クリスマスすぺしゃる2 アレス×ナンナ
毎年恒例レンスター家のクリスマスパーティーに招かれたナンナは、持って来た料理をテーブルに並べて終え、乾杯用のジュースグラスを貰うと即座にアレスの傍へ寄っていった。
去年と違ってデルムッドの邪魔は入らない。今頃彼は恋人と楽しくダンスパーティーに参加していることだろう。レンスター家のクリスマスパーティーに参加することは慣例となっているので寸前までどちらを取るか迷っていたようだったが、どこからか情報を仕入れて来たエスリンから「恋人と過ごさなくてどうするの!」と叱られて心置きなく恋人の元へ走っていった。
リーフも予想外に大人しくしていた。未だにナンナを諦めきれないとは言え、少しは成長したのかあるいは前もって家の者に釘をさされていたのか、とにかくセリスと仲良く話をしながら料理にパクついていた。
おかげでナンナはアレスと楽しく過ごせる状況にあったのだが、楽しい時は長くは続かなかった。
「どうした?顔色悪いぞ。」
アレスは心配そうにナンナの顔を覗き込んだ。先程まで随分とはしゃいでいたナンナが急に無口になったのを不審に思い、どうしたものかと気をつけて見ると少し青ざめた感じがしたのだ。
「えっ、何ともないわよ。」
そう答えたナンナだったが、微かな目眩を感じていた。それに、ちょっと胃の辺りがむかつくような気がする。
「ちょっと浮かれ過ぎたのかも知れないわ。」
誰にも邪魔されずにアレスとクリスマスパーティーを楽しむことが出来るとは思ってもみなかった。この場に居ないデルムッドはともかく、絶対にリーフがまとわりついて来ると覚悟していたのに、意外にもリーフはセリスと話し込んでいてこっちには来なかった。
「何ともないなら、それでいいが…。」
アレスはまだ心配そうにしていたが、にっこりと微笑むナンナに少しだけホッとした様子を見せた。
しかし、それから程なくナンナは急に表情を強張らせると、グラスをそっと脇に置いて口元と胃の辺りを抑えて動きを止めた。
「おい、やっぱり具合悪いんじゃないのか?」
慌ててその身体を支えたアレスは、そのまま自分に凭れ掛かるようにして呻くナンナを抱えて洗面所へと急いだ。
洗面台に倒れ込むようにして苦しむナンナの背中を摩って、アレスはナンナを少しでも楽にしてやろうとしたが、ナンナは喘ぐばかりで思うように吐き戻すことが出来ずにいた。
「少し横になった方がいいんじゃないか?」
吐けないなら無理に吐かなくても、横になって休んだら治まるかも知れない。そう考えたアレスは、ナンナをその場に座らせると洗面所を出て行こうとした。しかし、ナンナはアレスの服の裾を掴んで止めた。
「すぐに戻ってくる。」
「行っちゃ嫌。」
震える声で言うナンナに、アレスはその場を離れられなくなった。そっと隣に座り込み、少しでもナンナの身体が楽になるように支えてやった。
しばらくすると少し楽になって来たのか、ナンナも落ち着きを取り戻して来た。しかし、そこでアレスはナンナの身体が火照りを帯びたままであることに気付いた。苦しんでいる最中ならともかく、未だに額が熱いままとなると発熱しているとしか思えない。
「やっぱり少し休ませてもらった方がいいぞ。どこか休める部屋を貸してもらえるようにアルテナに頼んでくるからちょっと待ってろ。」
このままナンナを抱えてアルテナの元へ行っても良いかも知れないが、その間にまた吐き気をもよおす可能性を考慮すると、休む支度が出来るまでナンナはここに居た方がいいだろう。
「大丈夫だから、ここに居てよ。」
「無理するな。休んだ方が良い。」
「大丈夫だったら!」
アレスを止めようとしてナンナは大声を上げ、そして再び口と胸を抑えて黙り込んだ。
「おいっ、大人しくしてろよ。」
「誰の所為よ!」
再び、吐きそうで吐けない苦痛に喘ぎながら、ナンナはアレスに食って掛かった。
アレスは、これだけの元気があればすぐに治るかとも思ったが、目の前で苦しむナンナにどうしていいのかわからずオロオロした。
心配そうにナンナを覗き込みながらその背を摩るアレスの背後から、からかうような、それでいてどこか怒りを含んだような声が聞こえて来た。
「お前の所為って事は、やはり悪阻(つわり)か?」
アレスがギクリとして振り返ると、エルトシャンが立っていた。
「誤解です!俺はまだ何もしてません。」
「まだ、か。まぁ、そうだろうな。だが、それが嘘だった時は……覚悟しておけよ。」
苦笑した後きっちりと脅しをかけるエルトシャンにアレスの背筋を冷たいものが走り抜けた。
エルトシャンは、久々に見る迫力に呪縛されたようになるアレスの手からナンナを奪い取ると持って来たミネラルウォーターの瓶をナンナの口に突っ込んだ。
されるがままにナンナが水を飲み干していくと、エルトシャンは手袋をはずして片手をナンナの胃の辺りに回しながら持ち上げ、もう片方の手はナンナの口に突っ込んだ。
「わ〜、何するんですか!?」
「黙って見てろ!」
慌てて止めようとするアレスをあっさり黙らせると、エルトシャンはナンナの舌の奥をグッと押さえた。すると、ナンナが先程飲んだ水を吐き戻した。その水と共に、胃酸臭や果汁の匂いもする。
「後はお前が背中でも摩ってやれ。」
ナンナにうがいをさせて、手とナンナの吐瀉物を洗い流すと、エルトシャンはナンナをアレスに返してやった。
「おい、大丈夫か?」
「ええ、だいぶ楽になったわ。でも何で?」
さっきまでは喉奥まで込み上げては吐ききれずにあんなの苦しかったのに。
「禄に食わずに吐こうとしても苦しいだけだ。少しは頭使え、アレス。」
そう言いつつ、実際にエルトシャンのしたことは毒を飲まされた時の処置の応用編でしかない。毒の場合は無理に吐かせるような真似はしないが、大量の水で胃の中のものを薄めるところまでは一緒だ。かなり乱暴だったが、ジュースの強い果汁で胃を荒らしたナンナには有効だったようだ。
「今、アルテナが部屋を用意している。少し休ませてもらえ。」
なかなか戻って来ないナンナを心配して様子を見に来た者は2名。バラバラに様子を見に来たエルトシャンとアルテナは、しばらく2人の様子を観察した後二手に別れた。他の者達は今尚リビングで大騒ぎしている。
気分悪そうにアレスに連れられていくナンナを見たセリスが冗談半分で「悪阻かな?」と呟いたのを受けてリーフが大騒ぎした挙げ句に泣き出した。そのまま騒ぎの輪は広がり、ラケシスは大喜びしフィンは脱力したところを酔っぱらったキュアンに捕獲された。今頃、ラケシスはエスリン達を巻き込んではしゃぎ回り、キュアン達はこの話を肴に更に飲みまくり、アルテナに怒られたセリスは必死にリーフをなだめていることだろう。
「で、本当に悪阻じゃないんだな?」
今度はナンナに向けてエルトシャンは念を押した。
「違います!まだ、何もされてません。」
「まだ、ね。」
揃いも揃って思わせぶりな言葉をうっかり口にする2人に、エルトシャンは笑いを押さえきれなかった。
「そんなこと言ってるくらいなら、さっさと嫁に来てしまえ。」
「父上!」
「但し、ちゃんと俺も結婚式に出席させるんだぞ。」
一人息子の結婚式である。ラケシスみたいに後になって「私達結婚したの♪」とか言われては堪らない。それに、ラケシスの花嫁姿を見損ねた分までナンナの花嫁姿を拝んでやるというささやかな望みもある。その辺の事情を知ってるナンナは、アレス以上に真っ赤になって何も言えなかった。
「何なら、明日にでも式場の手配してやろうか?」
「まぁ、それは良い御考えですわ。うちの両親も喜んで仲人を務めさせていただくことでしょう。」
いつから居たのか、部屋の支度を整えて戻って来たアルテナはエルトシャンの言葉を受けて微笑みながら現れた。
この2人の場合何処までが冗談か判断がつかない。おまけに翌日に式場を手配すると言うのが不可能でないことが分かってるだけに、下手に頷くと本当に明日の夜には結婚式という羽目になってしまう。
外堀を埋めるように話を進められてアレスとナンナが揃って怯えたように首をふるふると横に振るのを見て、エルトシャンとアルテナはとても面白がったのだった。