49.平和

エバンスで開かれた旧友同士のささやかな昼食会で、新婚ほやほやのシグルド達にはしかし冷ややかな目が向けられていた。
「はい、どうぞ、シグルド様。」
「ああ、それも美味しそうだね。あ〜ん。」
ディアドラにおかずを口に入れてもらって、シグルドは幸せいっぱいの顔をする。そして、今度は自分のフォークで取ったものをディアドラの口元に持って行く。
「はい、ディアドラ。あ〜ん。」
シグルドの差し出すそれを、ディアドラは少し恥ずかしそうにしながら口で受ける。その繰り返しが、食事が終わるまで続くのだ。
「シグルド…。お前、いい加減にしろよ。」
「ちょっとは恥を知りなさいよ!」
そんな抗議の声も、シグルドには通用しなかった。
「そんなことは、他の誰に言われても、お前達にだけは言われたくないね。」
お茶を含んでおかずの食べさせ合いを休止したシグルドは、抗議の声を上げた2人に向き直った。
「お前達の方が、よっぽど恥ずかしい真似してるだろう、キュアン?それに、エスリン?」
「「どこが?」」
声を揃えて言い返すキュアンとエスリンに、シグルドは自分が見た光景を思い出して語り始めた。

シグルドの帰省に合わせてシアルフィを訪ねたり、エスリンが面会に来た時に同席したりして愛情を育んでいったキュアンとエスリンが、ついに2人きりで街でデートする時がやって来た。
シグルドとエルトシャンは、キュアンが喜々として出かけていくのを笑顔で見送ったが、その後、2人も相次いで街へと出かけて行った。
「あっ、キュアンの奴!ずっとテーブル越しにエスリンの手を握ったままじゃないかっ!?」
キュアンとエスリンの居るフルーツパーラーの向かいの建物にあるカフェの窓際の席で、ブツクサ言ってる男が1人。
「ああっ、何、あれ!? 1つのグラスから2人でジュース飲んでる!」
「実況中継しなくていい。」
窓に張り付いてブツクサ言う男の向かいでは、呆れた顔の美丈夫が辺りを気にしながらブラックコーヒーを啜っていた。エルトシャンである。
キュアンを見送って間もなく慌てた様子で駆け出して行くシグルドに、嫌な予感がして後を追ったエルトシャンは、カフェの窓に張り付いてオペラグラスで向かいのフルーツパーラーを見張っているシグルドを見つけて深い溜息をついた。見れば、シグルドの視線の先にはキュアンとエスリンが居る。彼らに教えるべきかとそちらへ行きかけたが、デート中のカップルの前に姿を現わすのは野暮というものだ。シグルドを連れ戻す方が良策とこちらへ来たエルトシャンだったが、テコでも動かないシグルドの様子に、無理強いして事を荒立てる訳にも行かず然りとて放っておく事はもっと出来ず、仕方なくここに同席しているのだった。
「何だよ、あのにやけた顔はぁ!エスリンも普段は眉つり上げてばっかり居るくせに…。あんな笑顔、私には見せた事ないじゃないか。」
「それはお前がエスリン嬢に叱られるような事ばかりしてる所為だろう。」
ついでに言えば、兄と恋人の前で同じ顔してる訳もないだろう、とエルトシャンは心の中で付け加えた。
「ああっ、今度はケーキの喰わせ合いだよ!ほら、見て見て。」
「……覗きの趣味はない。」
「そんなこと言いながら、君もここまで来てるじゃない?」
エルトシャンは、自分を仲間に引き入れようとするシグルドにムッとしながら答えた。
「俺は、お前が問題を起こさないように見張りに来ただけだ。」
「私がどんな問題を起こすって言うのさっ!?」
自覚のないシグルドに、エルトシャンはまた深く溜息をつく。
「例えば、カフェで何も注文せずに席を占めるとか…。」
エルトシャンがここへ来たとき、正にそれで店の者が困惑していたところだった。彼の到着がもう少し遅かったら、多分、シグルドは不審者扱いか営業妨害で憲兵を呼ばれていたことだろう。エルトシャンが詫びながら2人分の注文をしたことでどうにかその場は収まったものの、店の者達はまだシグルドにチラチラと警戒の目を向けて来る。
「あるいは無銭飲食とかな。」
「あはは、やだなぁ、そんなことしないよ。」
シグルドはエルトシャンの言葉を笑い飛ばしたが、それから間もなく、キュアン達がフルーツパーラーを出ると後を追うように飛び出して行った。もちろん、しっかり飲み干していたジュースの代金を、置いて行くような真似はしない。
「言った傍からこれだ。やはり、目を離す訳には行かないようだな。」
エルトシャンは諦めに似た感情を覚えながら伝票を手にすると、2人分の支払いを済ませてシグルドの後を追う。
「ああっ、エスリンの奴、キュアンの腕にぶら下がるようにして歩いてる!」
「キュアンの奴、エスリンに服買ってやるなんて、下心見え見えじゃん。そんなのお兄ちゃんは許さないぞ!」
「ソフトクリームの同時食い?2人とも壊れてるっ!!」
そう言いながら2人を付け回すシグルドが、特に問題を起こすこともなく無事に帰って来られたのは、「壊れてるのはお前だ」と心の中で呟きながらフォローしてくれたエルトシャンのおかげだったということを、シグルドは全く認識していなかったのだった。

「初デートから一事が万事こんな感じ。そんなお前達に、とやかく言われる筋合いはないね。」
時々エルトシャンに説明を補足されながら語り終えてツンと済ましたシグルドだったが、それから目の前のキュアンとエスリンの様子にギクリとした。2人とも眉を吊り上げてシグルドを睨んでいる。
「な、何かな?」
恐る恐る問うシグルドに、エスリンが口を開いた。
「兄上は、私たちをずっとデバガメしてたんですね?」
キュアンも一緒にシグルドを更に睨みつける。
2人分の怒りに押されて、シグルドはとぼけるように視線を反らした。
「あれ〜、気づいてなかった〜?そうだよねぇ、完全に2人の世界だったもの。」
うんうん、と勝手に納得したようなシグルドにキュアンもエスリンも更に怒りを募らせたが、お互いしか見えずにシグルドの気配に全く気づかなかったことは事実なので、反論の余地はなかった。それがまた悔しくて、怒りのボルテージは上がる。
「シ〜グ〜ル〜ド〜!」
「あ〜に〜う〜え〜!」
エスリンはともかく温厚なキュアンにまで鬼神のごとき形相で締め上げられて、シグルドは今更ながらに余計なことまで喋り過ぎたと後悔したが、時既に遅しだった。こうなれば怒りの矛先を少しでも分散しようなどと考えた訳ではないが、何とか逃れようとするあまりついエルトシャンに向かって言い放つ。
「エ、エルト、お前も一緒に居たんだから私に加勢してくれよ。」
しかし、それには冷ややかな声が返って来る。
「俺が見てたのはシグルドの奇行だけだ。」
「信じるよな?」と向けられた視線に、キュアンはしっかりと頷き返した。そこでシグルドは助けを求める先を変更する。
「わ〜ん、ディアドラ〜。キュアン達が苛める〜!」
しかしディアドラは、キュアンとエスリンがシグルドの頭を夫婦共同作業でグリグリする光景を見ても、にっこりと微笑むだけだった。
「まぁ、本当に皆さん、仲がよろしいのですね。」
ディアドラの目には、どうやらじゃれ合ってるようにしか映らないらしい。
しかし、その的外れな言葉が反ってキュアン達の怒りを和らげ、程なく昼食会は再開されたのだった。

-了-

《あとがき》

エーディンを取り戻した後、エルト兄様が投獄されるまでの間の、ひと時の平和の中の一幕です。
実は、単に2つのカップルにいちゃいちゃして欲しかっただけだったりして…(^_^;)
その割にはいちゃいちゃよりシグルド様の壊れた行動の方が目立ったも知れませんが、キュアン様とエスリン様はとにかくベタベタです。シグルド様への報復もちゃんと共同作業vv

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