After War(イザーク王国編)
聖戦が終わって、シャナン、ラクチェ、スカサハはイザーク王国へ戻って来た。
長らく国王が留守にしていたためか、国内の各所では山賊が巾を利かせていたが、シャナン達が戻る早々、粗方逃げ去った。残っていた者たちはすべて、シャナン達によって打ち取られた。その戦いぶりに、民衆はイザーク王家の確かな復活を見たのだった。
国と取り戻したと思ったらそのまま旅立ってしまった国王の帰還を心待ちにしていたイザークの人々は、シャナン王の帰還とラクチェ王妃の存在を大変喜んだ。剣聖オードの再来とも言えるシャナン王と並んで見劣りしない剣技と容姿の王妃の存在は、イザーク王国にとって、明るい未来への象徴だった。
「ラクチェ、お前またこんなところで剣なんか振って・・・。」
裏庭でシャナンと軽く剣の稽古をしていたラクチェを見つけ、スカサハは慌てて駆け寄った。
「あら、日頃の鍛練を怠っちゃいけないのよ。」
「だからって、今がどういう時期なのかを考えろよ。」
「別に、軽く剣の稽古をするくらいかまわんだろう。」
平然と答えたラクチェに、シャナンが助け舟を出した。
「ラクチェは妊娠してるんですよ!」
「大声で言わないで!!」
スカサハが叫んだ次の瞬間、ラクチェはスカサハを練習用の剣の腹で殴り倒したが、遠巻きにしながらも居合わせた者が、スカサハの台詞を聞き取ってしまった。
とたんに、周りから人が集まり、口々に祝いの言葉を述べ始めた。
シャナンとラクチェは急いでスカサハを回収し、隙を見てスカサハの部屋へと逃げ込んだ。そして、スカサハを叩き起こした。
「まったく、皆の前でなんてこと言うのよ。大騒ぎになっちゃったじゃないの。」
「俺は、懐妊中の王妃が剣の稽古をしてる方が、大問題だと思うぞ。」
「別に、激しい訓練をしていた訳ではないのだから、問題はなかろう。」
「シャナン様まで、そんなことを・・・。それが原因で流れでもしたらどうするんですか?」
とっても一般的な心配である。妊娠初期の過度な運動は流産の元。世継ぎ問題にも関わるし、ラクチェの身体だってどうなるか・・・。
しかし、シャナンは落ち着いたものであった。
「これくらいで流れるようなら、お前達は今頃ここにはいないさ。」
アイラがこの双児を身ごもった頃、シグルド軍は戦闘の直中にあった。
アイラとホリンが結ばれたのは、シルベール城を落とす少し前、つかの間の休息が与えられた時だったのである。
もっとも、アイラの懐妊がわかったのはシレジアへ逃れた時のことだった。アイラは己の体調不良をその所為とは思っても見なかったし、ホリンもアイラの動きに違和感を感じてはいたが、まさかと思っていたのだ。エスリンに言われて初めて、そうだったのかと思った2人であった。
だが、その後もアイラは剣の稽古を続けていた。ホリンも最初は止めたのだが、戦闘をしても大丈夫だったのだし、アイラも自重して激しい稽古は控えており、気晴らしになる程度ならば良しとしたのだ。
その一部始終をシャナンは見ていた。
そして、その挙げ句に生まれて来たのが、この双児である。非の打ち所のない健康優良児。
「ラクチェはアイラより遥かに健康的だし、私が見ていて異常を感じれば、すぐに稽古を止めさせるから大丈夫だ。」
「だいたい、スカサハってば心配性が過ぎるのよね。」
自分達がその身を持って安全性を証明してしまった以上、スカサハは引き下がるしかなかった。
「でも、本当に無理はするなよ。」
「わかってるわよ。それより、これからどうするつもりなの?」
「これからって?」
スカサハには、ラクチェの言葉の意味がわからなかった。
「確かに。スカサハの所為で、発表時期が予定より早まってしまったな。」
「そうよ。この責任はどう取ってくれるのよ?」
シャナン達は、公式発表をしたら周りが騒いで満足に剣の稽古も出来なくなるので、言い逃れが出来なくなるまで黙っていようと思っていたのだ。スカサハも、他人には言うなと口止めされていたはずなのに、うっかり裏庭で叫んでしまった。
「責任を取れと言われても・・・。」
スカサハは狼狽えた。このままだと妙なことになりそうだという雰囲気を感じ取っていた。そして急いで逃げ出そうとしたが、あっさり捕まってしまった。
「さあ、しばらくの間はラクチェの振りして囮になってもらうぞ。」
「そうそう、私達が稽古してる間、皆を引き付けておいてもらいますからね。」
それから数週間、スカサハは女装してラクチェの振りを続けた。
バレたら承知しない、とラクチェに脅されたため、声色も真似ているとは言え下手に喋るとボロが出るからと、なるべく他人の話には頷くか首を振るかで答えるようにして、レース編みや刺繍や裁縫に熱中してる振りをした。
その結果、彼の手芸・裁縫の腕はまた一段と上がり、ラクチェが無事に子供を産み落とした時には産着に不自由しなかったのだった。