7.光をつぐもの

バーハラのユリウスの元へと向かう中、ユリアの中で幼い頃の数々の思い出が走馬灯のように巡っていた。
「ユリアは、光の魔法は何でも使えるようになったようね。この調子で、杖の方もしっかり練習しましょうね。」
「はい、お母さま。」
そんな微笑ましい母子の様子を、ユリウスがどんな気持ちで見ていたのかをユリアが知ったのはそれから随分と経ってからのことだった。
「どうなさいました、ユリウス兄さま?」
元気のない彼に声をかけると、ユリウスは肩を落として言った。
「ユリアはいいよね。ちゃんと、母上の血を引いてるんだから。」
ユリアは、その意味が解らなかった。
「ねぇ、僕達って全然似てないと思わない?」
「えっ?」
突然ユリウスが何を言い出したのか解らずユリアはただ驚いて次の言葉を待った。
「顔つきも、髪の色も違うし…。」
「そ、それは、双子と言っても性別が違いますし…。髪の色だって、私はお母さまと同じで兄さまはお父さまと同じなだけではありませんか。」
ユリアは戸惑いながらも、そう応じた。
「ユリアは母上と同じ、か。」
ユリウスは、天井の更に上を見つめるようにしながら呟いた。
「ユリアは、本当に母上と同じだよね。その気になれば、『ナーガ』だって使えるんだろう?」
「ええ、まぁ…。でも、実際に使うことはないと思います。」
『ナーガ』を使うということは、すなわち暗黒竜が甦るかそれに匹敵するような敵が現われるということだ。そんな事態にはならないに超したことはない。
「僕は『ファラフレイム』を使えない。」
「兄さま…?」
ユリアは、辛そうに呟く兄に心配そうに半歩近付いた。本当はもっと近付きたかったが、拒絶されそうで怖かったのだ。
「この髪は確かに父上と同じ色だけど、僕には聖痕はないし、上級魔法だって使えないんだ。」
子供は苦手と言いながら、ユリアには優しい父。自分には碌に声も掛けてくれないのに…。それはきっと、ユリアが母の力を継いでいるのに対し、自分が出来損ないだからだと思って一生懸命勉強して魔法も練習しているが、それでも成果は上がらない。せめて火炎系の魔法だけでも一通り使えるようになりたいのに、まだ『エルファイアー』止まりだ。
「本当に僕達って双子だったのかな?」
本当はヴェルトマーの誰かのところからもらわれて来たのではないかと、ユリウスは不安になっていた。
母は出産後に身体を壊してしまった。普通の生活には支障はないが、もう子供は望めないと言われている。ならば、皇子が生まれなかったことを隠す為にこっそり男の子がもらわれて来てもおかしくはない。
そんな不安を口にしたユリウスに、ユリアは激しく抗議した。
「そんなこと仰るなんて、父さまや母さまに失礼です! もし男の子が欲しかったなら堂々と養子を取られるでしょうし、跡取りの問題なら私に婿をあてがえばいいではありませんか!!」
大人しいユリアが大声を出したことに、ユリウスは驚いた。
「お願いですから、そんな悲しいことは言わないで下さい。」
ユリアは泣きそうになって言った。
「きっと、ファラの聖痕はこれから表れます。お父さまに聖痕が表れたのは家督を継いだ後のことだと仰ってましたもの。」
「そう、なのか?」
父との間に会話がないユリウスは、ユリアの話に少しだけ心が軽くなった気がした。そして、冗談めかしてこんなことを言ってみる。
「そうか。そうだよな、うん。大体、ユリアだって髪ストレートだものな。」
祖父の姿を知らないユリアは、さすがにこれには何も言えなかった。

ユリアには、ユリウスがどれ程悩んでいたのか計ることは出来なかった。悩んでいることを知ってはいても、その深さは到底想像出来ていなかった。
怪し気な魔導書を手にしてしまったユリウスを愚かだと責めることは出来る。しかし、父の元によく足を運び信頼されていたかのように見えた高司祭に、「眠っている力を呼び覚ましてくれる」と差し出された物に手を触れてしまったことを、愚かの一言で済ませることは出来ない。まさかその眠っている力がファラの力ではなくロプトウスだったとは、夢にも思わなかったのだろう。
「ユリウス兄さま…。あなたは闇を、そして私は光を継いで生まれて来ました。」
ユリアは、一歩また一歩とユリウスの元へと歩を進める。
「ならば私は、この光であなたの魂を天へと導きましょう。」
ユリアは前をしっかりと見つめて、力強く進んで行く。
「ひとはそれが私達兄妹に課せられた運命だと言うかも知れない。けれど、これは私が自分の意志で決めたこと。こうすることは私自身の選択。」
ユリアはついに、ユリウスと対峙した。
「来たか、ユリア。否、ナーガの娘よ。」
「ユリウス兄さま…。」
2人はしばし見つめ合った。張り詰めていたと思われた辺りの空気が見る見る内に更にその張りを高めて行く。
「マンフロイに任せたのが失敗であったか。まぁ、良い。この手で息の根を止めてやろう。」
「そうはさせません。」
ユリアはそう言い放つと、『ナーガ』の魔導書を手にした。
「光を統べる竜の中の竜。闇を封じる聖なる光よ。我が身に降りてその力を示せ。具現せよ、光の竜王ナーガよ!」
天を仰ぐユリアの右手から光が走り、その身に新たな光が降り注いだ。ユリウスの身に、そしてそこから立ち上った黒い力が作り出した暗黒竜の身に、黄金の神竜が襲い掛かる。
「グググ…ナーガヨ、マタシテモ ワシノジャマヲ スルカ…。」
ロプトウスは恨み言を唱えながら消えていった。後に残されたのは戦いの傷を残す玉座の間と、頬を涙で濡らすユリアのみだった。暗黒竜に身も心もボロボロにされたユリウスはロプトウスの消滅と共にその身を塵と化し、骨の一片さえ残らなかった。
「ユリウス兄さま、どうぞ安らかに…。私はあなたをこの手にかけた痛みと、幸せだった頃の思い出を一生胸に刻み付けておきましょう。」
天に向かってそう呟くとユリアは涙を拭いて踵を返し、セリス達が待つ城外へと歩き出したのであった。

-了-

《あとがき》

あくまで「お題」ですので、ゲーム内の同タイトルの章とは関係ありません。
光の魔法を継ぐユリアのお話でございます。
尚、走馬灯の中身はLUNAの作り話です。まぁ、作り話といったら全編作り話なんですが…。
「髪ストレート」発言以外はどっぷりとシリアスに浸ってます。
髪の話はちょっとだけ和みを演出してみました。アルヴィスもディアドラもついでにシギュンもパーマ掛かってるのに、何故にこの子達はストレート? それは、クルト皇子からの隔世遺伝ってことで…。パーマの方が遺伝性が高そうですが、両親に似てないことを気に病むユリウスが僅かに見い出した、母そっくりとも言えるユリアの母に似てない部分です。
そしてユリアの最後の台詞は、ゲームのEDを意識して…。国を継がなきゃいけない訳でもないのに、恋人の元へと行かずにバーハラへ残ってしまうユリア。嫁に行かずにユリウス達の菩提を弔って生きて行くのね(/_;)

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