28.親と子

シアルフィの東の崖の上に出現したシグルドとディアドラが意味深長な言葉を残して消えようとした時、セリスは咄嗟に叫んだ。
「ち、父上! 待って下さい!」
すると、消えかけていたシグルドの姿が再び濃くなり始めた。そして所々透けているとは言えハッキリとした姿になると、先程とは打って変わったようにくだけた口調で言う。
「何だい、セリス?」
まさか本当に待つとは思わなかったセリスは唖然とした。しかも、まるで雰囲気が違う。
「どうしたんだい、そんな鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔して…?」
シグルドがふわふわと空中に浮かんだまま小首を傾げる姿を、解放軍の面々は口をポカンと開けて見ていた。
「恐らくは先程までとのギャップに苦しんでおられるのでしょう。」
「ああ、さっきのあれ?伝えなきゃってずっと緊張してたからね。やっと伝えられて肩の荷が降りたよ。」
進み出たオイフェにそう答えながらシグルドは首をコキコキと左右に振るような仕種まで見せる。そんな懐かしい姿をオイフェは感慨深く見つめていたが、その後にニコニコと笑いながら発せられた言葉にショックを受けた。
「ところで、君、誰だっけ?」
さも訳知り顔で進み出て来たオイフェを見ながら、シグルドは本気で悩んでいるようだった。
「オイフェです。」
「えぇっ、オイフェ〜?」
「はい。お懐かしゅうございます、シグルド様!」
ショックから素早く立ち直ったオイフェに、シグルドは追い打ちをかける。
「どうしたんだっ、オイフェ!? そんなに老け込んで…。ああ、ごめんね、セリスがよっぽど苦労かけたんだね。」
近くではシャナンとレヴィンが、うんうん、と納得したように頷いている。オイフェは頭をハンマーで殴られたような気分だった。

オイフェがショックに打ちひしがれている間に、セリス達は正気を取り戻した。
どうやら頭の後ろに「のほほん」の文字を背負った今の姿が本来のシグルドらしいと心の整理をつける。
「そうかぁ、いろいろ大変だったね。」
「いいえ、私は大したことはしていません。皆が居てくれて初めて、こうして父上とお会いすることが出来たのです。」
「そうだね。その気持ちを忘れちゃいけないよ。」
「はい。」
話を弾ませ殊勝なことを言うセリスに、アレスはボソッと呟いた。
「どうせ、すぐ忘れるに決まってる。」
「何か言った?」
聞き咎めたセリスの様子に、シグルドの注意もアレスの方へと向いた。
「ぅわっ、エルト! いつの間に生き返ったんだ!?」
シグルドは器用にも空中で飛び退った後、ふよふよと元の位置に戻ってアレスの方をジッと見て小首を傾げる。
「あれっ、違うな。エルトじゃない。……もしかして、アレス?」
アレスが仏頂面で頷くと、シグルドはにっこりと笑った。
「そうかぁ。私とエルトのように君達も仲良くしてるんだね。」
「だ、誰がセリスなんかと…。」
「はい、そうなんです、父上。私達は大親友なんですよ。」
アレスは慌てて否定しようとしたが、セリスがそれを遮って大声で答えるとシグルドは満足そうに頷いて見せた。アレスが更に否定しようとしても、聞く耳を持たない。
「照れることないだろう。」
「照れてない!」
「エルトも照れ屋さんだったんだよ。そんなところも良く似てるね。」
ダメだ、この親子は…。アレスはそう思って口を噤んだ。どうせ相手は幽霊だ。この際、昇天するまでの我慢だ。そう自分に言い聞かせる。
その間にシグルドの関心は他のことに移った。
「アルテナは居ないの?」
唐突に飛び出した名前に戸惑いながら、セリスはアルテナを手招きした。すると、漏れなくリーフも付いて来る。
「あ、やっぱりキュアンとエスリンの子も居たんだね。」
ゲイボルグを持ったアルテナを見てシグルドは嬉しそうに微笑んだ後、その横に居る少年の姿に首を傾げる。
「その子、誰?」
「こちらはアルテナと同じくキュアン様とエスリン叔母上の子で、リーフです。」
リーフはセリスの紹介に合わせて、ピョコンとお辞儀した。しかしシグルドの反応は予想外のものだった。
「えぇ〜っ、狡い!」
「「……狡い?」」
セリスとリーフは思わずハモってしまった。
「狡いぞ、キュアン! 1人だけ2人も子供居るなんてっ!!」
「狡いとかそういう問題ではないだろう。」
さすがに堪り兼ねてレヴィンが口を挟んだ。
しかし、これは鉾先を自分に向けることにしかならなかった。
「レヴィンは黙ってて。確か、君の所も子供が2人は居るはずだよね。」
シグルドは、セイレーン城でセティが生まれた後、ヴェルトマーへ着くまでにまたフュリーが身ごもったことを知っていた。それに、先程セリスからこれまでのことをかいつまんで聞かされた時、シレジアの天馬騎士の存在を感じていた。きっとそれはあの時フュリーの中に居た子だろうと、容易に想像出来る。
「あ、ああ。確かに2人居るが…。」
「しかも、今、そこに居るんだろう?」
「居ることは居るが…。」
つい先日まで殆ど絶縁状態だったんだ、とレヴィンは続けたかったが、そんなことを言ってせっかく修復出来た親子仲に亀裂を生じさせては困ると思うと言えなかった。
「狡いっ!!」
むくれてしまったシグルドに、レヴィンはそれ以上何も言えなかった。
そこでセリスが何とか声をかける。
「あ、あの、父上…。」
「何だい、セリス?」
シグルドはにこやかにセリスの方を振り返った。その態度の急変に戸惑いながらも、セリスはそれを押し隠して続ける。
「私は一人っ子でもずっとレスター達と一緒だったので寂しくはありませんでした。」
「それは良いことだと思うけど…。」
「それに、リーフはエスリン叔母上の分ということで如何でしょうか?」
そう言い募るセリスの横ではリーフがコクコクと頷いている。
シグルドと会えたのは嬉しいがこのまま幽霊に居座られても困る、という共通の感情に従って、そろそろ昇天してもらうべく、レヴィンとシグルドが揉めてる隙に急いで皆で打ち合わせたのだ。
「あるいは、キュアン様だけ妹姫が居なかった分とか…。」
訴えるセリスの横で、またしてもリーフは激しく頷く。
するとシグルドは納得したような顔になった。
「そうだね。そう思えば腹も立たないかな。」
その反応にセリスもリーフと一緒になって首振り人形と化した。
それを見てシグルドは嬉しそうに微笑む。
「君達は本当に仲が良いね。まるで私とキュアンを見ているようだよ。」
セリスとリーフは首を振り続けていると、そこへ突き飛ばされて来たアレスを捕まえて無理矢理仲の良さを見せつけた。
その様子にシグルドは満足そうに大きく頷いた。
「あはは、それじゃ3人ともこれからも仲良くね♪」
「「はいっ!」」
「……ああ。」
ハモって元気よく返事をした2人に横から突かれてアレスが嫌々ながら返事をしたのを見届けて、シグルドは今度こそ本当に昇天して行った。

-了-

《あとがき》

シアルフィの東の崖に出るシグルド様が当サイトの「のほほん」を背負ったシグルド様になったらこんな感じだろうっていう、コメディでした。
セリス様がつい「待って下さい!」と言ってしまった為に大変なことに……(^_^;)
伝えなくてはと思いつめていたことを真面目に伝えて昇天しようとしたら待ったがかかり、素に戻ってしまったシグルド様です。
セリス様から、昔シグルド様と一緒に戦った人達の二世が集まってくれてると聞いたりエルト兄様そっくりのアレスを見つけたりして、昔の友誼を思い出したりもしてます。
で、シグルド様とエルト兄様はそれぞれ子供は1人。それに対して、第二子が出来る前に別居したエルト兄様や奥さんに失踪されたシグルド様と違って死ぬまでエスリンと離れなかったキュアン様だけは子供が2人。
でもシグルド様はリーフ誕生を知らなそうな雰囲気があったので、そこら辺を話に絡めてみました。

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