35.出会い

それは、いつものように4人でお茶を飲んでいた時のこと。
ティニーがふと口にした言葉に、アーサーとフィーは固まった。
「兄さまとフィーさんは、どのようにして出会われたのですか?」
ティニーにしてみれば、大したことを言ったつもりはなかった。会話の端々から、出会いから想いを温め伝え合い今日に至るまでの全ての過程を2人が知っているという事実を感じて、ふと思い立って訊いてみただけなのだ。
しかし、訊かれた方にとっては大したことだった。
何故か焦る2人に、ティニーはキョトンとした。今さら大して興味はないとばかりに傍観を決め込んでいたセティも、ここまで焦られると興味がわいてくる。
「何か、聞かれてマズいことでもあるのか?」
「ぃや、マズいと言うか、敢えて話す程のこともないと言うか…。」
「お兄ちゃんとティニーみたいなロマンスに繋がるような要素がなかったことは確かよね。」
セティの問いに、アーサーとフィーは視線を泳がせる。
そうなると、ますます聞いてみたくなるのが人情と言うものだろう。
興味津々といった顔を向けられて、ついにフィーはアーサーと出会った時のことをポツポツと話し始めたのだった。

それは、フィーが兄を捜しに飛び立って然程の時が経たないうちのこと。
地上からの強い光を受けて、その正体を探るべくフィーは高度を落とした。そして、行き倒れを発見したのだ。
光っていたのは、彼が首から下げていたペンダントだった。それは少しばかり変形していて中心が窪んでおり、その所為で光を集めた形で反射していたらしい。
フィーは、すぐさま彼の纏っているマントでその身を簀巻きにすると、マーニャの背に担ぎ上げた。
「まったく、世話が焼けるわね。とんだお荷物だわ。」
口ではそう文句を言いながらも、フィーは急いで暖をとれる場所へと彼を担ぎ込むべくマーニャを駆った。
身体を温めるのに手っ取り早いのは酒場だが、未成年ではそうはいかない。仕方なく、宿屋兼業の食事処へ彼を担ぎ込んだフィーだったが、目を覚ました彼の態度に、助けたのを少しばかり後悔しなかったとは言い難い。
「あはは、サンキュー。ぃや〜、助かったなぁ。」
フィーが通りかからなかったら凍死、通りかかっても時間が経っていたり対処が遅れていたら酷い凍傷を負っていたであろうこの少年は、そんな深刻な事態だったという自覚がないのではないかと思われる程軽かった。
火にあたらせてもらい、気付けの為の酒を少量飲まされて目を覚ますなり、そう笑うと彼は元気にお腹を鳴らした。成り行きでフィーは彼に食事まで奢る羽目になる。
初対面の少女の奢りで遠慮なくガツガツと料理を平らげて行く彼に呆れながら、自分が発見した時に彼がどれだけ危険な状況だったのか、自分がどうやって助けてあげたのかを言って聞かせたフィーだったが、彼の意識は別のことに向いていた。
「へぇ〜、君ってペガサスナイトなんだぁ。どこへ行くにも空をひとっ飛び?」
「えぇ、まぁ、お天気次第だけどね。」
さすがに嵐や猛吹雪の中はそうそう飛べない。よほどのことがなければ飛べる腕だと自負しているが、緊急事態でもない限りマーニャに無理はさせられない。
「それじゃさ、俺も乗っけてってよ。」
「はぃ?」
あまりにも気軽に言われた一言にフィーは面食らった。
「君の行きたい方向と俺の行きたい方向が同じ間だけでいいからさ。」
「何言ってんのよ!?見ず知らずの、しかも若過ぎるとは言え男の人と二人旅なんて出来る訳ないでしょ!」
フィーだってこれでも年頃の女の子だ。しかも、曲がりなりにも一国の王女だ。この相手を見る限り間違いが起こるとまでは思わないが、それでも行きずりの男と二人旅したという事実が出来るのはあまり嬉しくはない。
しかし、彼はそんなフィーの心情には一向に気づかない。
「え〜っ、別に良いじゃん。」
「簡単に言わないでよ!二人乗りなんて、マーニャにも負担掛かるんだからね。」
それを口実に断ろうとしたが、彼は全く引く様子を見せなかった。
「平気、平気。俺、軽いから。」
「軽いって…。」
「だって、ほら、君みたいな女の子が簡単に担ぎ上げられるんだからさ。」
それは、それなりにコツを知っているからではあるのだが、担ぎ上げたことは事実なのでフィーには反論出来なかった。性格も軽いが、確かに体重も軽かった。
さて、どうやって相乗りを諦めさせたものか、とフィーが思案していると、アーサーは突然ナイフとフォークを置いて手を伸ばし、フィーの手を掴んで言い放った。
「俺、アーサー。と言う訳で、よろしく!」
「え〜っ!?」
こうして握手した形となったフィーは、仕方なく観念してアーサーを一緒に連れて行くことになってしまったのだった。

アーサーとフィーの馴れ初めを聞いたセティとティニーは、語られるに連れてどんどん縮こまっているアーサーに目をやった。彼は、ずっと目を泳がせ続けている。
「だから、話すような程のことじゃないって…。」
アーサーの言う通り、敢えて訊くようなことではなかったが、訊いてしまったからにはもう後のまつりだ。
「まぁ、とにかくそれから解放軍に参加するまで二人で旅して、その間に情が深まったって訳だ。」
誤摩化すようにヘラヘラ笑うアーサーに、フィーの鉄拳が見舞われる。
「嘘言ってんじゃないわよ!」
旅費は出したり出されたりでシェアしてたとは言え、「もうちょっと」を繰り返して結局イザークまで付いて来たアーサーに呆れこそすれ、恋情など覚えることはなかった。あったのは、途中で投げ出すのは不誠実だという思いと、置き去りにしたら碌でもないことになりそうだという確信にも似た嫌な予感だった。
「もうちょっと、って言われて乗っけて飛ぶ度に、あの時アーサーが目覚める前にさっさと旅立っておけば良かったって後悔してたわよ。」
溜め息まじりのフィーの言葉に、アーサーはフィーの肩をガッと掴んだ。
「何だと〜っ!そんな事してみろ。俺は…。」
「何よ、泣くとでも言うの?」
掴まれた手を簡単に外しながら言葉を途中で遮って問い返すフィーに、アーサーは真剣な顔で言い切った。
「間違いなく凍死してたぞ。」
……確かに。
セティとティニーはアーサーの服装を再確認しながら、納得したように深く頷いた。フィーの言う通り、体重も性格も軽いようだが装備も軽過ぎる。
「あの雪の中をミニスカ&生足で歩いたら、凍死しない方が奇跡だね。」
フィーは一見するとアーサーと大して変わらない格好に見えるが、寒いところではちゃんと天馬騎士御用達のシースルーの長袖シャツとタイツを着用している。伝統に裏打ちされた防寒対策は完璧だ。対して、アーサーは見たままの服装で、当時からそのままの格好だとしたら、自殺行為と言っても過言ではない。
「兄さま、本当にシレジア育ちなんですか?」
「もちろん、本当だよ。ただ、その、魔道士らしい格好で気合い入れようとしたって言うか……いざ旅立とうって時に、買える服がこれくらいしかなかったって言うか…。」
何にしても、あの時フィーに拾ってもらえたのはラッキーだった。アーサーは後々、心からそう思った。そのおかげで、凍死せずに済んだのだから。いやそれどころか…。
「とにかくあの時フィーと会えたおかげで、今こうして生きてる訳だし、ティニーとも再会出来たって訳で、めでたしめでたし〜♪」
独りで拍手して、アーサーはこの話を締めくくろうとした。しかし、セティとティニーは真剣に何やら考え込んでいる。
「そうか。今、こうして私がティニーを得られたのも、フィーのお陰なんだな。」
「そうですね。もし、フィーさんが兄さまを拾って下さらなかったら、私はあのままアルスターで…。」
アーサーが死んでいたらティニーは多分アルスターで兵士達と共に討たれていたことだろう。そして、セティが恋人の兄でなかったなら、二人が結ばれるまでのアーサーによる妨害は些細なものでは済まなかったことだろう。そう考えると、セティとティニーにとって、フィーは大恩人である。
こうして、ひょんなことからそのことを改めて認識したセティとティニーは、アーサーが目を丸くして見守る中、ガシッとフィーの手を取ると真剣な顔で礼を言ったのだった。

-了-

《あとがき》

アーサーとフィーの出会い編。
いろんな出会いの形が考えられますが、うちのアーサーとフィーの出会い方の基本形は「ペンダントの反射光で行き倒れているアーサーを発見したフィーが拾う」です(^_^;)
そして、アーサー×フィーの場合のアーサーは、性格・体重・服装が軽いと三拍子揃ってます。
もちろん、シスコンもお約束♪
最初はアーサーの独り拍手で終わりのはずだったのですが、書いてるうちにふと、もしもフィーがアーサーをイザークまで連れて来なかったらアーサー×フィーどころかセティ×ティニーも成立しなくなるじゃん、と気づきました。そんな訳で、ラストをちょっと加筆してこのように…(汗;)
何だか、いつでもこの4人と言うかこの2カップルはセットですね(^_^;)

インデックスへ戻る