39.逃亡

連日の猛暑にも負けず、解放軍はグランベルへ向けて進軍して行った。
しかし、こうも暑い日が続くとさすがに堪えられなくなる者も出てくる。増して、グランベル領内の気候はイザークやトラキア半島に比べて湿潤で、気温が同じでも体感温度は高くなる。おかげで、ただでさえ暑さに弱いアーサーは、真っ先に根を上げたのだった。
「暑い〜、暑いよ〜。」
「いい加減にしなさいよっ!暑い、暑いって言ってると余計に暑くなるわよ。」
戦ってる最中こそブツクサ言うだけでいちおうシャンとしてるものの、それ以外のときは遠い目をしてグッタリしているアーサーに、いつもその傍らにあったフィーはついに我慢しきれずに彼を怒鳴りつけた。
「大体、聞いてるこっちまで暑くなるじゃないの。」
「だって、暑いもんは暑いんだよ〜。」
風通しのいいところを探して転々としながら、2人は言い争いを続けた。そんな2人に遭遇したものは、そうやって言い争ってると更に暑くなるだろうに、と思いながらもとばっちりを喰らわないように見て見ぬ振りをする。
「俺はシレジア育ちだから暑さに弱いんだってば!」
「それはあたし達も同じよ。おまけにこっちは生粋のシレジア人ですからね。」
シレジア人は寒さには強いが暑さには弱い。
セティは彼を愛する風が天然扇風機となって流れているおかげで暑さ知らずだが、フィーはそうはいかない。
フィーは「そのあたしが我慢してるのにあんたが我慢出来ないなんて軟弱だわ」と言わんばかりだった。
「お前は、マーニャで風切って飛んでるじゃん。」
アーサーはぼんやりと空を眺めて言った。
「上空は涼しいんだろうなぁ。」
「そりゃ、まぁ…。」
それを言われると、フィーも少し弱気になった。
確かに空は地上よりも涼しいし、マーニャと共に感じる風は心地よい。偵察と称して飛び回って自分は、皆に比べて快適な環境に身を置く時間が長くなってることを否定できない。
「う〜、暑いよ〜。」
そうしてフィーが黙り込んでいる間に、アーサーはまた別のポイントを探してふらふらとどこかへ移動していった。

やっと見つけた風通しのいい木陰には、先客があった。
「おぅ、ここ空いてるぜ。」
木陰でお弁当を広げていたファバル達4人に誘われて、アーサーはピクニックシートの端に腰を下ろして人心地ついた。
「お前、また涼み場所探して彷徨ってたのか?」
「うん。」
手渡されたおしぼりを頭に乗っけて、アーサーは弁当とお茶のお相伴に預かった。
「お前らは随分と良いポイント見つけたんだな。」
「えっへへ、アレス様に教えてもらったんだ。」
「あの人は格好の昼寝場所を見つけるのが得意ですからね。」
パティとレスターに言われて、アーサーは今度から思い切ってアレスに教えを請おうかと本気で考えた。ちょっと怖いけど、教えてもらえればラッキーだし、ダメだったときは背筋が凍る思いがしてしばらくは暑さを忘れられるかも知れない。
そんなことを思って視線を彷徨わせたアーサーに、ファバルは言った。
「そんなに暑いなら、髪、切れば?」
「やだ。」
アーサーは即答して髪を押さえた。
「願掛けでもしてるのですか?」
ラナの問いに、アーサーは曖昧に頷く。
「でも、そのままじゃ暑いだろ。セリス様みたいに纏めたら、ちょっとは違うかも知れねぇぞ。」
「あたしが三つ編みの仕方教えてあげようか?」
ファバルとパティに言われて、アーサーは1本結びや三つ編みを試してみたが、どうもしっくり来なかった。確かに普段より涼やかな気がしたが、どうにも背中が落ち着かない。
「何だか、いつも有るものがなくなると変な感じがする。」
纏まりが良すぎて、背中がスースーするのだ。涼しいんだからいいか、と思う反面、寂しい気もする。頭を振ってみても髪が靡くのが見えないのも違和感がある。
「それじゃ、ちょっと貸して。」
どうしたもんかと困っていた3人の中に入ってくると、レスターはアーサーの髪を梳き直して鮮やかに結わき上げた。
レスターが何をしたのか分からなかったアーサーだったが、「これで、どう?」と言われて、頭を振ると視界に髪が流れ、少し長さが足りないもののいつものように背中に感じられる感触に満足感を得た。それでいて、いつもより涼しい感じがする。
「首の後ろのところに風が通るだけで、暑さはかなり違うからね。」
言われてみれば、首の後ろはスースーと心地よい。
アーサーはレスターに礼を言って結わえ方を教わり、そのまま楽しく4人と歓談し、夕方にはすっきりした顔で部屋へと引き上げた。
そして、翌日。
「何考えてんのよ、このおバカっ!!」
ティニーも含めて他の人は誰も文句を付けなかったアーサーのポニーテール姿に、唯一人憤慨するフィーの姿があったのだった。

-了-

《あとがき》

暑さからの逃亡のお話でした。
連日の猛暑で、LUNAが現実逃避した結果として誕生したお話です。
暑さから逃れるために涼を求めてアーサーは転々とし、ポニーテール姿を見てもフィー以外は「見苦しくないし、うだうだされてるよりマシ」とか「暑さがとうとう頭に来たか」とでも思っているのかお構いなし。
フィーだけは文句を言うエネルギーやアーサーにいつもの姿で居て欲しい気持ちがあるので文句を付けてます。
多分、自分より彼氏のほうが可愛らしくなってることに嫉妬してる訳ではないでしょう(苦笑)

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