グランベル学園都市物語

第49話

ホワイトデー以来ポケベルで連絡を取り合っていたセティとティニーは、春休みに入って2人で花見に出掛けた。
「ティニーの手料理を御馳走になるのは初めてだね。」
「バレンタインチョコは手作りだったんですけど…。」
「でも、お弁当は初めてだろ?」
ティニーはコクンと頷いた。
サンドイッチを一口食べたセティが流れるように二口めを食べずにお茶を飲む姿を見て、ティニーは不安になった。
「あの、お口に合いませんでしたか?」
「いや、その…。」
不安そうに見つめるティニーの視線に、セティはもう一口齧った。しかし、これも一口食べてまたお茶を飲む。
その様子にティニーはさっと手を伸ばし、セティのケースからサンドイッチを取り上げた。セティの方に入ってる組に失敗作があったのか調べようと思ったのだ。
「ダメだ、ティニー!!」
セティが慌てて止めた時には、ティニーは既に一口齧ってしまった後だった。レヴィンの悪ふざけで鍛えられているセティと違って、ティニーにはそれは刺激が強すぎた。
「うっ…。」
「早く、吐き出して!」
口を押さえて呻いたティニーに、セティは急いで紙ナプキンを差し出した。
続けてお茶の入ったカップをティニーに差し出したが、ティニーは呻くばかりでお茶を飲むことが出来なかった。あまりの刺激の強さに舌が動くことを拒否しているのだ。
「ティニー、これで口をすすぐんだ。」
セティはティニーの口元にカップを押し付けたが、ティニーは口を開こうとはしなかった。
仕方なく、セティはティニーの顎を押さえて無理に口を開かせることにした。しかし、ティニーの身体を支えて顎を押さえると、両手が塞がってしまう。その状況下でティニーの口にお茶を含ませるとなると、思い付く手段はただ一つである。天を仰いでしばし躊躇したが、セティは意を決してお茶を含んでティニーの口をこじ開けた。
「ごほっ…うぅっ…。」
「ほら、もっと良くすすいで。」
お茶で口の中を洗いながら、ティニーはボロボロ泣いていた。呼吸が止まるかと思うような量の辛子が塗られたサンドイッチを齧ってしまったことが肉体的に涙を止められなくしていたが、そんなものをセティに食べさせてしまったことがティニーにはショックだった。
やっと口の中が楽になって来ても、ティニーの涙は止まらなかった。
「ごめんなさい、セティ様にこんなものを…。」
「それより、ティニーの方は大丈夫?」
「はい。わたしの方に入ってるのは大丈夫です。どうぞ、召し上がって下さい。」
ティニーは自分のケースをセティに差し出した。
「いや、私が聞いたのは君の身体の方なんだけど…。」
「もう大丈夫です。ありがとうございました。」
そう言って、恥ずかしそうに頬を染めるティニーに、さっき自分がしたことを思い出してセティは慌てた。
「あ、すまない。他に方法を思い付かなくて…。」


アクシデントがあったとは言え、その後は無事ほのぼのと花見をしながらのんびり過ごした2人がティニーの家まで戻ってくると、家の前ではフィーが待っていた。
「どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも。お兄ちゃん、大丈夫?」
「何が?」
「サンドイッチよ!」
セティとティニーが顔を見合わせると、フィーは2人の手を引いて家の中に入った。
家の中には、アゼルとティルテュの前で縮こまっているアーサーの姿があった。うっかり口をすべらせてフィーに悪事がバレて、そのまま殴り倒されて家まで連行された上、両親にまでバレてしまったのだ。
「このバカ、ティニーが作ったサンドイッチをすり替えたのよ!!」
「辛子をたっぷり塗りたくったものにか?」
「やっぱり食べちゃったのね。」
その言葉に、アーサーは口元にこっそりと笑いを浮かべた。当初の目的は達成されたと喜んだのだ。
「良かったね、ティニー。君が失敗した訳じゃなかったんだ。」
ティニーに向かって優しく微笑みかけた後、セティはアーサーに向かって聞こえよがしに続けた。
「君が窒息しかけたあのサンドイッチは、アーサーの仕業だったんだってさ。」
わざとらしく説明っぽいセリフを吐いて、セティはアーサーの方を見据えた。
ティニーからは見えなかったが、この時のセティの顔はこれまでフィーが見たこともないようなゾッとするくらい冷ややかな表情を浮かべていた。
「ティニーが食べちゃったの?」
「私も食べたけど、ティニーも食べてしまったんだ。」
疑念を抱いたティニーが味見してしまった一件をセティは説明した。そして、ショックを受けたアーサーの目の前まで進むと更に続けた。
「これまではティニーが知ったら悲しむといけないからと君のすることは私の胸にしまっておいたけど、ティニーに被害が及んだ今となってはもう容赦は出来ない。」
このセリフにティニーとティルテュが反応した。
「これまでは、って兄さま、いったいセティ様に何をしたんですか!?」
「あんた、他にもいろいろやってたの!?」
アーサーがセティにした嫌がらせや妨害工作の内いくつかを知っていたアゼルとフィーは、セティとアーサーの代わりに頷いてみせた。
「兄さま…。」
ティニーは、涙ぐんだ目でアーサーを見つめた。
ティニーを巻き添えにしてしまったショックと、予想外に恐ろしいセティの様子と、そしてティニーの憂いを帯びた瞳にアーサーは心臓を鷲掴みにされたような感覚を味わった。
「ごめんっ、ティニー!! もうお前の邪魔しないから!」
アーサーはガバッと頭を下げた。フィーは「本当かしら?」と小さく呟いたが、ティニーにバレた今となってはもう邪魔なんて出来ないだろうと思い直した。それにこの期に及んでセティには悪いと思ってないらしい態度が、かえって信憑性を高めているとも言えた。

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