PERIOD

トラキアでの戦いを終えて、解放軍はグランベル領内への進軍を前にしばしの休息の場を得た。時折、山賊の襲撃などがあったものの、これまでの激しい戦いと比べれば相手はものの数ではなかった。
見回りの者や近くに居合わせた者だけで事が足りてしまう為、このところ出番がなかったセティ達は、その日もいつものようにのんびりと4人で朝食をとっていた。
「あれ? ティニー、全然食べてないじゃないか。」
元々食の細いティニーだったが、その日は殆ど食べ物に手を付けずミルクだけを口に運んでは溜息をつくような仕種をしていた。アーサーが訝しく思うのも無理ないことである。
「ちょっと、お腹が痛くて…。」
「何か、拾い食いでもしたのか!?」
言ってしまってから「ティニーに限って、そんな訳無いよなぁ」とアーサーが思ったのとほぼ同時に、フィーの平手がアーサーの後頭部に軽く叩き付けられた。
「あんたと一緒にすんじゃないわよ!」
アーサーは反論したかったが、かつてセリスの仕掛けた罠にハマって落ちている食べ物に手を出したことがあるだけにグッと言葉を飲み込んだ。
「少し顔色が悪いようだね。他に、どこか具合の悪いところはあるかい?」
「今朝方ちょっと頭痛が…。でも、今は平気です。」
心配そうに様子を伺うセティに、ティニーは努めて元気そうに答えた。
「風邪かな? ちょっと口開けて「あ〜」って言ってごらん。」
セティはペンライトを取り出すと、ティニーの口を開けさせて咽を覗き込んだ。
「何ともないみたいだね。となると、疲れやストレスが原因かも知れないな。」
激しい戦闘続きだった生活が一段落してホッとして、身体が悲鳴を上げてることに気付いたのかも知れない。そんなセティの説明に、一同は納得した。
「今日の魔法訓練は休んで、部屋で寝てた方が良いんじゃないか。」
「大丈夫です。大したことありませんから。」
「無理はいけないよ、ティニー。」
休むようにすすめるアーサーやセティの言葉に、ティニーは訓練への参加を見合わせることにした。

日もすっかり落ちた頃、城の背後に忍び寄る影があった。
その日の敵は数が多く、倒しても倒しても次々と湧いて出た。
「ティニー、無理は…。」
「大丈夫です。戦えます。」
出撃するセティ達をティニーが追いかけて来た。
「しかし…。」
セティとアーサーは顔を見合わせた。ティニーが一緒に来てくれると助かることは確かなのだが、かと言って無理はさせたくない。
「今はどこも痛くありません。お願いですから、一緒に居させて下さい。」
ティニーにこんな風に言われて、その願いを撥ね付けられるような2人ではなかった。
「仕方ない…よな?」
「ああ。でも、具合悪くなったらちゃんと言うんだよ。私達はいくらでもフォローするからね。」
ティニーはしっかりと頷いた。
「ちょっと待って、わたしも行くわ。そしたら、ティニーに何かあった時すぐに本城まで運べるもの。」
「フィー!?」
振り返ると、夜だからと飛兵は出撃を見合わせていたはずなのにいつの間にかちゃっかりと装備を整えて来たフィーがそこに居た。
「一山いくらの人と違って、わたしやアルテナ様は夜間飛行も可能よ。ましてや今夜は満月だしね。」
胸を張って言い放つフィーに、セティとアーサーは互いに視線で何やら会話を交わすと「いざとなったら宜しく」と声をそろえて頼んだのだった。

「ああ、もうっ、こいつら一体どこからこんなに湧いてくるんだよ〜。」
倒しても次々と新手がやってくる状況に、アーサーは嫌気がさしながらも「ウインド」で対抗した。セティも、同様の思いを抱きながら「エルウインド」で黙々と敵を迎え撃ち、今のところ背後に控えているティニーの手を煩わせることもなく済んでいる。
「その集団でうち止めみたいよ〜。頑張って〜。」
上空から掛けられるフィーの声に、セティ達が一気にカタを付けようと気合いを入れかけたところで、異変が起きた。ティニーの身体がその場に崩れ落ちたのだ。
「ティニー!!」
揃って駆け寄ろうとしたセティとアーサーだったが、セティは慌ててその場に踏み止まった。
「アーサー、ティニーを頼む!」
再び敵の方へと向き直り、セティは魔導書を持ち替えた。意図を察したアーサーは慌ててティニーを抱えてセティのすぐ近くで出来るだけ身体を低くし、勘の良いフィーは一気にその空域から飛び去った。
そして、「フォルセティ」の力を解放したセティは敵をまとめてなぎ倒した。辺りを吹き荒れた風が収まった後には、肩で大きく息をついているセティとその足元で地面に伏せているアーサー達が残されているだけだった。
「はぁ、はぁ…。ティニーは無事か?」
「ん〜? よくわかんないけどすっげぇ具合悪そうだ。」
アーサーに抱き起こされたティニーは、お腹を押さえて荒い息を吐いて身を固くしていた。少しでも動かすと悲鳴を漏らしたり、苦痛に顔をゆがめる。
さてどうしたものかと2人が思案していると、「フォルセティ」の余波を喰らわないように慌てて飛び去ったフィーが戻って来た。
「お待たせ〜。すぐにティニーを運ぶわ。」
「ああ、頼む。…おや?」
ティニーをフィーに預けようとして、セティはティニーの服についているあるものに気付き、自分のマントをティニーに巻き付けた。そして、フィーに耳打ちする。
「えっ!? …わかったわ。でも、ティニーに予備知識がなかったらうまく説明する自信はないわよ。」
「誰も、お前一人で説明しろとは言ってないだろ。とにかく、後は頼んだぞ。」
「うん。」
フィーがティニーを抱えて飛び去った後、セティは疑問符を頭の上にいっぱい浮かべたアーサーを促して城へと戻って行った。

道中、やっと冷静さを取り戻したアーサーは城が見えて来たところでセティに問いかけた。しかし、セティの返答は簡潔だった。
「ティニーの不調の原因が判ったんだよ。」
それ以上詳しいことは口に出さないので、アーサーは訳が判らず、とにかく悪い病気ではないと言うセティの言葉を信じるしかなかった。面白くはないが、セティだって自分と同じかそれ以上にティニーを想っているのがわかっているだけに、「大丈夫だ」という言葉に疑う余地はない。
「不満そうだね。」
アーサーの背後で馬に揺られながら、セティは苦笑した。
「とりあえず私は城に戻り次第「鎮痛剤」を調合するけど、君に出来ることは殆ど無いよ。」
確かにアーサーにはセティやコープルのような薬物知識がないから、今のティニーの役に立てそうなことは思い付かなかった。疎外感をますます強くしたアーサーはムッとしたが、セティの言葉を反すうしてふと気付いた。
「おいっ、「殆ど無い」ってことは少しは何か出来るんだよな?」
「ははは…、良く気付いたね。」
「……。さっさと教えないと、捨ててくぞ。」
馬を停止させて、アーサーは背後のセティを睨み付けた。
「やれやれ、短気だな。」
セティは軽く首を竦めた。
「ぬいぐるみ。」
「……はっ?」
「城下町で、ティニーの気に入りそうなぬいぐるみを探して来てくれないか? 肌触りが良くて、適度な弾力があって、腕にすっぽりと包み込めるような大きさのものを。」
アーサーは耳を疑った。ティニーの不調とぬいぐるみに何の関係があるのだろうか。しかも、その具体的な指定は何を意味するのか皆目見当がつかない。
「俺をからかってるのか!!」
「私は本気だよ。ティニーの為に君が出来ることなんて、ぬいぐるみを探してくることか厨房の担当者を拝み倒して砂糖入りのホットミルクを貰ってくることくらいだ。」
真顔で言い放つセティに、アーサーは馬を早足で進めると城門にセティを捨てて町へと急いだ。
数刻後、猛スピードで城門をくぐったアーサーの腕に抱えられた袋の口からは、可愛いパンダのぬいぐるみが顔を覗かせていたのだった。

アーサーが城下町を駆けずり回ってやっと手に入れたぬいぐるみを持ってティニーの部屋に行くと、そこにはフィーとリーンとセティとレヴィンとセリスが居た。
「これって、どういうことなんだ?」
前3人は解る。フィーとリーンはこの部屋の住人なのだし、セティは一応恋人だし。それに目の前にカップがあるところを見ると、セティは調合した薬かあるいはホットミルクを持って来たのかと思われた。しかし、レヴィンやセリスが居るとなると、ティニーに何かあったのかも知れないと思ってしまう。
「やぁ、お疲れさま。探し物は見つかったかい?」
セリスに手招きされるままに、アーサーはティニーの枕元に近寄った。
「やっと薬が効いてきたんだ。さぁ、それをティニーに…。」
セティに促されて、アーサーはぬいぐるみを差し出した。
「アーサー、随分と良いものを見つけて来たね。ティニー、こういうものを抱えてると少し楽になるからね。」
セティはアーサーの腕を掴んでぬいぐるみをティニーに渡した。
「ふかふかしてます〜。兄さま、ありがとうございます♪」
ぬいぐるみを抱き締めてほわ〜っとした表情を浮かべるティニーを見て、アーサーはセティの言ったことが冗談ではなかったことを確信した。
「それで、一体何なんだよ、このメンバーは?」
「だからね、やっと薬が効いて来たからティニーに詳しいことを説明しようとしてたんだけど…。」
フィーが言いにくそうに呟いた。
「それで、どうしてセリス様やレヴィンが居るんだ?」
「私はお見舞いだよ。」
「俺は、事と次第によっては行軍予定の見直しが必要になるから、確認の為だ。」
すかさず、セティがレヴィンを睨み付けた。
「そういう言い方が症状を悪化させるんです。いい歳なんだから、そのくらいの知識は持っておいて下さい。」
「???」
アーサーの頭の上に、大量の疑問符が浮かんだ。

「…という訳なんだ。」
基本的にはティニーに言い聞かせるように、ところどころセリスやアーサーにも確認するようにしながらセティは説明を終えた。
「それじゃ、しばらくは行軍予定の組み方に注意した方がいいんだね?」
「ええ、まぁ。でも周期が不安定ですから敢えて考慮に入れない方が宜しいかと思いますよ。それよりも作戦に柔軟性を持たせておいていただいた方が他の方々も助かるでしょう。」
セリスはセティの答えを聞いて、ふと思い当たる節があった。もしかすると先日スカサハが「拾い食いでもしたみたいで…。」とか言ってラクチェを休ませたのは、本当は違う理由だったのかも知れない、と。
「それにしても、セティは随分と女性の身体について詳しいんだね。」
「セ、セリス様!! 変な言い方はやめて下さい。」
なるべく淡々と話すよう心掛けながらも、内心では「どうして私に説明させるんだ」とフィーやリーンに恨みがましい思いを向けていたセティは、真っ赤になって狼狽えた。
「別に変な意味で言ったつもりはないよ。さすがは賢者の称号を持ってるだけの事はあるなって…。」
セリスは、わざと誤解を招くような言い回しをしておきながら、狼狽えるセティを見てクスクスと笑った。だが、一緒になってセティをからかうかと思われたアーサーは、何故かセリスの同意を求めるような視線には乗って来ず、フィーの方をジッと見ていた。
「な、何よ!?」
「お前も、こういうことあるのか?」
珍しく真剣な顔で問いかけられてとっさには質問を理解出来なかったフィーは、聞いた言葉を反すうしていて怒りが込み上げて来た。
「あ、当たり前でしょ!! わたしのこと何だと思ってるのよ。これでもれっきとした女の子なのよ!!」
「えっ、あの、俺は「お前も寝込むほどしんどいことがあるのか?」って…。」
今にも拳が飛んで来そうな勢いで怒鳴られたアーサーは、思わず身構えながら一歩引いてしまった。
「ほら、フィーって痛いとか辛いとか言うのは悔しいなんて思って我慢しちゃうタイプだからさ。」
さすが恋人。良く見てるなぁ、と思いながらセティとレヴィンは次のフィーの反応を予測して楽しそうに2人の方を見遣った。
「あっ、そうだ。これ、フィーにやるよ。」
アーサーは持って来た袋の底をごそごそと探ると、己の勘違いと図星をつかれたことで赤面して立ち尽くしているフィーに向って何かを放り投げた。
反射的に受け取ってしまったフィーが改めて手元を見ると、両手の上に乗るくらいの大きさのペガサスのぬいぐるみが手の中に収まっていた。
「ティニーにやったのみたいには役に立たないだろうけどさ。」
「…ありがと。」
思わぬ贈り物に、フィーはそれだけ言うので精一杯だった。

後日、リーンがデルムッドにぬいぐるみをねだったのをきっかけに、解放軍ではぬいぐるみを探し回る男達の姿が見られた。
その際に泣きを見た者が2名ほど居たのは、仕方のないことだったのかも知れない。

-End-

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