グランベル学園都市物語

第29話

クリスマスイブが差し迫ったある日、登校して来たイシュタルは物凄い剣幕でセティを締め上げた。
「ちょっとセティ、ティニーを『花梨亭』のクリスマスディナーに誘ったというのは本当なの?」
顔を見せるなり教室の隅まで引き摺って行って襟元を掴んで怒りまくっている友人に、セティは辛うじて頷いてみせた。
しかし、ティニーを誘ったのは1週間も前のことで既にその場でOKの返事をもらっている。今さらイシュタルに怒られる筋合いはないはずなので、セティは軽く首を傾げた。
不思議そうにしているセティのその仕種にイシュタルは焦ってる理由を説明した。
実は、ティニーは誘われた時は舞い上がってOKしたものの、いざ当日が目前に迫ってきてふと現実的な問題にぶち当たったのだ。
『花梨亭』といえば中央エリアでは名の通った高級レストランである。最初はそんなところで食事ができるなんて滅多にないチャンスだと喜んでいたのだが、今までティニーはそんな高級なところで食事をしたことなんてなかったし、ただでさえ緊張するのに加えてクリスマスにセティと一緒なんてシチュエーションでは緊張し過ぎてどんな失敗をしでかすかが心配になってしまったのだ。とんでもないことをしてセティに恥をかかせたりしたらと思うと不安で堪らなくなって、夕べ泣きながらイシュタルの元へ電話を掛けたのである。
「何を着て行くべきか?うまく乗り切る方法は?ってあれこれ相談された挙げ句、不安だから一緒に来てくれとまで言われたわよ。」
イシュタルの説明に、セティは軽く肩を竦めた。
「有名な割には堅苦しくない店なんだけどね。」
「そうなの?」
実はイシュタルも行ったことがなかった。何しろ、『花梨亭』はシレジア音楽財団の系列なのである。祖父のレプトールがシレジア家を目の敵にしていたので、フリージ家では会食に『花梨亭』を使えなかったのだ。どうしても利用したければ個人的に来店すればいいのだが、ああいう店は単なる食事で行く気にはならない。
「でもティニーがそんなに不安がるなら、君も招待した方がいいのかなぁ?もちろん、君さえよければの話だけど。」
「私は・・・予定がある訳じゃないし、あの店のディナーには興味あるけど・・・。」
どうせまだユリウスは少年院から出て来られない。しかしイシュタルは、クリスマスのデートに同席するのは気が引けた。確かにティニーは心配だし、クリスマスの晩に2人でディナーなんてティニーにはまだ早いんじゃないかと思うが、だからといって保護者付のデートというのはセティに気の毒な気がした。しかも「招待する」と言うからには支払いはセティ持ちだろうし。
「私にとっては、ティニーが少しでも美味しく料理を口にできるほうが大切なんだ。それに、君には世話になってるしね。」
セティがティニーの教室を訪ねると大騒ぎになる。また自宅に電話をかけてもティニーに取次いでもらえる確率が低い。ティルテュが受けると一方的に話し続けられた挙げ句切られてしまうし、アーサーが出ると「ティニーをお願いできますか?」と言った次の瞬間「断る!!」と言ってガチャンと乱暴に切られるのだ。
そこでセティの方からティニーに連絡を取りたい場合は、連絡役としてイシュタルが用件を伝えるか2人が会えるようにティニーを呼び出していた。
「あなたがそれで構わないと言うなら、図々しく御招待にあずからせていただくわ。」


 

クリスマスイブ当日。
ティニーとイシュタルはシレジア家の車に拾われて『花梨亭』を訪れた。ティニーは最初、イシュタルにフリージ家の車で送ってもらうつもりだったのだが、行き先がシレジア系列店では運転手が言うことを聞かないからと言ってイシュタルに断られたのだ。実は、半分は嘘である。イシュタルが強く命令すれば運転手も嫌とは言えないのだが、せめて送迎の時間も一緒に居させてあげようという配慮である。
店に入った3人は、奥の個室に案内された。
席につくと、セティは馴染みらしい店員に何か囁いた。
「はい、御用意できております。」
「それでは、乾杯に使いたいから早速持って来て下さい。グラスは3つ。」
「こちらのお嬢様方も、よろしいのですか?」
「大丈夫だよ、少なくとも1人は慣れてるし。それに3人で分ければ大した量にはならないから。」
その言葉を受けて、小さめのワイングラスが3つと緑色の小瓶が運ばれて来た。
店員は小瓶の栓を開けると、各々の前に置かれたグラスに透明な液体を注ぎ込んだ。3人のグラスに注ぐと小瓶の中身は残り1杯分あるかどうかというくらいになった。
「それでは、2人ともグラスを持って・・・乾杯♪」
セティのペースに飲まれてティニーとイシュタルはグラスを掲げると、それに口を付けた。
「さっぱりしてて美味しいです〜。」
「レモンスカッシュとはちょっと違うみたいね。なかなか口当たりがいいわ。」
セティ推奨の飲み物にティニーは少し緊張がほぐれた。その後、順次運ばれて来たクリスマスディナーも美味しく、楽しいひとときを過ごした。
料理が殆ど出尽くして、ふとイシュタルは空になったばかりの小瓶を手に取って驚いた。その様子にティニーが手を伸ばして瓶を見ると、『カリフォルニアクーラー』というラベルが付いたそれは、ワインカクテルだった。
「セティ様、これお酒!?」
「そうだよ。」
慌てたティニーに、セティは平然と答えた。
イシュタルはここに至ってやっと、店員が「よろしいのですか?」と確認してた訳がわかった。一応、全員未成年だ。昔からここへ来ているセティはともかく、初めて訪れた2人の少女に酒を飲ませていいのかと確認を取って当たり前だ。オーナーの息子が「大丈夫だから出せ」と言うからといって、普通は断るものだろう。セティの言った「堅苦しくない」の意味はこれだったのか。
そしてセティは悪びれもせずに言ってのけたのだ。
「美味しかっただろ♪」
ティニー達は反論できなかった。

- クリスマスすぺしゃる 完 -

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