想いは風の中に・・・

夜もふけて来た頃、ティニーが2人分の夕食をトレイに乗せて物見の塔を上がって行くと、どこからか不思議なメロディが聞こえて来た。歌のようだが歌詞は聞き取れない。しかし、何か懐かしいようなくすぐったいような気がしてならない歌だった。
ティニーが階段を登り切って塔のてっぺんに出ると、歌声は消えてしまった。
「セティ様、今、何か聞こえませんでしたか?」
ティニーは夕食のトレイを簡易テーブルの上に置ながら、セティに聞いてみた。
「何かって?」
「歌が聞こえたような気がしたのですけど・・・。」
気のせいだったのかしら、と首を傾げながら呟いたティニーに、セティは焦ったような表情を見せた。ティニーが不思議そうに見つめていると、セティは悪戯の現場を見つかったような顔で白状した。
「聞こえないように歌ってたつもりだったんだけどね。」
先程の歌声は、セティがそっと口ずさんでいたものだったのだ。
「素敵な歌ですね。何という曲なんですか?」
「それが・・・わからないんだ。」
「わからない?」
「ああ、実のところ、私が歌っているのが正しいのかさえもわからない。」
セティは自分の思っている通りに、自然に浮かんでくる歌詞とメロディを口ずさんでいた。いつ聞いたのかも覚えていないし、本当の歌詞もメロディもわからない。しかも、自分が何と歌っていたかすら記憶していなかった。
「もしかしたら、物心付く前に繰り返し聞いていたのかも知れないが・・・。」
ティニーが懐かしく思ったのだからシレジアの子守唄かも知れない。
「フィーさんに聞いてみましょうか?」
「あいつが知ってるかどうか怪しいな。」
子守唄だとしたらアーサーやフィーが覚えているかも知れないが、もし覚えていたとして・・・。
「あっ、そうですわ。レヴィン様にお尋ねすればわかるのではないでしょうか。」
「頼むから、それだけはやめてくれ。」
それが一番いいだろうと思ってはいても、同時に一番恐かった。
吟遊詩人などと称して旅をしていたレヴィンなら歌には詳しいだろうし、それがもしシレジアに伝わる歌なら間違いなく知っているだろう。だが、尋ねてみるためにはあの人の前で歌わなくてはならない。その挙げ句、やれ「音が違う」だの「歌詞が違う」だのと痛烈な批評を浴びせられ、更に目の前でお手本と称して正しい歌を歌い上げられでもしたら、ショックは大きいではないか。
「大丈夫です。例え本来のものと違っていたんだとしても、先程の歌は素敵でしたもの。」
「しかし・・・。」
「私の言葉が信じられませんか?」
ティニーは、先程聞いた歌がとても気に入っていた。あんな風にこっそり歌うのではなく、もっと堂々と歌って聞かせて欲しかった。けれど、このまま本当の歌を知らないままでいたら、セティは決して歌って聞かせてはくれないだろう。
「わかった。逃げるのはやめにしよう。」
セティは観念してレヴィンに歌の真相を尋ねてみることにした。

見張り当番を終えたセティは意を決してレヴィンの元を訪れ、あの歌について尋ねてみた。
予想通り目の前で歌わされたが、レヴィンの反応は予想外のものだった。
「まさか、お前にその歌が歌えるとはな。」
何やら、感心してるような懐かしむような声だった。
「あの・・・私が歌ったのは正しいんでしょうか?」
「ああ、一言一句間違っていないし、音も正確だ。」
不安そうに尋ねたセティに、レヴィンはどこか嬉しそうに答えた。
「良かったですね、セティ様。」
「ティニーのおかげだ。」
我がことのように喜んでくれるティニーに、セティは勇気を出した甲斐があったと微笑み返した。
「それは、風の詩なんだ。おそらく、今歌えるのはお前だけだろう。」
「父上は歌えるのではないのですか?」
知っているならば、そして自分よりも遥かに歌を歌い慣れているレヴィンならば歌えるのではないのだろうか。
「知ってはいる。しかし、今の俺には歌うことは出来ない。その娘も何度聞いたところで歌えはしないだろう。」
風の詩は風の心を紡ぐもの。人の心を優しく包み込むように肌を撫で吹き抜ける草原の春風のようなもの。神器フォルセティを完全に使いこなせるようになったセティだけに歌うことが許された幻の音。
「まったく、いつの間に歌えるようになったのやら。」
「いつの間にか、ふと口ずさんでいたのです。」
「風の申し子、か。」
レヴィンは遠い目をして呟いた。
それはレヴィンが昔から言われていた別称だったが、今はセティに受け継がれ意味を変えていた。「風のように流れる者」から「風に愛された者」へ。おそらく、そうさせたのはティニーの存在だろう。この春風のような少女がセティに風の心を感じ取らせ、セティを真の風使いへと成長させたに違いない。
「セティ、俺が言えた義理じゃないが…その娘を大切にしろ。」
「あなたに言われるまでもありません。ティニーは私の大切な宝物です。」
セティはレヴィンに向かってそう宣言しながらそっとティニーの肩を引き寄せ、軽く会釈してレヴィンの部屋を後にした。

-了-

あとがき(という名の言い訳)

こんなところまで読んでいただいて、どうもありがとうございます。
セティニー同盟発足記念にセティニー創作を書こうとしたのですが、結果は御覧の通りです。でも、根底にはセティニー愛があるんですよ。ティニーちゃんに後押しされてセティ様が前進していくんです。

ちなみに「風の詩」はLUNAのでっち上げです。有りそうな曲名ですが、もし有ってもその存在は忘れて下さい。これは殆ど呪文みたいなもので、穏やかな風の漂いを感じさせる響きが心に染みるものなんです。
それから、これが「歌」じゃなくて「詩」なのは変換ミスではありません。ここでは音符と歌詞があるものを「歌」と書いて、自然に紡がれたものを「詩」と書いています。真相を知らない時のセティ様とティニーちゃんは、音符があると思ってるから「歌」って表現してますけどね。

ところで、何故レヴィンが歌えないかと言うと、ネタバレになっちゃうんですが…彼が本当のレヴィンじゃないからです。
ここに出てくるレヴィンは、フォルセティに憑依されているという設定になっています。だから、レヴィンとしての言葉を少しは発することが出来ますが、心が縛られているから「風の詩」を歌うことはできません。また、フォルセティは人界に深く関わってはいけないことになってるから歌うわけにはいきません。
そういう訳で、歌えるのはセティ様だけなんです。

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