31.発見

ナンナが部屋で縫い物に精を出していると、人目を忍ぶようにしてデルムッドが訪ねてきた。
それだけで、ナンナは彼の用向きを察した。兄がこんな風に自分を訪ねてくるのは、大抵こんな時だと決まっている。
「消えたんですね?」
顔を見るなりそう言った妹に、デルムッドは気まずそうに頷いて見せた。
「ちょっと席を外して戻って来たら姿がなくて…。しばらく様子を見てたんだけど、一向に戻られないんだ。」
「解りました。お兄さまは執務に戻って下さい。」
「う、うん。よろしく頼むよ。」
また人目を気にしながら去っていく兄の背中を見送って、ナンナは大きく溜息をついた。
「最近は真面目に仕事してると思ってたのに…。」
そう零しながら、ナンナは縫い物の道具一式を手早く片付けて、そっと部屋を後にしたのだった。

ナンナは城内を散策しているかのように装って、執務室から消えたアレスを捜し始めた。
まずは馬を確認する。
「どうやら、外へは逃げてないようね。」
これまでアレスが徒歩で城を抜け出したことはない。間違いなくアレスの馬がそこに繋がれているのを見て、捜索範囲は絞られた、とナンナは城内へ戻って行った。

「まさか、ね。」
そう呟きながらも、ナンナは書庫を覗き込み、そのまま何かに引かれるように奥へと踏み行った。すると、ナンナの想像を違えるように、そこにはアレスの姿があったのだった。
書庫の奥で、アレスは踏み台に腰掛けて本を膝の上で広げていた。足元には書棚から抜き取ったと見られる本が何冊も積み上げてある。
何やら調べものに集中していると思しきアレスの邪魔をしないように、ナンナはそっと歩み寄った。
「あら?」
良く見ると、アレスは本を読みかけた状態で眠っていた。
「もうっ、アレスったら…。」
本と向き合うのが苦手だとは知っていたが、こんなところで眠ってしまうとは、道理でなかなか見つからないはずである。
呆れて起こそうと手を伸ばしかけ、ナンナはアレスの膝の上にある本に目を止めた。
「あら、これって、お母さまが昔よくお話して下さった物語だわ。」
執務室を抜け出して読書してた挙げ句そのまま眠ってしまうとは、とますますあきれ顔になったナンナだったが、息抜きに物語を読みにくるなど珍しいこともあるものだとも思い、そんなアレスをマジマジと観察するように傍にしゃがみ込んだ。
すると、気配を感じてかアレスが目を覚ます。慌てて取り繕おうとするアレスに、寝ていたことなど気付かなかった振りをしてナンナは声を掛けた。
「調べもの?」
「まぁな。ほら、あのシルベールに橋を架ける件、要望が強くなってるだろ。」
「その話なら小耳に挟んでるわ。でも、普通に架けたんじゃ流されちゃうんでしょう?」
「ああ、だが過去に成功した例があったらしいんだ。それでその時の記録か何か、手がかりがないかと思って…。」
「だったら、その情報を提出した当人に根拠となる資料も提出させるべきなんじゃない?」
「……そうか。そんなこと考えもしなかった。」
「頑張るのは良いことだけど、王様じゃなくても出来ることはどんどん他の人にやらせるのも仕事の内よ。家臣を使うことも覚えなさい。」
「珍しいな、お前がサボタージュを勧めるなんて…。」
「私は、執務をさぼって良いなんて一言も言ってませんからね。やらなくて良いことにかまけてないで、やるべきことをちゃんとやりなさいって言ってるの。解った?」
「はいはい、解った解った。」
「よろしい。それはそうと、工事記録や歴史書を調べに来た人が、どうして児童書を膝に乗せて居眠りなんてしてたの?」
「あ、いや、それは…。」
「……?」
「資料を探してる最中に偶然見つけて、懐かしくて、つい読みふけって…。」
アレスは、ナンナに呆れられる、と言いづらそうに言い訳をした。
しかし、ナンナはアレスの予想に反して暖かく微笑んで見せる。
「ふふふ、そういうことってあるわよね。」
「えっ?」
「私も、その物語好きよ。」
「そ、そうか。」
「ええ。」
ナンナは、アレスを探しに来て、身柄だけでなく意外な一面も発見出来たことをとても喜ばしく思うのであった。

-了-

《あとがき》

戦後のノディオンでナンナがいろいろ発見するお話。
まずは、デルムッドがちょっと目を離した隙に消えてしまったアレスの身柄を発見。デルムッドはよくアレスに逃げられるのですが、自分で探し回るとその間、完全に執務が滞るので、ナンナに捜索を頼んでいます。なので、ナンナも慣れたもの。ただ、今回は逃げた訳ではありませんでした。
次に、懐かしい児童書を発見。ナンナは読んだことはありませんでしたが、ラケシスも好きだったお話なのでよく覚えていてナンナに話して聞かせていました。
そして、アレスの意外な一面を発見。同じ物語が気に入っていたこともなのですが、たまには真面目に仕事する気にもなるのね(^_^;)

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