拾い物は大切に

仕事明けに街で遊んで、早朝の山道を駆けていたアレスは、足元から声が聞こえて来るのを耳にした。
馬を止めて覗き込んでみると、少し下の迫り出した岩場に子供が2人落ちている。良く見ると、気を失っている金髪の少女を大して体格の変わらない茶髪の少年が抱えて岩場を上ろうとして試行錯誤しているようだった。
「そりゃ、無理ってもんだろ。」
呆れたように呟くと、アレスは馬に積んであったロープを近くの木に縛り付け、馬に引っ掛け、それを少年の目の前に落としてやった。
「おい、そこのお前。そいつを自分の腹に乗せて、2人まとめてロープで縛れ。」
「えっ?」
突然目の前に落ちて来たロープと頭上から掛けられた声に、少年は困惑した。
「だから、"前へ倣え"するような格好で2人まとめてロープで括れって言ってんだ。引き上げてやるから。」
少年はしばらく躊躇った後、アレスの言う通りに少女の背を自分の腹に密着させるような格好で彼女の胸と自分の腹の辺りをロープで括った。
「これで、いいですか?」
縛り終わって問う少年に、アレスは肯定の返事を返した。そして、彼にロープをしっかり持って引き上げられる速さに合わせて岩場に足をかけるように指示すると、馬を操って2人を引き上げた。
「助かって良かったな。」
「え、えぇ。」
からかうように言葉をかけながら小剣でロープを切るアレスに、少年は警戒するような目を向けた。
「何だよ?」
「あ、いえ、その…。」
訝しむアレスに、少年が何か言おうとして口をつぐむ。それから、言い難そうに口を開きかけた時、少女が目を覚ました。
「ん…。」
「あっ、気が付いたんだね。大丈夫? 怪我はない?」
少年は矢継ぎ早に少女に問いかけた。すると、少女は少し身体を動かしてみてからしっかりと頷き、アレスの方を見て不思議そうな顔をした。
「この人に、助けてもらったんだ。」
「貴方は……傭兵ですか?」
怪訝そうな顔で問われてアレスが頷くと、少女は困ったように少年にすがりついた。
「どうしましょう。私、お金持ってません。」
その反応に、アレスは目が点になった。しかも、そう言われた少年の方も、自分も文無しだから困ってると言ったような返事をしている。
「おい、お前ら。さっきから何なんだ、その態度は?」
別に、恩を着せようと思って助けた訳ではないが、子供の口から礼の言葉より先に金がどうのこうのと聞くと、アレスは不愉快だった。
「あ、ごめんなさい。でも、私達、本当にお金持ってなくて…。」
少女は心の底からすまないと思っているような顔で謝るが、アレスは余計に不機嫌になる。
「バカにするのもいい加減にしろ! 何でも金で解決するような態度、俺は大っ嫌いなんだ!!」
怒鳴られて、少女は涙ぐんで少年の背にしがみついた。
「違います。私達はそんなつもりじゃ…。」
「どう違うって言うんだ?」
少女を背に庇うようにしながら、少年は睨んでいるアレスに怯むこと無く事情を説明した。

「はぁ?」
少年の説明を聞き終えたアレスは、再び目が点になった。
「あの、ですから、こういうことでも手を借りた場合は報酬を支払わなくちゃいけないのかな、と…。」
傭兵は報酬無しには決して手を貸さない、という間違ったあるいは片寄った知識を持っていた子供達に、アレスは呆れ返った。
「そりゃ、まぁ、中にはこんなことでも謝礼金を要求するような奴もいるかも知れないが…。」
仕事にあぶれて金の為には何でもやるような奴なら、相手が子供だろうと金をせびり、払えなければ捕まえてどこかに売り飛ばすくらいのことはするだろう。
「しかし、少なくとも俺は、ちょっと崖下に落ちてたガキを引き上げたくらいで金を要求する程、プライド低くはないぜ。」
まぁ、これが宝石をジャラジャラ付けてたりしたら、その幾つかを巻き上げようかと考えるかも知れないが、この2人は見るからに金を持ってなさそうである。ただ、その身なりには不釣り合いな程、立派な剣を持ってはいるようだが…。
「俺は、自分の腕に自信があるからな。こっちを安売りしない分、他のことで稼ぐような真似はしない。」
アレスが自分の腰の剣を示してきっぱり言い切ると、2人は少しだけ表情を和らげた。そして、少女はまた顔を出す。
「えぇっと、あの、ごめんなさい。助けて下さってありがとうございました。」
そう言って少女がペコリと頭を下げると、少年もそれに合わせて軽く会釈した。
「ああ、それで充分だ。」
機嫌を直したアレスは軽く笑うと、馬の方へ歩み寄った。そして、遠くの様子に眉を潜めてから、子供達の方を振り返る。
「それじゃ、俺はもう行くぜ。お前らも気を付けて、さっさと家に帰れよ。何やら不穏な空気をまき散らしてる奴らが近付いてるからな。こんなところを通るには非常識な人数で、その上ダークマージまで混ざってやがる。」
アレスの忠告に、2人の顔色が変わった。それは、単にアレスの言葉に怯えたとは思えない程、深刻な表情だった。
「まさか、奴等が戻って来たのか?」
少年の呟きに少女の顔色が更に青ざめてゆく。
「夕べ私達を見失った後、てっきり諦めたかと思ったけど、夜明けを待って出直してきたか。」
「どうしましょう。私の馬は今…。」
馬があったとしても、この距離ではそう遠くなく追いつかれてしまうだろう。
「迎え撃つしかないな。」
少年は腰の剣に手をやった。
「で、でも、私達だけでは…。」
「仕方ないよ。フィン達と合流できるまで、自分の身は自分で守らなきゃ。」
きっぱりと言いきった少年にアレスが小さく口笛を吹くと、少女がアレスの方をジッと見た。
「あの、どうか私達に…。」
「ナンナ!!」
アレスに向かって何事か言いかけた少女ナンナの言葉を少年が鋭く遮った。その声に身を竦めたナンナに向って、少年は大人びた表情で諭すように告げる。
「さっきとは訳が違う。手を貸して欲しい、と望むには彼を正式に雇わなきゃいけない。私達にそんな力はないだろう?」
「ですが…。」
「ダメだよ。確かに頼りになりそうだけど、それは当然それに見合うだけの報酬を約束する必要があるってことだ。君は、それを支払うために自らの身を投げ出すつもりなのか?」
その言葉の意味するところに、ナンナはグッと言葉に詰まって俯いた。そして、真剣に考え込む。そんな彼女の様子に、アレスは頭を抱えた。
「おい、こら、ちょっと待て。ひとを何処かのロリコンおやじと一緒にするな。」
きょとんとして自分を見つめる子供達に、アレスはげんなりした気分で言葉を続けた。
「頼むから、支払いは現金にしてくれ。」
こんなガキに手出しする程不自由はしてない。それに、甘い夢では武器の修理など出来やしない。
そんなアレスの返事を聞いて、ナンナは真剣な顔でアレスに詰め寄った。
「でしたら、出世払い! あ、いえ、分割払いでお願い出来ませんか?」
「だから、分割もやってないって…。」
あまりのことにアレスは怒鳴り付ける気も起きなかった。
見兼ねて、少年が止めに入る。
「これ以上、見苦しい真似は止すんだ。」
「見苦しくっても、格好悪くっても、リーフ様の命には代えられないではありませんか!!」
涙目になって振り返り叫ぶナンナに、リーフと呼ばれた少年はその肩を掴んでアレスから彼女を引き離すと、静かに首を横に振った。それでナンナは押し黙る。
「すみません。貴方はもう行って下さい。このままお引き止めしてたら、本当に私達の戦いに巻き込んでしまいますから…。」
一緒にいるところを見られたら、雇ったわけでも志を同じくするわけでもないのに、アレスはリーフ達の仲間とみなされるだろう。いくら腕に自信があるとは言っても、まだ成人の域に達してるかどうかという感じのアレスは、フィン達を見てきたリーフの目にはそれほど強そうには見えなかった。きっと、殺されてしまう。通りすがりの恩人をそんな目に合わせてはいけない。
そんなリーフの思いに気づいたのか、ナンナもすっかり大人しくなった。
過小評価されているのは少々不満だったが、アレスは厄介事に首を突っ込みたいとも思わなかったので、言われるままにその場を後にすることにした。だがその前に、ふと思い出したように言う。
「ああ、そうだ。迎え撃つなら、もう少し向こうに最適なポイントがあるぜ。」
道幅が狭く、足場の悪い道。そこを更に岩が塞ぐような形で通路を狭めている。そこにリーフが陣取って、背後からナンナがフォローすれば、かなり持ち堪えられるだろう。時間を稼げれば、先程リーフが言っていたフィンという人物が駆けつけてくれる可能性だってある。
「……貴重な情報をありがとうございます。」
でも私には僅かな情報料だって払えませんよ、とリーフの顔に書いてあるのを見て、アレスは苦笑した。
「心配しなくても情報料は無料だ。言っただろ? 俺は自分の腕以外では稼がない、って。」
「そうでしたね。重ね重ね失礼しました。」
そう言うと、リーフはナンナの手を引いて急いでアレスの示した方向へ走って行った。そしてそれを目の端で見送って、アレスも彼らと反対方向に馬を進めたのだった。

しばらく行ったところで、どこかの貴族の私兵といった感じの集団とすれ違ったアレスは、横柄な態度で自分に道を譲らせた輩にリーフ達のことを尋ねられて白を切った。
庇ってやろうなんて気の以前に、自分達だって長期契約の傭兵のくせにアレス達のようなフリーの傭兵を蔑むような態度をとる輩が、彼は大っ嫌いだったのである。
通り過ぎる集団と大分離れてから、アレスはふと馬を止めた。
「何か、あいつらの良いようにされるのって気に食わないな。」
どんな事情があるかは知らないが、妙に大人びた子供が2人。すれてるのかと思うとやたらと素直だったり、やっぱり変なところで大人びていたり。なかなか興味深いガキ共だったな、などと思い返しながらアレスは来た方向を振り返ってみた。
「分割払い、ねぇ。」
真剣な顔で発せられたナンナの言葉を思い出して、アレスは苦笑した。出世払いは時々聞くが、分割払いで仕事を依頼しようとした人間を見るのは初めてだった。
「そう言えば、あいつ…。」
思い出し笑いをしていたアレスは、ナンナがあの時涙目で叫んだ言葉が耳に甦り、それを反すうして笑いを止めた。
「リーフ様の命には代えられないではありませんか!!」
何度思い出してみても、確かにナンナはそう言っていたのだ。そう叫んだ彼女の様子からは、自分が助かる為の大義名分などとは思えなかった。
「自分よりも他人の命が大切だってのかよ。」
莫迦か、あいつ。そう心の中で呟きながら、その為にアレスに必死に取りすがった、ちょっと突ついたら壊れてしまいそうな少女のことが頭から離れない。
そして、しばらく考え込んだ後、アレスは徐に馬首を返したのだった。

アレスが駆けつけてみると、リーフ達は思いのほか上手く戦っていた。フィンという人物は見当たらなかったが、リーフが孤軍奮闘してまだ2人とも生き残っている。私兵同士が、手柄に目が眩んで非協力的なのも幸いだったに違いない。
アレスは、集団の向こうに2人の姿を捉えながら、剣を抜き放った。
「退け、邪魔だ。」
低く告げると同時に、アレスは集団のしんがりの兵を次々と切り捨てた。我先にとリーフを攻めることに夢中になっていて、アレスの接近に気付かなかった敵は慌てふためく。
「な、何だ、貴様は!?」
「奴らの仲間か!!」
直近の者は振り返ってアレスと対峙したが、殆どの者はまだリーフに夢中になっている。
「うるせぇな。邪魔なんだよ、大勢で道塞ぎやがって。」
アレスは馬から飛び下りて改めて剣を構える。馬上の方が戦いなれているとは言え、この足場の悪さとこれからやろうとしてることを考えると、馬から降りた方が得策だろう。
アレスは手近な者を切り捨てると、不敵な笑いを浮かべた表情を作って宣言した。
「そんな訳で、力づくで通らせてもらうぜ。」
その迫力に気押された敵を、アレスは宣言通り無造作に道を切り開くかのような態度で切り捨てた。そして、浮き足立った敵の中から優先的に魔法使いを倒してゆく。修理費節約の為『ミストルティン』の魔防をアテに出来ない以上、そうそう敵に魔法を使わせる訳にはいかないのだから。
「これで魔法の心配はなしか。」
リーフ達も魔法剣で優先的にダークマージなどを倒していた為、アレスは思いの他手早く魔法使い達を殲滅することに成功した。
「さ〜て、それじゃあ、お前らにも退いてもらおうか。」
頭数ばかりで非協力的に押し寄せる敵の集団を相手に、アレスは掃討戦を開始した。
そして、リーフの間近までやって来たアレスは彼の奮闘ぶりを目の当たりにした。あの小柄な身体のどこにそんな力があるのか、とにかく装甲歩兵を相手に一歩も引かずに、返り討ちにしていたのだ。その後ろではナンナが一生懸命に杖を振っている。だが、2人ともとっくに体力の限界を超えているようだった。それでも、気力を振り絞って戦っている。
「ゼィ…ゼィ…。」
最後の一人を片付けて、リーフ達はその場に座り込んだ。
「どうやら、生き延びられたみたいだな。」
肩で軽く息をしながら、アレスはリーフに声を掛けた。
「何故…?」
リーフは不思議そうな顔でアレスを見上げる。
「まぁ、ちょっとした気まぐれってやつかな。」
リーフは更に不思議そうな顏をする。
「勿体無い、とか思っちまったんだよな。」
「はぃ?」
ナンナは自分の方を見つめて答えるアレスに、小首を傾げた。
「折角拾い上げた面白い女、あんな奴らの手に掛けさせちまうのは勿体無いぜ。」
「お、面白いってどういう意味よ!!」
ナンナは顔を真っ赤にして立ち上がってアレスを怒鳴り付けると、立ちくらみを起こして再びヘロヘロと座り込んだ。
「あはは、本当に面白い奴。おまけに、あと何年かしたらいい女になりそうだしな。やっぱ、今死なせちまったら勿体無いだろう?」
楽しそうに笑うアレスに、ナンナは今度は恥ずかしさで真っ赤になった。
ひとしきり笑うと、アレスは自分の馬に2人を乗せてその場を離れた。やはり落とし物は持ち主に、拾った子供は保護者に届けるのが筋と言うものだろう。
「あ、この辺まで来ればもう大丈夫です。」
適当なところでアレスに断りを入れるリーフに、帰る場所を詳しく知られたくはないのだという意を感じ取って、アレスは2人を下ろした。
「ああ、それじゃ今度こそ本当に気を付けて帰れよ。」
「はい。ありがとうございました。」
「あの…、本当に報酬受け取らなくていいんですか?」
そのまま去って行こうとするアレスに、ナンナは不安そうに声を掛けた。
アレスはそんなナンナを振り返ると、からかうように言った。
「そうだな。また会えるようなことにでもなったら、お前に分割で払ってもらうか。」
「もうっ、バカにして〜っ!!」
「利子つけて返せるくらい、いい女になっとけよ。」
そう言って後ろに向かってひらひらと手を振りながら、多分2度と会うようなこともないだろうから貸し倒れだな、と苦笑するアレスだった。

それから3年近くの月日が流れ、3人はセリス率いる解放軍で再会した。
「あっ、あの時の妙なガキ!!」
「あぁ〜っ、貴方はっ!!」
セリスによって引き合わされたアレスとリーフが互いを指さして叫ぶと、詳しく聞きたがるセリスを無視してリーフは懐からいつもとは違う財布を取り出した。
「どうぞ。」
ズイっと差出された重そうな財布に、アレスは面食らった。
「利子ついてもこれだけあれば足りますよね。」
この時の為に溜め込んだリーフのへそくりは有に50000ゴールドなど軽く超えていた。
「これで、ナンナに手出しはさせませんよ。まったく、ナンナに分割払いさせるだなんてとんでもない!!」
そう言ってアレスを牽制したリーフだったが、結局はそれからしばらくしてナンナはアレスのものになってしまった。
「まさか、ここまでいい女に育つとはな。拾った甲斐があったってもんだ。」
隣で微笑むナンナを見つめながら、アレスは過去の自分の気まぐれに感謝にも似た気持ちを覚えるのだった。

-了-

インデックスへ戻る