約束の地へ

聖戦が終わって、それぞれが各地へ旅立つ前のしばしの休息を得ていた頃、アーサーは決意を胸にしてバーハラ城の庭の片隅にフィーを呼び出した。
「何よ、大事な話って?」
戦の中で仲良くなった人達と別れる前に出来るだけ一緒に居たかったフィーは、口の重いアーサーの態度にいらだっていた。
「あ、えぇっと…。前に、俺が言ったこと覚えてるか?」
「はぁ? あんたの言ったこと全部なんか覚えてる訳ないでしょ!!」
フィーの言い分はもっともなのだが、せめてもう少し違う反応をして欲しかったと思うアーサーだった。しかし気を取り直し、勇気を出して聞き直す。
「だから、その、この戦争が終わったらシレジアに帰って一緒に暮らそうって…。」
途端に、フィーは大人しくなった。あの時アーサーが言ってくれた言葉が脳裏に鮮明に甦り、頬が染まる。
「うん、覚えてる。あの言葉、すごく嬉しかった。そうね、いよいよそれが現実のことになるのね。」
戦争は終わったのだ。そして、自分達は故郷へと旅立っていくことになる。自分もアーサーも生まれ故郷のシレジアへ。そして、そこで一緒に暮らす。
フィーは描いた夢の実現までカウントダウンに入り、胸が高鳴った。しかし、その夢をアーサーがぶち破った。
「ごめん、俺、シレジアへは行けない。」
「何で!? どうして!?」
言い難そうにするアーサーに、フィーはつかみ掛かった。
「ヴェルトマーに行くことになったんだ。だから…。」
「嘘つき!!」
途端に、フィーはアーサーに怒りの拳を叩き込んだ。そして、滅茶苦茶に拳を振り回して喚く。
「バカバカバカ〜っ!! そんな簡単に約束破って良いと思ってるのっ!!」
「おい、ちょっと待て。まだ話が…。」
「うるさい、うるさい、あんたなんかヴェルトマーでもイード砂漠でもどこでも好きなトコ行っちゃいなさいよ、バカ〜っ!!」
アーサーの腹にトドメの一撃を喰らわすと、フィーは泣きながら城の中へと駆けて行き、後には木に凭れて気絶しているアーサーが残されたのであった。

どこをどう走ったのか解らぬまま、フィーは気がつくと城の地下の酒蔵に居た。
喚いて走って泣いた所為で、喉はカラカラに乾いている。
「一杯くらい、良いわよね。」
こんなに大量にあるんだし、年の大半が凍てつくような気候のシレジアでは子供でもお酒を口にするし、こういう気分の時はお酒を飲むものと昔から相場が決まってるし、と自分に言い訳しながら誰にともなく呟くと、フィーはウエストポーチから携帯用のコップを取り出して酒樽の栓を抜いた。
「おいしい〜♪」
口当たりのいいワインに、フィーはついつい「もうちょっとだけ…」とおかわりを注いでいく。
「ヒック…。アーサーの、バカ野郎〜!!」
予想外に早い酒の回りにフィーはすっかり酔っぱらい、叫んでは飲み飲んでは注ぎ注いでは叫ぶの繰り返し。理性があらかた吹っ飛ぶと、もう遠慮なく酒をあおっていった。
「フィー、こんなところで何やって…。ぅわっ!!」
城の中をお宝を探しがてら散歩していたパティがフィーを発見した時には、彼女はすっかり酔いつぶれたかのように見えた。しかし、近付くと容赦のない攻撃が繰り出される。酔ってる分だけ普段よりは動きは鈍いものの、ある程度以上鹿づくと容赦なく振り回される剣のおかげで助け起こすことも出来ない。
「これは危険すぎるわ。あ、そうだ、レヴィン様に相談しようっと。一応親だし、いろいろ経験豊富そうだし。うん、それがいいわ、そうしよう。」
逃げる訳じゃ無くて助けを呼びに行くのよ、とパティは心の中で何度も呟いた。
そうして自分に充分に暗示を掛けて、パティは忍び込んだ場所からトンズラする時のようにその場を後にすると、レヴィンを求めてセリスの部屋へと急いだのだった。

フィーが酒蔵で酔っぱらっていた頃、アーサーはセティとティニーによって助け起こされていた。
「一体、何があったのですか?」
『ライブの杖』を振ってアーサーの怪我をあらかた直したティニーは、兄が意識を取り戻すなり不安な顔で聞いた。もしも敵の残党に不意打ちされたのであれば、すぐにも皆に声を掛けなくてはならない。
「それが、その…。」
言い難そうにしているアーサーの様子に、セティは察しをつけた。
「もしかして、フィーの仕業?」
「何で判ったんだ!?」
ティニーの前で女の子に殴られて気絶しましたと言うのも恥ずかしければ、セティに向ってあんたの妹にやられたんだと言うのもヤバい気がしていたアーサーは、図星を刺されてつい事実を認めてしまったことに気付いて慌てて口を押さえた。しかし、セティはそんな心情を察していながらも、平然と答える。
「味方の中で君をこんな目に合わせそうな人物に、他に心当たりはないからね。」
敵でないなら味方にやられたことになる。そして、味方の中でアーサーが遅れをとりそうな相手は何人も居るが、男性全員とアルテナは一撃でアーサーを昏倒させられるし、ラクチェは素手で何度も殴るような真似はしない。
「ぅぐっ。」
「まぁ、兄さま、フィーさんに何をなさったんですか?」
図星の追い討ちに押し黙ったアーサーに向って、ティニーは首を捻ってみせた。
「どうして、俺が悪いって決めつけるんだよぉ。」
「いえ、その、やられっぱなしでしかも訳を話そうとなさらないのは後ろめたいことがあるのかと思いまして…。」
アーサーは指先で地面を掘りながら嘆いたが、ティニーの冷静な判断にはセティ共々感心した。
「実はさぁ、俺、ヴェルトマーへ行くことにしたんだ。それで、フィーにも一緒に来てもらえないかと思ったんだけど…。」
「行きたくない、って殴られたのか?」
セティの問いに、アーサーは首を横に振った。
「途中で「嘘つき!!」って言って殴り掛かって来て、後は話も聞いてもらえなかった。」
溜息混じりにアーサーが語った経過を事細かに聞いたセティとティニーは、揃って屈んだ膝に肘を乗せて頬杖をついた。
「それは、少々話す順序に問題があったかも知れないな。」
「そうですねぇ。ちょっと誤解を招いたような気がします。」
「うん。俺も、今話しててそう思った。」
アーサーまで含めて3人は揃って深く溜息をついた。そして、一斉に立ち上がってフィーを探しに行ったのだった。

アーサー達が地下の酒蔵まで辿り着いた時、現場は大変なことになっていた。
レヴィンだけでなくセリスにシャナンにオイフェまで集まってフィーの始末に難儀していたのだ。
「ああ、ちょうど良かった。ちょっと『フォルセティ』貸せ。」
レヴィンはセティの姿を見とめると、天の助けとばかりの顔で手を突き出した。しかし、いくらレヴィンが前の持ち主だからといって「ちょっと貸せ」と言われて「はい、どうぞ」と貸せるようなものではない。
「何に使うおつもりですか?」
「フィーを取り押さえるのに使うに決まってるだろ!!」
何を当たり前のことを聞くんだ、とばかりに言い返されたセティは、中を覗いて目を丸くした。フィーが、セリス達を相手に大暴れしていたのだ。
「まったく、こんなところまでフュリーに似てやがる。」
レヴィンは呆れたように呟いた。酔っぱらって遠慮のないフィーに対して、怪我をさせたり変なトコを触ったりしないように気遣うセリス達は、責め倦ねていた。しかも、コープルは杖の修理などで出掛けているため『スリープの杖』は使えない。
「ただ回避率を上げたいだけで、攻撃する訳じゃない。心配するな、フュリーで経験済みだから…。」
レヴィンは自信たっぷりに言い放ったが、セティはそんな父の前を素通りすると徐にフィーに近付いた。
「セティ様!!」
フィーの剣がセティに襲い掛かり、ティニーは悲鳴を上げた。だが、その場に居た者達は次の瞬間、セティがフィーの背後に居る姿を目にした。
セティはフィーの剣を易々と躱すと、背後に回って首筋に手刀を叩き込んだ。
「さすがは我が軍随一の回避率を誇るだけのことはあるね。」
「しかも、実の兄妹だけに遠慮がないな。」
「絶妙の力加減と言って差し上げた方がよろしいのでは…。」
応援に駆けつけながらもフィーの回りでうろうろしてただけに終わってしまったセリス達は、口々にその妙技を褒めたたえた。しかし、セティは浮かない顔をしている。
「すまない、アーサー。フィーがこれでは、今日はもう話など出来そうにないな。」
「仕方ないよ。元は俺の所為だし…。手紙でも書くことにする。」
答えながら、アーサーはセティに向って腕を伸ばした。
訳が解らない、といった目で見ている面々を前に、セティは苦笑しながらフィーをアーサーに渡した。そしてセティは、ティニーに付き添われながらフィーをベッドへと運ぶアーサーを見送って、好奇心いっぱいの目を向けているセリスに事情をかいつまんで話す役を請け負ったのだった。

フィーが目を覚ましたのは、翌日の昼頃だった。
何やら外の方が騒がしいな、と思って窓から覗いて見ると、アレス達が出立していく姿が遠くに見える。
「いけない、寝過ごした!!」
ナンナにお別れを言うことも出来ないままその背中を見送ったフィーは、ふらつく足に気合いを入れながら、まとめておいた荷物に手を伸ばした。それを掴んで急いで部屋を出ていこうとしたところで、荷物の端で押さえられていた薄いものがあったことに気付く。
「…手紙?」
自分宛に置かれていた手紙を不思議そうに開けて、フィーは一気に目が覚めた。

To: フィー

シレジアへ帰るって約束を破ってごめん。
でも俺は、ヴェルトマー公爵家の生き残りとして
これまでに一族が犯して来た罪の償いと
ヴェルトマーの再建に力を尽くしたいと思うんだ。
フィーにも一緒に来て欲しいって
あの時、言うはずだったんだけど…。
君がシレジアでの暮らしを夢見てたのが分かってたから
なかなか言い出せなくて、話がこじれちゃったね。
本当に、ごめん。
でも、一緒に暮らしたいって気持ちには変わりないよ。

From: アーサー

P.S.
起き上がれないようだから挨拶無しで旅立ちます。
セティはフィーが起きてから一緒に帰るそうです。
シレジアで俺の迎えを待っててくれることを祈ります。

最後の方は慌てて書き足したという感じで少々筆が乱れていたが、全体的に丁寧に書かれたと思われる文面をフィーは何度も読み返した。
「ごめん、ってそういう意味だったんだ。」
下では次々と挨拶が交わされ、皆が旅立っていく。パティを乗せたレスターの馬が、フリージの紋章を付けた馬車が去っていく姿がフィーの目に映る。
「アーサーは…。もう行っちゃったの!?」
焦るフィーの耳に、マーニャの嘶きが聞こえた。ハッと外を見ると、窓の下からマーニャがフィーのいる部屋を見上げている。それを見たフィーに迷いはなかった。
「行くよ、マーニャ!!」
窓から身を乗り出すと、フィーは思い切りよく外へ飛び出した。すると、下からすくい上げるようにマーニャがフィーの身体を空中で受け止める。そして、一気に建物を飛び越えて、城門へと向うアーサーに追い付いた。
「アーサー、わたしもヴェルトマーに行く。」
いきなり頭上が陰ったと思った途端に空から降って来た声に、アーサーは馬を止めた。それを見て、マーニャはアーサーの馬のすぐ前に舞い降りる。
「あなた一人を行かせない! 一緒に暮らそうって言ってくれたじゃないの!!」
「フィー…。」
「わたしが怒ったのは、シレジアへ帰れないからなんかじゃないんだからね。一緒に暮らすって約束を反故にされたと思ったからなんだから。」
「それじゃ、一緒にヴェルトマーへ行ってくれる?」
「うん。」
「シレジアの吹雪よりも風当たり強いかも知れないよ。」
「平気よ。わたしたち二人なら、どんなに辛いことでも我慢出来るでしょ!!」
フィーは元気を分け与えるように、アーサーの手を両手でしっかり包んでぎゅっと握った。
「行こう、アーサー!」
「ああ!」
アーサーはもう一方の手をフィーの手に重ねて強く握り返して応えた。そして、自分の馬に速度を合わせるようにして楽しそうに上空を旋回しながらついて来るマーニャの影を間近に感じながら、ヴェルトマーへ向けて力強く馬を走らせた。
マーニャの姿は目の良いものには遠くからでも見ることが出来、心配そうに振り返りながら旅立っていったパティ達は、ヴェルトマーの方向へと飛んでいくその姿にホッと胸をなで下ろした。
そして、バーハラではフィーが目を覚ましてから出立しようとのんびり構えていたセティが空に向ってそっと声を掛けた。
「良かったな、フィー、アーサー。」
それからセティは、彼らの幸せを祈りながら独り寂しくシレジアへと帰って行ったのだった。

-了-

《あとがき》

アーサー×フィーのシリアスに挑戦してみました。
その割にはコメディ調になってる部分が多いけど、それでも真面目なアーサーを頑張って書いたつもりです。
この話のきっかけとなったのは、ネットサーフィン中に見かけた某アンケートの結果でした。「アーサー×フィーのアーサーは嘘つきだから嫌」という御意見が載っていたのです。
最初は何のことか解らなかったのですが、多分これって終章で「一緒になろう」って言う前に「シレジアへ帰って」って言ってるのが問題なんだろうな、って思いました。
考えてみれば、レヴィン×ティルテュじゃない限りアーサーはシレジアへ帰れませんわ。
まぁね、現実に「静かな場所で2人で暮らそう」ってプロポーズを受けて、土壇場になってうるさ型のおばさんが多い団地に引っ越すことになったらLUNAは間違いなく婚約破棄or実家コール発動する(恋愛と結婚は別ものよ!!)だろうから、「シレジアで一緒に暮らす」と言っておきながらヴェルトマーへ行くアーサーのことを責める気が起きない訳じゃないけど…(-_-;)
でも、フィーはアーサーと一緒ならどんな土地でもしっかり生き抜いて行ける自信がありそうなので、LUNAは「一緒になろう」の部分に重きを置いてます。
そんな訳で、アーサー×フィーFanの言い訳としてこの作品を書き上げました。
もっとも、きっかけがあってから書き上げるまでに年単位で時が過ぎてしまってますが…(汗;)

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