月夜に流れる星

気が付くと、いつもその男は近くに居た。
戦いが一段落して、アイラがふと息をつきながら振り返ると、必ず自分の知らないところでかなりの敵兵が切られていたのが目に止まる。
それだけの数の敵がいつの間にか自分よりも後ろに回ったのだろう。そんなバカな事があるとは思えない。ただ自分が前進してきただけだ。あれは、自分が切り倒した敵だ。いつもそう思って来た。そう、あの時までは…。

「この剣を持って行け。」
「これは、『勇者の剣』。なぜ私にこれを…?」
「剣はいくらあっても困らないだろう。それで自分の身を守れ。俺も、お前を助けてやれるとは限らないからな。」
「ホリン…ありがとう。大事に使わせてもらう。」
アイラは嬉しそうに剣を受け取った。しかし、その後ホリンをキッと睨み付けると続けた。
「だが、私はお前などに守ってもらった覚えはない!自分の身くらい自分で守れる。」
「失礼した。だが、その剣は受け取ってもらえるな?」
「ああ、確かに剣はいくらあっても困らないしな。それに、これは私の手に馴染むようだ。ありがたく頂戴しよう。」
アイラは早速『勇者の剣』を腰に佩くと足早に立ち去った。そんな彼女の背中を見送りながら、ホリンは相変わらず周りが見えていないその危うさを心配していた。
彼女はいつでも前を見て戦っている。稽古や試合ならそれで問題はない。山賊などに襲われて己が進む道を切り開くためだけならば、後ろに残るのは全て死体だから一向に構わない。しかし、乱闘となりうる戦場では、彼女の戦い方は危なすぎるのだ。確かに技量はあるが、しかし戦場の汚さが良く分かっていない。敵に狙われやすいのはどういう人物なのか、刻々と変わる戦況の中で今の自分がどこに立っているのか、そんなことがまるで見えていない。
敵が狙うのは弱そうに見えるものと相場が決まっている。セオリーとして女子供。当然のことながら、アイラやシルヴィア、デュー、アゼル、ラケシス、エスリン、フュリーがその対象となる。もちろん、敵が陣内を突破して後方まで雪崩れ込めば真っ先に狙われるのはエーディンやディアドラ、シャナンやオイフェ、そしてセリスに決まっているが、それは別の問題だ。
シルヴィアやデューやアゼルは己の力量をわきまえ常に誰かとの連係をもって一歩引いたところに身を構えている。ラケシスにはフィンが付いてるし、エスリンにはキュアンが付いている。そして、本人達も十分すぎる程強い。更にこの2組は見事なフォーメーションを組んでいるので迂闊には手出しできない。フュリーはさすがによく訓練されており元々偵察なども生業としているだけあって戦況の判断を誤らず、自らの長所と短所を踏まえて行動しているから問題ない。
だが、アイラは自分の置かれた状況というものに無頓着なのだ。ちょっと目を放すとすぐに敵と切り結びながら突出してしまう。例え腕は良くても、群がられればどうしようもない。流星剣のおかげで少々の囲みは自力で破れるだろうが、奥義の多用は体力の消耗を激しくする。どれ程技量があろうと、孤立しスタミナが切れたところに集中攻撃を浴びせられては為す術もなく命を落とす事になる。
ホリンが渡した剣は、彼等がいつも使っていた大剣と違って遥かに軽くそれでいて攻撃力はかなりのものだった。昔は名剣だったようだがいつしか剣として使用されなくなり、ホリンの手に渡ってきた時には錆び付いて使い物にならなくなっていた。おかげで安く手に入ったが、それから暇を見ては手入れを施しついに復活した剣は何とか彼女の手に渡ってくれた。きっと、あの剣は彼女を守ってくれる。そう信じてホリンはアイラに『勇者の剣』を贈った。

「どうしたの、アイラ?見慣れない剣だね。」
部屋へ戻る途中、アイラはシャナンに呼び止められた。
「ああ、これは『勇者の剣』という名剣だ。」
「へ〜、どこで手に入れたの?」
興味深々といった顔で聞かれたアイラは、憮然とした顔で答えた。
「ホリンが…くれたんだ。」
「こんないいもの貰っておいて、随分と不機嫌そうだね。」
ドレスや花束を貰ったならどんなに良いものでもアイラが不機嫌になって不思議はないけれど、名剣を貰っておいて何が気に入らなかったのか、シャナンは首を捻った。
「あいつはなぁ、これを渡しながら「お前を助けてやれるとは限らない」って言ったんだ!偉そうにっ!!いつ、私が他人に守ってもらったと言うんだ!?」
確かに、いつも近くで剣を振るっている。気が付くとすぐ隣に居ることも珍しくはない。しかし、アイラは敵に圧されたことなどないし、ましてや危ないところをホリンに助けられた覚えなど全く無かった。
怒りを露にしたアイラを見ながら、シャナンは何ごとか呟いた。
「何だ、シャナン。何か言いたいのか?」
「あ、うん。それって言葉のアヤってやつなんじゃないのかなぁ。そんなに気にする事ないよ。だってアイラはとっても強いもの。そんなアイラを守れるのは成長した僕だけだ。」
アイラは、力説するシャナンを見て顔を綻ばせた。
「言葉のアヤ…?シャナンは難しい言葉を使えるようになったのだな。」
「毎日オイフェにいろいろ教えてもらってるんだ。剣の相手もしてもらってるよ。アイラにもいろいろ教えてもらってるけど最近忙しそうだし、それに他の流派の動きを見るのも無駄にはならないからね。」
シャナンはそう言って胸を張った。
「頼もしいな、シャナンは。」
「うん。アイラは絶対に僕が守ってあげるからね!」
「ああ、お前の成長を楽しみにしてるよ。」
機嫌の直ったアイラの後ろ姿を見送ると、シャナンは意を決したように急に表情を険しくしてアイラが今来た方向へ走って行った。

「ホリン!僕と勝負しろっ!!」
途中で練習用の剣を2本持ち出したシャナンは、まだ裏庭に居たホリンを見つけて1本を投げ付けた。
ホリンは反射的に剣を受け止め、そのまま切り掛かってきたシャナンの剣を逆手のまま弾いた。
「何のつもりだ?」
「アイラは僕が守るんだ!」
叫びながらシャナンは第2激を繰り出した。
「だから、俺に手を引けとでも言いたいか?」
再びシャナンの剣を弾き、ホリンは独り言でも言うかのようにシャナンに問いかけた。
「うるさいっ!さっさと剣を構えろっ!!」
シャナンは剣を構えてホリンを睨み付けた。勢い込んでがむしゃらに斬り付けてきた先程までとは違い、きちんと基本の構えを取っている。構えだけ見れば殆ど隙がない。左手で逆手に持った剣で軽く弾き返すばかりでは居られない状況に、ホリンは剣を握り直した。
ホリンが剣を構えるのを見届けて、シャナンは素早く切り掛かった。受け止められると即座に切り返し、流れるように攻撃を繰り出した。
その太刀筋は当然のことながらアイラに良く似ていたが、一太刀一太刀が常に状況に合わせて組み立てられた柔軟性のあるものだった。それは、バルムンクの継承者であるという生来のセンスも然ることながら、恐らくはオイフェとの練習の中で自ら学び取ったものであろう。オイフェの剣は、常に視野を広く取り相手の動きを逆用して自らの利を得るという要素が濃い。彼と剣を交えていることで、シャナンは周りを見る力が付いているようだった。
気を抜けば、嫌な結果となることは必至だった。稽古でしか剣を使っていないだけに汚い攻撃はしてこないが、代わりに引き時というものを知らないためうっかりすればシャナンは迷いもなくホリンの身に剣を叩き付けることだろう。力はなくともその剣速はかなりの衝撃を与えるはずだ。
しかし、精神だけでなく身体も子供であることは否めなかった。全力でホリンに切り掛かり、息もつけぬほどの速度で連続攻撃を仕掛けていたシャナンは間もなく呼吸を乱し足元が不安定になった。
「もう、止めておけ。」
「はぁ…はぁ…。嫌だっ!アイラは…僕が守るんだっ!!」
シャナンは大きく息をつくと、またしても舞いにも似た攻撃を仕掛けてきた。今度は先程のようには長続きしない。しかし、足が縺れて転んでもすぐに起き上がり、シャナンは執拗にホリンに切り掛かった。
「何をしているのだ!?」
シャナンが口もきけぬ程フラフラになった頃、誰かから知らせを受けたらしくアイラが駆け寄ってきた。アイラは2人の間に割って入るとそのままシャナンを抱き寄せ、ホリンを怒鳴り付けた。
「シャナンがこんなになるまで練習させるなんて、いったいどういうつもりだ!?」
2人の会話を、と言うよりシャナンの言葉を聞いていない者からすれば、ここで繰り広げられていた光景はホリンがシャナンに稽古をつけていたようにしか見えなかったに違いない。
「すまない。やり過ぎたようだ。」
ホリンは一言の弁明もせずにシャナンの手から剣を取り上げるとそのまま立ち去った。

その後も、ホリンは常にアイラの近くにあって剣を振るい続けた。
アイラは彼の事が気に掛かった。それに、出撃前にシャナンに言われた言葉も妙だった。
「少しは周りも見てね。」
言われた通り周りを見るといつもホリンがすぐ近くに居るし、あれ以来シャナンの様子はどこか変だし。
何だか落ち着かず、アイラは敵と切り結びながら意図的にホリンから離れて行った。
アイラが離れて行くのに気付いたホリンだったが、切り残しをそのままにして即座に後を追うわけにもいかず、辺りの敵を一掃しながらアイラの姿を探し求めた。
皆から随分離れたところでアイラは1人で戦っていた。敵は人海戦術が使える程多くはなかったが、アーマー系が多くアイラは苦戦しているようだった。パワー不足を攻撃回数でカバーしている彼女は、倒した人数の割に疲労が激しく、いつも以上に周りに目が行かなかった。今目の前で切り結んでいるアーマーを相手にするだけで精一杯で、背後から近付いてくる敵に気付く様子はなかった。ホリンはアイラに注意を促したが、その声を聞き取ることすら出来ないようだった。
叫びながら駆け付けたホリンは、間一髪アイラに斬り付けようとしたしたアーマー相手に月光剣を発動させた。しかし、不自然な体勢から奥義を繰り出したホリンはバランスを崩した。アイラの背後に迫った敵は一撃で倒したが、更に陰から狙っていたもう1人の刃を躱すことは出来なかった。
背後で光った青い光に視線を流したアイラが見たものは、ちょうどアイラと敵の間に入り込む形となったホリンの肩に敵の刃が食い込む光景だった。一瞬倒れ掛けた身体をステップを踏んで持ち直させると、ホリンは一気に敵の刃を押し返し、再び月光剣を放った。
「ホリン!!」
「敵はまだ残ってるぞっ!!」
ホリンは慌てて駆け寄ろうとしたアイラを征しながら膝をついた。その様子にアイラの中で何かが弾けた。緑色の光が煌めき数えきれない程の星が流れた後、辺りには敵の影はなくなっていた。
ホリンに駆け寄ったアイラは、傷口を布で縛ると肩を貸してホリンと共に皆の元へ戻って行った。だが、わざと離れた方向へ移動してきたため、なかなか合流できなかった。
「ホリン、しっかりしろ!すぐに皆のところへ連れて行ってやる。」
ホリンを引きずるようにして必死に合流をはかるアイラだったが、自らも疲労しており、深手を負ったホリンを抱えてはその歩みは遅々として進まなかった。
「エスリンっ!ラケシスっ!誰でもいいから、ホリンを助けてくれっ!!」
アイラは生まれて初めて戦場で他人に助けを求めた。

「傷は塞いだから、後はゆっくり休めばすぐに元気になるわ。」
「ありがとう、エスリン。」
上空から2人を発見したフュリーの知らせを受けて駆け付けたエスリン達によって、ホリンはライブを受けることが出来た。
「あなたもゆっくりお休みなさい。」
「ああ。もう少ししたらそうさせてもらう。」
アイラはもう少しホリンに付いていたかった。
「どうして、こんな…。」
アイラがベッドの傍らに両肘をついて組んだ手に頭をのせて呟くと、すぐ傍から返事が返ってきた。
「ホリンは、ずっとアイラの事守ってたんだよ。」
驚いてアイラが顔をあげると、そこにはシャナンが立っていた。
「ごめんね、アイラ。僕、知ってたのに黙ってたんだ。」
「知ってた、って何を?」
「ホリンは、ずっとアイラの事を守ってた。アイラは確かに強いけど、敵を倒すことばかり考えてて自分のことが疎かになってるから。周りが全然見えてないから。」
シャナンは、ぽつりぽつりと自分が物見台から見ていた光景を話した。アイラを陰から狙う敵を全てホリンが倒していたことを。
「多分、僕の見えないところでも同じように守ってたんだと思う。」
振り返ると無数に散らばる背後の敵の屍。自分が倒したものと思い込んできたアイラだったが、それらは全て知らないうちにホリンに守られていた証だったのか。
「黙っててごめん。言ってもアイラは信じないだろうと…ううん、言ったらアイラを取られちゃう気がしたんだ。アイラを守るのは僕だって思ってたのに、その役を取られちゃったのを認めたくなかったんだ。」
「…そうだったのか。」
ずっと守られていたのに全然気付かなくて、「自分の身くらい自分で守れる」などと啖呵を切ってしまったのに、それでも変わらずに守り続けてくれたのか。
「それと、もう一つ謝らなくちゃ。」
「もう一つ?」
「あのね、あの時アイラはホリンの事怒鳴ったけど、本当はあれは稽古なんかじゃなくて、僕がホリンに喧嘩を吹っかけたんだ。だって、アイラを守ってるのが誰なのか念を押された気がしたんだもの。」
あの時、というのはシャナンが裏庭でホリンと剣を交えてフラフラになった時のことか、とすぐにアイラは思い当たった。
「あの時すぐに、ちゃんと言おうと思ったんだよ。だけど僕、もう声が出なくて。そしたらホリンは一言も言い訳しないで行っちゃうし。」
シャナンはちょっと涙ぐんできた。
「後で何度も言い出そうとしたんだけど、今まで言えなかったんだ。ごめんなさい。」
「それで、様子が変だったのか。」
泣きそうになってるシャナンをアイラは引き寄せて抱き締めた。
「ねえ、アイラはホリンの事が好きなの?」
突然核心に迫る問いをされて、アイラは面喰らった。
「だって、怪我したホリンの傍での取り乱し様ったら普通じゃなかったもの。」
「そうだったか?」
「うん。」
「そうかも知れないな。」
アイラはホリンの寝顔に目をやって、よく自分の気持ちを見つめてみた。
「僕、アイラの事大好きだよ。出来れば僕の手で守ってあげたかった。でも、アイラは僕の成長を待っててくれるって言ったけど敵は待っててはくれないんだよね。だから、仕方ないからその役ホリンに譲るよ。」
でもホリンがその役を疎かにしたらいつでも取って代わってやるんだから、とシャナンは涙を拭いながら言うとアイラを残して部屋から出て行った。

気が付くとアイラはホリンの枕元に突っ伏して眠っていた。
サイドテーブルの上には2人分のサンドイッチとコーヒーの入ったポットが置いてあった。きっと、エスリンがこっそり置いて行って、ついでにアイラに毛布を掛けて行ってくれたのだろう。とっくに夜は明けてるようだったが、まだ朝食の時間にはなっていないらしかった。
アイラが目をさましてごそごそ動いていると、つられてホリンも目を覚ました。
「アイラ…怪我はないか?」
起き上がって一番に発せられたその言葉に、アイラはホリンの頭に拳を見舞った。
「怪我をしたのはお前の方だろ!」
他人の怪我を心配するより先にどうして自分の傷の事を聞かないんだ、とアイラは呆れ顔になった。
「傷はエスリン達が塞いでくれたが、どうだ?どこか痛むか?」
「殴られた頭が痛い。」
「…もう一発殴られたいようだな。」
「いや、慎んで辞退させていただく。」
真顔で返事をしたホリンにアイラは怒りをおさめると、シャナンが語ったことを告げた。
「そうか。」
ホリンの反応はそれだけだった。
「お前、私のことどう思ってるんだ?」
唐突に真正面から聞かれて、ホリンは返事に窮した。この聞き方から察するに期待を持ってしまってもいいのかも知れないが、正直に想いを告げることで気まずくなってしまうかも知れない。
「どうなんだ?ハッキリ答えろ。」
詰め寄られて、あれこれ言葉を考えたホリンはやっと口を開いた。
「俺がお前に求婚したら受けてもらえるのだろうか?」
いきなりのプロポーズにアイラは一瞬目を丸くしたが、大して間を置かずに返答した。
「望むところだ。受けて立とう。」
次の瞬間、戸口で鈍い音がした。
2人がドアの方を見ると、部屋に入りかけて転んだらしいシャナンが埃を払いながら立ち上がり、そのまま朝の挨拶だけを残して走り去っていった。

-了-

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