波瀾含みのDecember

月めくりのカレンダーが残り1枚になった頃、解放軍ではある噂が囁かれ始めた。
「ティニーはリーフ王子に乗り換えたらしい。」
「リーフ王子がティニーを誘惑しているらしい。」
その噂が囁かれ始めてすぐに、フィーは兄に最近のティニーとの関係を問いただした。フィーの目から見てもセティとティニーの仲は良好で、戦場でラブラブアタックを連発するわ、一緒に街へお買い物に行くわ、とにかくティニーがセティからリーフに乗り換えた様子など無いことは解ってはいるのだが一応改めて当人に確認すると共に、他の者の口からセティの耳に入る前にと思ったのだ。
だが、フィーの言葉を聞いたセティの反応はあっさりしていた。
「ティニーがリーフ王子と…? それは無いな。」
「う〜ん、わたしもそれは無いと思うんだけど…。」
自分の目から見てもティニーは浮気だの二股だのが出来るようには見えないし、リーフ様は相変わらずナンナに夢中だとしか思えないのだが、それでもこうもあっさりと平静に言い切る兄にフィーはあまり良い気分はしなかった。
「…ティニーのこと、心配じゃないの?」
「そんな噂を立てられてティニーがどう思うかは心配だよ。」
でも相手がリーフ王子では信憑性がなさすぎるからね、とセティは苦笑した。
「それも、そう、ね。やだ、わたしったら何を慌ててたんだろう。」
落ち着いて考えるとますます信憑性が無くなっていくことに気付いて、フィーはその場を後にした。
しばらくして、噂の内容は更にエスカレートした。ティニーが夜な夜なリーフ王子の部屋を訪ねている、と言うのだ。
まさか、と思ったフィーだったが、ついにティニーが夜中にリーフの部屋から出て来るのをその目で見てしまったのだった。
「リーフ王子の部屋で何してたの?」
部屋の前で待ち伏せて小声で問うフィーに、ティニーはマズいところを見られたとばかりに顔色を変えた。
「あ、あの……。今は言えません。」
「いつなら言えるの?」
「えぇっと、もう少ししたら…。」
オロオロしながらも頑として口を割ろうとしないティニーに、フィーは溜息をついた。
「わかったわ。でも、これだけは言わせて。お兄ちゃんに愛想が尽きたのならコソコソしないで堂々と別れを告げて頂戴。」
「そそそ、そんなっ!? セティ様に愛想が尽きたなんてそんなことありません!!」
「じゃあ、リーフ様とは何でもないの?」
不思議そうに尋ねるフィーから初めて噂のことを聞いたティニーは泣きそうな顔になった。
「そんな噂が立っていたなんて…。どうしましょう、そんな噂がセティ様のお耳に入ったら…。」
「お兄ちゃんは、それは無いな、って苦笑してたわよ。」
「えぇっ、セティ様は御存じなんですか!?」
それにしては普段と態度が全然変わらないセティのことを思い返して、ティニーの目からは涙が零れ落ちそうになった。
「さすがにここまで話が膨れ上がってるのに平然としてるのは、相当な自信家か、あるいは無理してるかのどっちかだと思うけどね。」
「とにかく、噂の真偽だけでもセティ様にお話しなくては…。」
真っ青な顔で胸の前で両手を合わせてきつく握りしめているティニーを見て、フィーは言葉の選び方を間違えたかと反省しながらその細い肩を包むように促して共に部屋へと入ったのだった。
その翌日、ティニーはセティに噂の真偽を告白した。
「つまり、リーフ王子の部屋へ通ってるのは事実なんだね?」
「はい。でも、決してセティ様を裏切るようなことはしてません。」
「で、訪問の目的は秘密?」
「もう少ししたらお話出来るんですけど…。」
アーサーやフィーも交えてティニーから話を聞いたセティは、ちょっと複雑な顔でしばらく考え込んでから、ティニーの両肩にポンっと手を置いた。
「解った。話せるようになるまで待つよ。」
「はい、その時を楽しみにしてて下さい♪」
不安そうな顏から愛らしい笑顔へと表情を一転させて、ティニーは元気に部屋へと駆け戻って行った。それを見て、アーサー達も後ろから声をかける。
「俺達にも話してくれよ〜!!」
そう言って両腕を振るアーサーに、ティニーは振り向くとグーの手を振って応えた。

しかしティニーの回りの者はこれで納得しても、リーフの回りの者は我慢が利かなかった。リーフは突然セリスに腕を掴まれたかと思うと、問答無用でセリスの部屋まで連行されたのだ。
「どういうことなのか、洗いざらい吐いてもらおうじゃないか。」
リーフは、セリスとアルテナとアレスとナンナとパティに囲まれてセリスに詰め寄られた。
「どういうこと、と言われても…。」
何を洗いざらい吐かなきゃいけないのか解らない状態で、リーフは回りからの圧力に縮こまった。
「どうしてお前は、横恋慕ばかりするのですか?」
「どういう意味でしょうか、姉上?」
呆れたように頭に片手を当てて溜息混じりに言うアルテナに、リーフはキョトンとした。昔からナンナ一筋のリーフとしては、横恋慕したのはアレスの方だと思っているし、「ばかり」と表現される覚えは無い。
「お前がナンナを諦めるのは大歓迎だが、セティの彼女に手を出すのは感心出来ないな。」
アレスの言葉に、リーフは反撃体勢に転じた。
「誰が、ナンナを諦めるんですって!? 冗談じゃありませんよ。私はナンナがアグストリアに行こうがアレス殿の子供を1グロス産もうが、絶対に諦めたりしませんからね!!」
「何言ってるんですか、リーフ様!! いくらアレスでも1グロスも…。」
「…ナンナ、論点がズレてる。」
真っ赤になって反論するナンナの背中を、パティが呆れたように叩いて言葉を止めさせた。そしてパティは、リーフに向き直る。
「ナンナが何人子供を産むかはさておき、それじゃリーフ様にとってティニーは遊びだったってことですか?」
「ティニーが、何ですって?」
リーフはパティの言葉に首を傾げた。
「だから、君はその気もないのに夜な夜なティニーを部屋に誘ってるのかい?」
「白ばっくれてもダメよ、リーフ。ティニーが夜更けにお前の部屋へ出入りしてるのを見た者は大勢居るんですからね。」
セリスとアルテナに左右から責めたてられて、リーフはやっと合点がいった。そして、ポンっと左の掌に右の拳を打ち付ける。
「それは誤解ってものですよ。」
「覚えがないとでも言うつもりか?」
アレスに睨まれても、リーフは怯まなかった。それどころか、笑みまで浮かべて答える。
「覚えはありますよ。確かにティニーは夜更けに私の部屋を何度も訪ねて来てます。でも、彼女のお目当ては私ではありませんから…。」
今度はリーフ以外の者がキョトンとする番だった。
「私の部屋に来たからって、私を訪ねて来てるとは限らないでしょう。ねぇ、セリス様?」
「どうして、私に振るんだい?」
リーフの意図が解らぬままに視線を集中されたセリスは、半歩引いた。
「だって、ここはセリス様の部屋ですよね?」
「そうだけど…。」
「ここには、セリス様を訪ねて来る人しか来ませんか?」
「ううん、オイフェに用のある人とかが…。」
そこで、一同はハッとなった。リーフの部屋に寝泊まりしているのはリーフだけではなかったのだ。
「…ということは、ティニーのお目当てはフィン?」
セリスの呟きに、リーフはしっかりと頷いた。
「そんな…。お父様がティニーと不義をはたらくなんて…。」
ナンナは目眩をおぼえたようにふらふらとアレスの腕に倒れ掛かった。
「…ナンナ、もうちょっと自分の父親を信用してあげてもいいんじゃない? 今の言葉、フィンが聞いたら泣くよ。」
「あ、いえ、信用してるからこその冗談のつもりだったのですけど…。」
ナンナは跋の悪さを感じながら、アレスの腕を掴んだまま身体をまっすぐに起こした。
「で、ティニーはどんな理由で夜な夜なフィンを訪ねてた訳?」
「それは言えません。2人に口止めされてますから…。」
そう言うと、リーフは唇の前で両手の人さし指を合わせてバッテンを作った。
簡単には口を割りそうにないリーフの様子に、セリス達がどう対処しようかと考え込んでいると、リーフは無言の圧力に押されながらボソッと漏らす。
「あと数日もすれば解りますよ。」

そうして巡って来たクリスマスイブの晩。セティはティニーから手編みの手袋をプレゼントされた。
「フィンさんに色々教えていただいて、どうにか間に合いました。」
「もしかして、これの為にリーフ王子の部屋へ?」
「はい。驚かせようと思って内緒にしていたのが、あんな噂になってしまって…。」
ちょっとシュンとなったティニーに、セティはその場で手袋を着けるとそっと手を伸ばした。
「お疲れさま、ティニー。君の気持ちがこもったこの手袋は、とっても暖かいよ。」
そう言うとセティは手袋を着けた手でティニーの頬を包み、そっと唇を重ねた。
そして恋人達が幸せな晩を過ごしたその翌日。解放軍では、セティが貰ったのとお揃いの柄の帽子と編み目の不揃いなミトンを着けているリーフの姿が見られた。
「それ、どうなさったんですか?」
驚きの表情で尋ねるセティにリーフは笑顔で答えた。
「ああ、このミトン? ティニーの試作品だよ。手袋の作成が間に合ったんで、迷惑かけたお詫びにってくれたんだ。3日くらい前の話だけどね。そしたら、フィンが夜なべしてお揃いの帽子も作ってくれてさ。」
2人分の愛情に包まれて今年の冬は暖かいなぁ、と愛くるしい顔で言われて、セティはリーフがティニーの手編みのミトンをしてることがちょっとだけ不満だったが愛想笑いをしてその場を立ち去った。その背後では、リーフがナンナを見つけて雪を蹴立てて駆け寄っていく音が聞こえる。
「あ〜、ナンナっ!! ねぇねぇ、これとお揃いの柄でマフラー編んでくれない?」
3人分の愛情に包まれようとしたリーフだったが、世の中そこまで甘くはない。
ナンナにおねだりした直後、リーフはアレスに蹴飛ばされて雪だるまになりながら坂の下まで転がって行ったのだった。

-了-

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