、パーティー間に合うの?」
「…先生。そういうこと心配するなら、早くサインしてくれないか。」
引きつった営業用スマイルを浮かべて受け取りのサインをもらうと、アレスは猛スピードで去っていった。
事故起こさなきゃいいけど、と心配そうに見送ってしまったアゼルだったが、ふと我に返って手元を見て驚いた。ティニー宛てのその荷物の伝票には「ドレス・靴」と書かれていたのだ。だが、アゼルが「まさか…」と思った可能性は、その直後に否定された。差出人はセティではなく、パティとナンナとそしてフィーだったのである。
「ティニー〜、お友達からプレゼントが届いてるよ〜!」
家の中に戻りながら2階へ向かって声をかけると、何故かけたたましい足音を立ててティルテュが走ってきた。
「…何で君が飛んでくるの?」
「見せて、見せて〜。」
ティルテュは、アゼルの手から箱を奪い取ろうとした。
「あっ、ダメだよ。これはティニー宛てのプレゼントなんだから。」
アゼルは慌てて箱を遠ざけたが、ティルテュは尚もその箱に手を伸ばそうとした。
「ダメだってば。どうしても見たければ、ティニーに目の前で開けてもらいなさい。」
「アゼルのケチ〜!」
「ケチじゃないのっ!!君だって、自分宛てのプレゼントを勝手に開けられたくはないだろう?」
アゼルの言葉にティルテュは渋々引き下がったが、ティニーが降りてくるなり、早く開けて見せるように纏わりついた。
そして、ティニーが急いで目の前の和室で包みを開けてみると、中からは高級ブティックの箱に入ったやや大人っぽいながらも可愛らしさを忘れていない淡いピンクのワンピーススーツと使い勝手が良さそうな羊皮のパンプスがお目見えした。
早速着替えてみると、実に良く似合っている。
座を外して戻ってきたアゼルは、ここにアーサーが居なくて正解だったかもしれないと思った。もし居たら、そのままそばを離れなくなるかも知れなかった。
「カードが付いてるよ。」
箱の横に落ちていたカードを拾い上げると、アゼルは2人に聞こえるように読み上げた。
「えぇっと・・・、「よかったら今夜のデートに着て下さい」だってさ。」
さすが親友。ティニーが服装選びに悩むであろうことを良く知っている。しかも、今年のイシュタルには他人のことなど構っている余裕がないということもわかっているようだ。
「メンバーにフィーちゃんが入ってるからには、その服で絶対間違いないわね。」
今年のデート先は『ホテルセイレーン』のメインダイニング。当然、去年と同様ここもシレジア音楽財団の系列である。もちろん、普段のティニー達には足を踏み入れることも夢のような高級ホテルなので、今年もティニーは舞い上がってOKした後で悩みに悩んでいた。しかし、フィーが選んだ服なら場違いになる心配は皆無である。
「よく似合ってるし、せっかくだからそれで行ったら良いんじゃないかな。」
アゼルの勧めにティニーはそのままセティの迎えを待って、出かけて行ったのだった。


ホテルの玄関前に止まった車から降り立ち、2人は目を見張った。
「イシュタル姉様・・・?」
そこには、同じように車から降り立ったばかりのユリウスとイシュタルが居た。
まずいところを見つかったというような顔をしたイシュタルに、セティは苦笑しながら声を掛けた。
「ここは確か、うちの系列のはずなんだけどね。」
「おや?次期オーナー殿は、他家のお客を拒むのかな?」
セティの言葉にますます気まずそうな顔をして腕を掴む手に力を込めてきたイシュタルの代わりに、ユリウスがにこやかに言い返した。
「いえいえ、ヴェルトマーの次期御当主様のご来訪を拒むなど・・・。って、わざとらしい台詞はともかく、珍しいことは確かでしょう?」
「確かに。僕はともかく、イシュタルがシレジア家系列の場所に来るのは珍しいな。」
ティニーの保護者として行った『花梨亭』はともかく、ユリウスとのデートで足を踏み入れるというのは珍しすぎる。
「でも、どちらの系列でもいろいろ煩くてね。ここなら普通の客としてゆっくり過ごせるし、何よりいい音楽が聴けるからな。」
仮にも音楽財団の系列である。クリスマスディナーに限らず、いつでも質の良い音楽を聴きながら食事が楽しめ、それでいて肩が凝らないムードが作られている。
話しながらロビーまで来たセティ達は、そこで別れようとして互いにあることに気が付いて振り返った。
セティはイシュタル達が向かう方向に。そして、イシュタルはティニーの新品の服に。
セティは見なかったことにしようと思ったが、イシュタルの方は黙っていなかった。
「ティニー、その服どうしたの?」
およそ、あの親やティニー本人が買うとは思えない大人っぽくて高級感のあるワンピースドレス。真っ先に浮かんだ可能性は、セティからのプレゼントである。
「あ、あの・・・クリスマスプレゼントなんです。」
イシュタルの考えが読めなかったティニーが贈り主を省いて答えたから、まずかった。結構大人っぽいデザインにやや恥ずかしさを感じている様子が、更に誤解を招く。
「ねぇ、ティニー。プレゼントに服を贈られる意味、知ってるかしら?」
「えっ?」
セティを一瞬睨みつけてから固い笑顔をティニーに向けて、イシュタルはティニーに近寄ると肩に手を置いた。
「あのね、男性が女性に服を贈るのは・・・。」
そこまで言われて、セティはイシュタルが何を思ったのかやっと理解した。
「誤解だ!」
「じゃぁ、どういうつもりでティニーに服なんて贈ったのよ!?」
「だから、私が贈ったわけじゃ・・・」
互いに声を潜めているから良いものの、高級ホテルのロビーでこの2人は何をやってるんだ、と呆れながらユリウスはイシュタルを引き剥がした。
「過保護もいい加減にしろ。」
ユリウスはイシュタルの腕を掴んでそのまま歩き出した。
「大体、服を贈る意味なんて、あんなのは嘘だ。」
それじゃぁ、ユリウスがホワイトデーにドレスを探し回ったのはそう意味じゃなかったのか、と思ったイシュタルの耳にユリウスはにやりとしながら囁いた。
「イシュタルの服は全てそのためにある。僕が贈ったものだろうと何だろうと関係ない。」
急に引き剥がされフロントへ引っ張られていくイシュタルを気にして風の声でうっかりその台詞を聞き取ってしまったセティは、周りにこんな発言をする人ばかり多い中で、よくぞティニーは可憐なままで居られたものだと妙なことに感心してしまったのだった。


セティとティニーがクリスマス特別ディナーコースを楽しんでいると、フロアチーフが申し訳なさそうに近づいてきた。
「実は、あちらのお客さまから…。」
指し示された方向を見ると、先程とは違うドレスに身を包んだイシュタルが申し訳無さそうにセティ達の方を振り返り、楽しそうな表情のユリウスが軽く手を振っていた。
「セティ様が渋るようなら、これをお渡しして欲しいと仰られまして。」
そう言って差し出されたメモには、「僕の目の前でイシュタルと顔を寄せ合った罪は重いよ」と書かれていた。つまり、その腹いせにティニーと過ごしてる時間をちょっと邪魔してやろうというつもりらしい。
「私は構いませんけど、そんなことしてホテル側は大丈夫なんですか?」
「御心配には及びません。オーナーが御来店の折には良くあることですから。」
高級な場の割に利用する人も面白い物好きが多いらしく、かえって喜ばれているので大丈夫だと請け合うフロアチーフに、セティは準備をするよう指示して料理の続きを楽しんだ。
そしてデザートが出て来た頃、フロア係がセティの元にバイオリンを運んで来た。
「それでは、ちょっと行ってくるね。」
そう言い残して、セティはフロアの一角に設けられた演奏エリアへ向った。そこでは、先程まで演奏していた楽団が交代の為の撤収作業を行っているところだった。通常は、その間レコードなどで音楽が流されるが、この時はユリウスの要望によりセティによるソロ演奏が行われることなったのだった。
セティは軽く音を確かめると、スッと曲を奏で始めた。表向きはユリウスの為に。そして、実際はティニーに聴かせる為に。
「これは…。」
自席からセティを見つめていたティニーの耳には、大好きな曲が飛込んで来た。胸の奥にしみ込んでくるような感覚に、ティニーはそっと歌詞を口ずさむ。最初は殆ど声になっていなかったその歌声が、気持ちの高ぶりと共に、徐々に周囲に流れていく。
「ティニー…?」
ティニーの動向に気付いたセティは、演奏を続けながら自分達のテーブルへと歩み寄って行った。その近付く音に乗せてティニーの歌声は本格的にフロアに響いていく。

………
When you wish upon a star
Your dream comes true

その様子を少し離れた処から見て、ユリウスは悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
「やれやれ、僕らの従妹殿は随分と大胆なところがお有りのようで…。」
「これだから、目が離せないんですわ。」
そういうところが可愛くて仕方がないとティニーの方を見ながら微笑むイシュタルの髪をツンと引っ張って、ユリウスはイシュタルを自分の方へ向かせた。
「でも、僕と居る時は僕だけを見ていろ。」
ティニーにやきもちを妬いているユリウスの様子に、目を離せないのはユリウス様も同じね、とイシュタルは心の中で呟きながらその言葉に素直に頷き、曲の終わりと同時にユリウスと共にフロアから姿を消した。
数瞬の静寂の後、セティは弓を左手へ渡すとティニーの横へ膝をつき、右手でティニーの手を取るとその甲にそっと口付けた。
次の瞬間、辺りからは盛大な拍手が沸き上がり、夢見心地となっていたティニーはハッと我に返った。
「セティ様!あああ、あの…わたしは一体何をして…!?」
パニック状態となるティニーの横で、セティは優雅に立ち上がるとティニーの耳元へ囁いた。
「素晴らしい歌声だったよ、ティニー。」
ティニーは更に真っ赤になった。
「ああっ、どうしましょう。」
「どうしましょうって…。そうだねぇ、とりあえず立ってみて。」
ティニーはセティに手を引かれて、立ち上がった。
「あの、それでどうすれば…。」
「にっこり笑いながら優雅に一礼してみて。」
こんな感じかしらと思いながら、ティニーは優雅に一礼した。
「はい、回れ右してもう一度。」
セティに言われるがままに、ティニーは反対方向に向って同様に一礼した。その結果、拍手は更に盛大となった。
「セティ様〜。」
鳴り止まない拍手にティニーは訳も判らずセティの腕にしがみついた。
「どうやら、アンコールに応えるしかないようだね。そう、曲目は…。」
セティが告げた曲目は、先程の曲と同様ティニーの大好きなディスニーの名曲だった。
「歌ってくれるよね?私だけの大切な歌姫。」
耳元で囁かれて、ティニーは茹でダコのようになりながらも頷いた。
セティがヴァイオリンを構えると、一瞬にしてフロア内が静かになる。そして、ティニーはセティへの想いを込めて歌い出したのだった。

Love is a song that never ends
Life may be sweift and fleeting
………

-End-

インデックスへ戻る