茶色いねずみに御用心

その日はとってもいい陽気だったので、ナンナとテラスで午後のお茶を飲もうと思い、アレスはナンナの部屋を訪ねた。ところが、部屋には居なかった。居そうな所を次々見て回ったがナンナはその何処にもおらず、気が付くとアレスは厨房の前の廊下を歩いていた。
すると、厨房から声が漏れて来た。
「今回だけ。ねっ、今回だけお願い。」
「今回だけ、って言って何回やれば気が済むんですか?」
「そんなこと言わないで。ねぇ、今回限りでいいから〜。」
「本当に今回限りですよ、リーフ様。こんなところを他の誰かに見られたら只じゃ済まないんですから。」
「わ〜い、ナンナ愛してる〜♪」
まさか、と思い厨房のヘロヘロ扉を押し開けたアレスは、リーフに抱きつかれて頬にキスされているナンナの姿を目にした。一瞬固まった後、アレスは掛け去った。
大きく開かれた状態から手を放されて、ヘロヘロ扉は勢い良く開閉された。風を切り扉同士が擦れてバタバタする、その音にナンナは誰かに見られたと覚り、廊下へ飛び出した。目撃者と思しき人物は角を曲がろうとしていたが、辛うじてアレスだと見分けることが出来た。
「大変だわ。皆にばれる前に口止めしておかなくちゃ…。」
ナンナは慌ててアレスの後を追った。しかし、コンパスの差もあれば脚力の差もある。間もなく見失ってしまい、アレスの行きそうな場所を端から捜しまわる羽目となってしまった。
城の屋上で、ナンナはアレスを発見した。しかし、ここまで来るのに随分かかっている。その間にアレスが誰かにさっきのことを告げてしまっていたら、と不安はあったが未だに誰からもそんな素振りを見せられていないので、多分間に合っていると思われた。
「ねぇ、アレス。さっき、厨房で何か見聞きしちゃった?」
おどおどと問いかけて来たナンナに、アレスは不機嫌そうに聞き返した。
「例えば、お前とリーフが…か?」
「ああ、やっぱり〜。お願い、誰にも言わないで!!」
「言われなくても、そのつもりだ。」
ナンナがリーフと逢い引きしてたなんて、頼まれたって教えるものか、とアレスは心の中で吐き捨てた。
「ところで俺にも…。」
「ダメ!!」
俺にもキスさせろ、と言いかけたアレスの言葉を皆まで聞かないうちに、ナンナは怒ったように拒否した。
「おい…。」
「ダメよ、絶対ダメ!!」
先程のアレスの答えに安心してへたり込んでいたナンナは、今や仁王立ちとなっていた。
対抗してアレスも立ち上がる。
「何で、ダメなんだよ!?」
「何で、って。子供みたいなこと言わないでよっ!」
確かに子供みたいかも知れない。アレスは先程リーフが口付けたのと同じところにキスしようと考えていたのだから。他の男に触れられた部分を自分の元に取りかえす、そんな想いを見すかされたようでアレスは言葉に詰まった。
その時、敵襲を告げる警鐘が鳴り響いた。

近くの村へ向けて山賊が移動していた。解放軍は村を救うべく、素早くその進路に騎兵を送り込んだ。
今の解放軍にとって山賊ごときはものの数ではなかったが、いつにもまして今日の山賊は早々に壊滅した。何しろ、いつもは後方で回復と応援に専念しているナンナが、アレスと並んで剣を振るい続けたのだ。
「だから、何でリーフは良くって俺はダメなんだよっ!?」
「リーフ様だけでも大変なのに、あなたまでなんて。こっちの身が持たないわよっ!」
こうして怒鳴り合いながらも二人の間にはハートが流れまくり、打ちかかる者はおろか攻撃範囲内に入った者は全て討ち滅ぼされた。途中でセリスが呆れて付いていくのを止めたために指揮範囲外まで出てしまったにも関わらず、戻って来た2人は擦り傷程度しか負っていなかった。
そして、戻って来ても尚怒鳴り合いは続いていた。
「身が持たない、っていったい何やってんだよ、お前はっ!」
「自分の取り分の食糧で埋め合わせしてるのよっ!」
「へっ?」
事ここにいたって初めて、どこか認識が食い違っていることにアレスは気付いた。逢い引きと食糧にどんな関係があるというんだ?
「お前…リーフと逢い引きしてたんじゃ…?」
「失礼ねっ、そんなことしてないわよ。」
しかし、こそこそと何かをしていたことは確かだ。アレスはもう一度自分が見聞きしたことと、今ナンナが言ったことを考え合わせてみた。
「もしかしてお前達盗み食いしてたのか?」
「盗み食いしてたのはリーフ様だけよっ!」
声を潜めて問いかけたアレスに、自分まで盗み食いしてたと思われてなるものかとつい声を大にして叫んでしまってからナンナはハッとなった。
「ふ〜ん、そうなのぉ。リーフが盗み食いねぇ。ナンナは知ってたのに黙ってたんだぁ。」
「セリス様、今の…。」
いつの間にか、ナンナの背後にはセリスが立っていた。
「しっかり聞こえたよ。皆も聞いたよね〜。」
「お〜〜〜!」
いつの間にかメンバーが周りを取り囲み、リーフが輪の中に押し出されてきた。
「リーフ、何か抗弁するなら聞くけど。」
「えぇっと、あの、お腹が空いて…。」
次の瞬間、アレスはリーフの頭をベシッと叩いた。
「言い訳になるか、そんなことっ!お前が紛らわしいことした所為で、俺がどんな思いをしたか…。」
「どんな思いしたの?」
セリスは意地悪く聞いた。
「だから、その…。それより今はリーフの盗み食いの話だろ。」
食糧の備蓄量には限りがあるので、セリスと言えども配給制で贅沢は許されない。その状況下で盗み食いを重ねていたリーフをどう処分するかである。
何とかセリスや皆の意識をリーフに戻し、アレスは言い逃れた。
「まぁ、ナンナが自分の分で埋め合わせてたから酷い食糧不足になったりはしなかったけど、実害が少ないからって甘い顔はできないよねぇ。」
腹が減っては戦は出来ぬ。食糧備蓄量の少ない解放軍では盗み食い常習犯の罪は結構重いのである。
「よしっ、それじゃあリーフはこれまで盗んだ分を埋め合わせるまで毎食少しずつ還元すること。それから、ナンナとフィンにも責任取ってもらうよ。」
「お父さまは関係ありませんわ。」
ナンナは慌てて抗議した。知ってて見逃していた自分はともかく、フィンにまで責任を取らせるというのは納得がいかない。横で聞いてたアレスもセリスに文句を言おうと口を開きかけた。
しかし、セリスはに〜っこり笑って続けたのだ。
「だって、監督責任があるじゃない?だから、リーフがどんなに騒いでも2人は絶対に自分の分を分け与えないこと。以上。」
このセリスの裁きにリーフは泣きそうな顔になり、アレスは爆笑した。

城へ戻る道すがら、ナンナはアレスに馬を近付けて来た。
「ねぇ、あの屋上で本当は何て言うつもりだったの?」
「屋上?」
「ところで俺にも、って。」
ナンナは気になって仕方がなかった。あの時は、アレスが自分にも盗み食いさせろと言うのだと思って突っぱねてしまったけれど、リーフと逢い引きしてたと誤解したアレスは何て言おうとしたんだろう。
「後で、2人っきりになったら教えてやるよ。」
「今じゃダメなの?」
「俺はいいけど、お前は困るかも知れない。」
「え?」
「つまり、こういうこと。」
そう言うとアレスは懐から取り出したハンカチを水筒の水で湿らせてナンナの横に馬を寄せ、リーフが触れた部分をきれいに拭き取ると、その頬へそっと口付けた。
その意図を覚り、ナンナは呆れたように呟いた。
「やっぱり子供みたいね。」

-End-

AKIさん、キリ番GETおめでとう〜\(^o^)/
御希望は「アレスが嫉妬する話」だったはずなんだけど、出来てみたら「誤解してやきもち焼く話」になっちゃいました。でもナンナが浮気しない限り、過去に嫉妬するか現在を誤解するかしかないような気がしますんで、これで勘弁して下さいませ。
ちなみに「ねずみ」は盗み食いする人の事です。うちでは盗み食いする人の事を「頭の黒いねずみ」って呼ぶんです(リーフは茶髪だから「茶色いねずみ」 ^^;)。
喧嘩しながらもハートが飛びまくってる辺りで2人の関係が正規の恋人であることを示してる以外、ラブラブからちょっと遠ざかっちゃてますが、でも行間を読んでもらえばラブラブです。
って、読者に高度な技を要求してどうすんだ?(^^;) (from LUNA)

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