19.バーハラ

士官学校へ入って1ヶ月程経った頃、キュアンはグランベルの貴族の子弟に囲まれた。
まぁ、留学した時からこういう事態も予測していたキュアンだったが、いざそれが現実のこととなると呆れてものも言えなかった。
言い返すのも馬鹿馬鹿しくて黙っていると、相手はまるでグランベル全土が自分の持ち物であるかのような口調になっていく。そして、レンスターを田舎だの小国だのと蔑むのだった。
自国を侮辱されては我慢ならず、キュアンが言い返そうと口を開きかけると背後から良く通る声が響いて来た。
「実力もない癖にでかい口を叩くな。」
振り返ると、勢いに押されて僅かに引いた連中の間から、金髪の美丈夫が姿を見せる。
「貴様こそ、偉そうに…。」
グループのリーダーらしき者が言い返すと、彼は涼しい顔で応えた。
「文句があるなら掛かって来い。」
勿論リーダーは取り巻きを嗾けたが、あっさり返り打ちになった。
「まだ、文句あるか?」
「や、やれ〜。一気に掛かれ〜。」
リーダーの上ずった声に命じられて、取り巻きは一斉に彼に打ち掛かった。しかし、彼は巧みに攻撃を躱して少しづつ相手の人数を減らしていく。そしてキュアンの隣へとやって来た。
「何をボーッと突っ立ってる? あれだけ言われて黙ってるなんて、貴様、腰抜けか?」
「言い返そうとしたところに君が来ただけなんだけどな。」
しれっとして答えると、キュアンも参戦した。おかげで、瞬く間に殆どの者が足元に転がり、リーダーを始めまだ動ける者は尻に帆掛けて逃げて行った。
「まったく、ああいう連中が多くて嫌になる。」
「君も、同じ目にあったのか?」
見るからにこのグランベルの人間ではないと判る容姿にキュアンが問いかけると、彼は吐き捨てるように言った。
「ああ、着いた早々にな。」
やはり、目立つ度合いにかなりの差があったらしい。
揃って次に何を言おうかと思案していると、横から呑気な声が彼を呼んだ。
「エ〜ルト。」
振り向いた彼の頭にパフッと軽くレポート用紙が叩き付けられた。
「急に居なくなるから、捜しちゃったじゃないか。」
「ああ、悪い、シグルド。」
"のほほん"という文字を背負って登場した青い髪の青年に、キュアンは目が点になった。
足元にはまだ気絶した者達が転がっている。しかし、このシグルドと呼ばれた青年は、それらに目もくれなかったようだった。あるいは、声をかける前にそれらを見て大体の事情を察したのかも知れない。
シグルドは、キュアンを見るとポケットをごそごそと探って何かを差し出した。良く見ると、水色にショッキングピンクの星の付いたド派手な絆創膏である。
「君、ここんトコ怪我してるよ。良かったら、これ使って。」
自分の頬の辺りと指し示して言うシグルドに、キュアンが頬に手をやると微かに引っ掻き傷のようなものが指先に感じられた。
「はぁ、どうも…。」
受け取ったはいいが、それを顔に張るのにかなり抵抗があったキュアンは、さてどうしたものかと相手の視線を伺った。すると、シグルドはニコニコとしながら言う。
「シアルフィを出る時に妹がくれたんだ。兄上はドジだから差し上げます、って…。気が利くだろう?」
「それ、気が利くって言うのか?」
呆れた口調で為された突っ込みを聞きながら、キュアンも口には出さなかったが同じことを思っていた。
「よく気が利くじゃないか。実際、何度も私の役に立ってるし…。」
シアルフィを出てから1ヶ月程度で何度も役に立つことに問題を感じないのだろうか、と突っ込みたかったが、キュアンは黙っていた。どうやら、金髪の青年の方も同様らしい。
黙っていると、シグルドの関心は他のことへと移った。
「ところで君も私達と同学年だよね。一緒に歴史のレポートやらない? 共同でやれば効率いいよ。」
「と言うより、シグルドは一人でやると期限までに仕上がりそうにないから、手伝いは多い方が良いんだろう?」
どうやら、彼等はそれで一緒に図書館へ向かう途中だったらしい。
「いいけど…。その前に、名前くらい教えてもらえるかな? 私はレンスターのキュアン。君達は?」
すっかりお友達気分になっていたシグルドは、まだお互いに名乗っていなかったことに気付いて首を竦めた。そんな状態でキュアンを誘ったシグルドに軽く拳が見舞われる。
「ノディオンのエルトシャンだ。」
「私はシアルフィのシグルド。」
これが、3人の出会いだった。

数年後、仕舞い込まれていたキュアンの制服に貼り付いていた絆創膏を見つけたエスリンは、事情を聞いて苦笑した。
「もうっ、兄上ったら本当にドジなんだから…。」
「でも、君が選んだ絆創膏なら付けるべきだったかな?」
恥ずかしくて結局シグルドの関心がズレたのといいことにこっそりポケットへとしまい、そのまま忘れて何度も洗濯されてる内に中に貼り付いてしまった絆創膏を見て、キュアンはちょっと残念そうに言った。
「あら、いいのよ、キュアンはこんなの付けなくて。わざと派手なのを選んだんだから…。」
「えっ?」
「だって、兄上ったらあの調子でしょ。だから、これ付けて恥ずかしい思いをしたら少しは注意深くなるかなって思ったの。」
「そ、そうか…。」
エスリンの意図に反してシグルドが嬉しそうにそれを付けていたことを知っていたキュアンは、ただもう苦笑するしかなかったのだった。

-了-

《あとがき》

バーハラの士官学校でのお父さん3人組の出会いのお話でした。
何故これが「35.出会い」じゃないかと言うと、そっちでは他に書きたいものがあるからです。
実は普段はこの3人がルームメイトって設定で書いてるんですが、まぁ今回は、こんな出会い方もいいんじゃないかな、ってことで…(苦笑)
で、やってみたはいいけど……エルト兄様ってば最後まで地の文にお名前を書けませんでした〜p(>_<)q
ひぇ〜ん、やっぱりいつもの設定の方が書きやすかったかも…(汗;)

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