pas a pas

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アルスター城へと侵入を果たしたセリス達は、ティニーの案内でブルームの部屋への最短コースを辿っていた。
「大丈夫か、ティニー?」
「……はい。」
ブルームの部屋へと近付くにつれてどんどん顔色が悪くなっていくティニーの肩を、アーサーは心配そうに支えた。
「伯父様がいらっしゃるお部屋までは、あと少しです。」
そのことが、ティニーにかなりの負担を掛けていた。
兄の言葉によって解放軍へ参加した時に覚悟は決めたはずだった。何故、自分達が生き別れになり母があのような死に方をしたのか、オイフェ達からも聞かされた。その上で、改めて解放軍の一員となると心に決めたはずだった。しかし、ヒルダのように憎んでいた訳ではない。そんな伯父を殺そうとする者達を、自分は今案内しているのだ。
「あの階段を上がれば、後は真直ぐに…。」
ティニーがそう言って前方を指差した時、後ろからこの城に仕える者達がやって来た。皆、護身用と思しき武器を手にして悲愴な顔で向かって来る。
身を竦めたティニーを庇うようにして、アーサーは手元に炎の球を浮かべて見せた。
「死にたい奴だけ掛かって来いよ。」
牽制され、彼等は立ち止まる。そこへ、すかさずティニーが叫ぶ。
「お願い、命を粗末にしないで下さい!」
そんな様子を見て、セリスはアーサーとティニーにこの場に残るように言った。
「案内ありがとう、ティニー。後は、アーサーと一緒にここで待ってて。先に脱出しても構わないからね。」
素早く言い置くと、セリスは駆け出した。すると、先に階段のところまで行っていたアレスが責めるように囁く。
「これが、お前のやり方か?」
「甘い、って言いたいの?」
「……残酷だな。」
ブルームと会わせるのを避けるなら最初から連れて来なければ良い。連れて来たのなら、最後まで見届けさせるべきだ。半端に情けをかけてもティニーがブルーム殺しに加担したことには違いない。ただ仲間だった訳ではなく、協力した事実は変わらないのだ。いっそのこと、倒される姿をはっきりとその目で確認させてやった方がすっきりするというものではないだろうか。
アレスの言わんとするところを唯一人シャナンだけが読み取ったが、セリスとナンナは訳が解らず自分の耳を疑った。
そんな2人に対し、アレスは顎で「さっさと行け」と言うとその後ろについてブルームの元へと進んで行ったのだった。

ティニーの言った通り、階段を上がると後は迷いようがなかった。
意を決して、セリスは警戒しながら扉を開く。
「こんなところまで、ねずみが入り込んだか。」
ブルームは、『トールハンマー』の魔導書を構えてセリス達を迎えた。
セリスとシャナンは詠唱が終わる前にと一気に間合いを詰めたが、もう少しというところでシャナン目掛けて光が走る。
「くっ…。」
シャナンは避けたものの、それによって距離を置かれる。そして、反対から切り掛かったセリスの剣は、大楯によって弾かれた。バランスを崩したセリスに、第2波が走る。
「セリス!」
シャナンはブルームに再び切り掛かろうとしたが間に合わない。
辛うじてセリスは攻撃を避けたが、揃って傍に寄れないのでは勝負にならなかった。おまけに、近寄れたとしても隙をつかなくては攻撃が利かない。もっと手勢が居ればとも思ったが、対抗出来る能力がある者は限られていた。2人は共に、ラクチェも連れてくるべきだったかと一瞬考えたものの、防御も顧みずに突っ込んで行く彼女が居たら、それはそれで大変なことになっただろうと思ってその考えを打ち消した。それに、頭数が居たところでこの狭い空間では反って互いの動きに制約が掛かり過ぎると言うものだろう。
一方、そんな2人をアレスは冷ややかに見物していた。
「あの…。」
「何だ?」
ナンナはアレスに加勢を求めようとした。
「相手を見てものを言うことだ。」
はっきり口にしなくても、ナンナが何を望もうとしたのかくらいは察しがついていた。しかし、アレスにはセリスに加勢する義理などない。見物に呼ばれたのだから、セリスが傷つこうと何しようと見ているまでだ。
それでも何か言いたげにジッと見つめるナンナに、アレスはからかうように声をかけた。
「色目を使うなら場所を選べ。」
「なっ…!!」
アレスは羞恥に頬を染めたナンナの顎に指先をかけて正面から顔を覗き込んだ。
「そうしたら、相手をしてやらんこともない。なかなか良い線行ってるしな。」
「だ、誰がそんなこと…。」
ナンナは大声で叫ぼうとして、状況に気付いて慌てて口を押さえた。
「何だ、違うのか?」
鼻で笑うようなアレスに、ナンナは音量を押さえながらも鋭く言葉を返した。
「女が皆あなたに惚れると思ったら大間違いよ。私を他の人と一緒にしないでっ!!」
『黒騎士』が傭兵としての腕だけではなく、別の方面でも凄腕と名を馳せていたことはナンナの耳にも入っていた。しかし、こんな所でしかもこんな時に何てことを言うのか。その上、自分のことをバカにするにもほどがある。
ナンナは、自分の顎に伸ばされたアレスの手を払うようにして身体を離した。
そうこうしている内に、セリスが瓦礫に躓き転倒した。そこへ、雷が迫る。
「死ぬがいい!」
ブルームは勝利を確信していた。
だが、光が消えた後にはセリスではなく別の者の姿があった。しかも、掲げられた剣の周りで雷が燻っている。
「貴様…!?」
「これはお前などには過ぎた獲物だ。」
アレスは言うと同時に切り掛かったが、ブルームは間一髪ワープの魔法で姿を消した。
「逃げ足の早い…。」
アレスは剣を収めると、足元に転がってるセリスを蹴飛ばした。
「おい、いつまで休んでるつもりだ。」
「あ、ははは、ちょっとビックリしちゃって…。」
「この程度で腰を抜かしていて、よくもあんな偉そうなことが言えたものだな。」
腰に片手をあてて見下すようにして言うアレスに、セリスは立ち上がりながら言った。
「君が庇ってくれたことに驚いてるんだよ。」
「……お前を庇った覚えはない。」
ただ、獲物を横取りされたくなかっただけ。まだ、見物は終わってない。
そう主張するアレスを見て、セリスはシャナンと共に苦笑したのだった。

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