22.シレジア

病が悪化して殆ど寝たきりとなった母とまだ幼い妹を抱えて、セティはだんだん余裕というものがなくなって来ていた。
祖母に大変世話になったからと近くの村の人達が親切に物資を分けてくれるおかげで稼ぎ手がいなくても野たれ死にせずには済みそうだったが、人の世話まではしてもらえない。掃除、洗濯、炊事、その他全てがセティの肩に掛かって来た。今までは母の手伝いという立場だったのが、一転して主任である。フィーに手伝わせると余計に仕事が増えるので、結局はセティが一人でやるしかない。一家3人の生活を支えるのに明け暮れたセティは、僅かな休息時間もただボンヤリと過ごすことが多くなった。
勿論、フィーだって本当に何もしてない訳ではなかった。最近やっとマーニャの背に乗って自由に飛べるようになったフィーは、村から物資を受け取って来るには大変有り難い存在となっていた。しかし、それは毎日でもなければ1日中でもない。
そんな訳で、毎日セティは忙しく家の中を走り回り、フィーは元気に家の外を走り回ってトレーニングに励んでいた。

夕食の下ごしらえで、日が高い内に母の分の魚の切り身から骨を抜き終えたセティが顔を上げると、窓の外でフィーが何やら蹲ってる姿が目に入った。
背中を向けているので表情は見えないし、そのまま立ち上がる様子がないのでセティは心配になって外に飛び出した。
「フィー!どうかしたのか?」
慌てて駆け寄って来たセティに、フィーは元気いっぱいの顔で振り返った。
「あっ、お兄ちゃん。見てよ、これ。」
フィーの前には、直径30cmくらいの雪玉があった。
「何だい、これ?」
「何って…。見てわかんない? 雪だるま作ってるのよ。」
言われてみれば、製作中の雪だるまのボディに見えないこともなかったが、だから何だと言うのだろうとセティは思った。
「どう?」
「どうって…。」
セティは自慢げな顔をしているフィーの態度が理解出来なかった。
「もうっ、反応鈍いなぁ!」
フィーは苛ついたように言った。
「前にお兄ちゃん言ってたじゃない。この辺の雪はサラサラしすぎて雪兎も作れないって。」
「…そんなこと言ったかな?」
「言ったの!」
フィーがそこまで言うならそうなんだろう、とセティは思った。
「でも、ほらっ、ちゃんと固まりになったわよ。」
目の前に証拠物件の雪玉を見せられては、セティに反論の余地はなかった。
「確かに、絵本に書いてあるみたいに転がして作るのは無理だったけど、踏み固めた雪をくっつけて行けば何とかなるもんね。」
そうやって作るにはかなりの時間が掛かったことだろう。一ケ所に留まっていたフィーの身体はかなり冷えているようだった。それでも興奮して顔は火照りを帯びている。遊ぶことにこれだけ真剣になり、そして既成概念にとらわれずにここまで雪だるまを作り上げたフィーに、生活に追われていたセティは目からウロコが落ちた気分だった。
「ははは、あははは…。」
「何が可笑しいのよっ!!」
突然笑い出したセティに、フィーは頬を膨らませた。
「負けたよ、フィー。まさか、この雪で雪だるまを作るなんてね。」
「別に勝負した訳じゃないけど…。でも、お兄ちゃんに勝った〜!」
訳もわからず、それでもフィーは何をやらせても上手くこなす兄に「負けた」と言われて気分が良かった。
「私も一緒に作っていいかな?」
「うん。お兄ちゃんが暇な時に手伝ってね。」
その日、セティは日が落ちるまでフィーと一緒に真剣に雪だるま作りに興じた。

二人掛かりで何日も掛けて少しずつ大きくした雪玉が重なる日が、ついにやって来た。
「いち、に〜の〜。」
「さん!」
呼吸を合わせて小さい方の雪玉を持ち上げて、ゆっくりと大きい方の雪玉に下ろしたセティとフィーは、そっと手を離してそれが落ちないことを確認すると、小さくなった手袋と帽子を雪だるまにくっ付けた。
「で、出来た…。」
「完成……よね?」
少し離れて雪だるまを眺め、二人は顔を見合わせると大きく両手を上げた。
「「バンザ〜イ、バンザ〜イ、バンザ〜イ!」」
その出来栄と達成感に、二人は感極まって万歳三唱をした。
そして、外から聞こえた二人の声に何事かと起き出して窓から外を覗いたフュリーは、久しぶりに見たセティの子供らしい顔や二人の元気な姿を微笑ましく見つめたのだった。

-了-

《あとがき》

シレジア→雪→雪だるま。そんな発想から生まれたセティ様とフィーの昔のお話でした。
生活に追われてどんどん子供らしさを失っていってしまったセティ様が、フィーのおかげで子供っぽさを取り戻し……フュリーさん、ホッと一息です(^o^;)

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