2月のハート
バレンタインデーが押し迫った頃、解放軍はちょうど戦闘も終わって先へ進むための英気を養っていた。
女の子達は挙って城下町に繰り出し、あちこちの店を覗いて回った。お菓子屋、パン屋、雑貨屋などから通りの端に並ぶテントの店まで、チョコレートが出回りそうなところを次々見て回り、恋人に贈る品物や材料を仕入れるべく駆け回った。
「どうもピンとくる商品がないのよねぇ。」
ナンナは何処の店でもこれという品物を発見できずにいた。
「あれ〜、ナンナってばまだ買ってないの?」
「ええ、なかなかいいのが見つからないのよ。」
手作りチョコの材料を抱えたパティに、ナンナは困ってることを告げた。
「相手のイメージじゃなくて、自分の方を向いて選んでみたら?」
アレスにはどんなチョコを渡したらいいんだろうか、と悩むナンナにパティはあっさりと発想の転換をするよう勧めた。
「自分の方?」
「うん。あそこにナンナが贈るのに似合いそうなチョコが出てたよ。」
パティに引っ張られて、ナンナはお菓子屋の店頭まで戻った。そこには様々なチョコレートが並んでいる。
「どれの事?」
「ほら、あそこのやつ。」
パティが指差したものは、最初にナンナは見た時に目をとめたものだった。その時はアレスに似合うかどうかで見ていたのでやめたけれど、自分の気持ちには向き合ってみればイメージ的に良い感じだった。
「そうね、あれにしようかな?」
ナンナは店に入ってそのチョコを包んでもらった。
「カードはどれになさいますか?」
ナンナの目の前に、メッセージのリストと数枚のメッセージカードが並べられた。
基本的にメッセージは「Happy Valentine's Day」と書かれているのだが、それで終わってるものや、後に「forYou」とか「with Love」とか入ってるものもある。
他にも、「I LOVE YOU」とか「On Valentine's Day My Heart to You」といったものもあった。
「無地のカードだけにして、御自分で書き込むことも出来ますよ。」
そう言われても何と書いて良いものか悩みを深めるだけなので、ナンナはピンクの濃淡で描かれたバラの入ったカードにオーソドックスなメッセージを入れてもらった。
カードの選択で随分迷っていた間もパティは店先でナンナを待っていた。他の女の子達もいつしか集まって来て、一緒にナンナを待っていてくれた。
「ごめんなさい、ぐずぐずしちゃって…。」
「いいのよ。このあたしでもかなり迷ったんだから。」
シャナンは普段甘いものを殆ど食べない。だから普段食べない人に渡すもの選ぶには、即断即決で口より身体の方が早く動くと言われているラクチェでも、かなりの迷いが生じたのだ。ならば物事を真面目に考えるナンナが悩んでも不思議はないとラクチェは涼しい顔で言ってのけた。
「私も、フィーさんのアドバイスがなければ決められませんでした。」
「アドバイス、って…。」
フィーは「お兄ちゃんはティニーが渡すものなら何でも喜ぶし、例え毒でも平気で食べるから気軽に選べばいいのよ」と言っただけである。これを聞いてアドバイスだと思えるティニーって…。
「それで皆、気に入ったものは見つかった?」
アルテナは、わいわいと騒ぐ女の子達を優しく見つめながら問いかけた。そして少女達が頷くのを見て、皆をまとめて義理チョコの買い出しへ向かうべく引率を始めた。
バレンタイン当日、恋人のいない男性群には義理チョコが贈られた。「食堂のテーブルに置いてあるから自由に食べてね」という通達が回っただけなのだが、女の子達が集団でお金を出し合って買って来たということは、自分の愛する者が買ってくれた分も含まれているということで、踊り狂ってる者が2名程いた。
恋人のいる男性はそれぞれ相手に呼び出されてチョコを手渡しされていた。
ナンナは裏庭のベンチにアレスを呼び出していた。
「はい、アレス。バレンタインチョコよ。」
「サンキュー、ナンナ。」
アレスはチョコを受け取ると、ニコニコしながらナンナの髪に口付けた。
「ん、もうっ。買って来たチョコ貰ったくらいでそんなにはしゃがないでよね。」
「だって、ただのチョコじゃなくてバレンタインチョコだろ。」
しかも、義理チョコは食堂で配られてるからリーフとの差は歴然だ。
アレスが早速開けてみると、箱の中には大きなハート型チョコを中心にそれを取り巻く小さなハート形チョコ8つが入っていた。ナンナの、表向き小心になってしまいながらもやっぱりアレスの事が大好き、という気持ちにぴったりの代物だ。
「可愛いな。」
小さなハートの輪の真ん中で輝いてる大きなハート。アレスは見ているうちにドキドキして来た。そして、真ん中の大きなハートを口に運んだ。
「甘いな。」
「気に入らなかった?」
「いや、心にとろけるような甘さを感じる。」
聞いたナンナは赤面したが、アレスは幸せそうな笑みを浮かべていた。
それからアレスは大切に箱を元に戻すとベンチの端にそっと置いた。そして振り返ると、改めてナンナに話を切り出した。
「今日はお前の誕生日だったよな?」
「え? ええ。」
言われてみれば、ナンナは今朝「誕生日おめでとう」と父から言われた時は覚えていたが、バレンタインだと盛り上がっているうちに自分の誕生日を忘れていた。
「これを、受け取ってもらえないか?」
アレスは懐から小さな箱を取り出し、ナンナに差し出した。
リボンはおろか包装紙すら付いていないその箱は指輪ケースだった。受け取ったナンナが開けてみると、中には細かい細工の施されたプラチナの指輪が入っていた。
「受け取れないわ、こんな高いもの。只でさえミストルティンの修理でお金が掛かるのに、こんな高いもの買っちゃダメよ。」
ナンナは指輪をアレスに突き返した。しかしアレスはその手をとって改めてナンナの方へ押し返した。
「受け取ってくれ。これは、母上の形見だから。」
「お母様の?」
だったら、尚更受け取れないとナンナは思った。アレスが母親の事をどれ程大切に思っていたか、シグルドのことを誤解してセリスを恨んでいた頃のことを思えばわかる。
「大切なものだからこそ、お前に受け取って欲しい。」
ここまでくると、恋愛沙汰に鈍いナンナでもさすがにこれがプロポーズだと理解できた。
「受け取って…くれるか?」
ナンナは遠慮がちに、しかし顔には喜びの表情を満ちさせて頷くと、指輪を受け取って左手の薬指に嵌めた。
AKIさんのところのナンナは2月14日がお誕生日ということで、バレンタイン&お誕生日創作をお贈り致します。
自分のところのバレンタイン創作を書いてる合間に、ふと思い立って書いてみました。AKIさんのメインページの影響がいろいろあるかも…。
それに、今回のアレスにはうちの創作の○○○様の影響も出たようで、あのセリフの数々は書いてる時は平気だったんだけど読み返してみると…。読み返してて辞書の角に頭をぶつけてしまいました(また、ちょうどいいところに置いてあるんだ、国語辞典が…^^;)。
でも頑張って書き切りましたので、石や爆弾を投げないで下さいm(_ _)m
(fromLUNA)