5.空に舞う

トラキア大陸を後にしたセリスは、何故か暗い空気に包まれていた。どうも空気が重く、気分が沈みがちになる。
幸い敵が襲って来る気配はなかったが、このままではいけないと思い、セリスはその原因をさぐり始めた。その結果、ほぼ日課といっても良かったアレスとリーフの言い争う声が聞こえないどころか、元気に駆け回るリーフの姿を見られないことに気付いたのだった。
「リーフ、何を暗い顔してるの?」
「あ、セリス様…。」
城の片隅で暗い顔してぼんやりしていたリーフを見つけたセリスは、努めて明るく声をかけた。
「最近元気ないよね。ナンナに冷たくされた? それとも御飯足りなくなっちゃった?」
「そんなことありませんよ。」
リーフは力無い笑みを浮かべて答えた。
「う〜ん、それじゃあ拾い食いしてお腹壊したとか? ダメだよ、いくらお腹が空いても一国の王子が無闇に辺りに落ちてるもの食べちゃ。フィンが知ったら、天国のキュアン様に死んでお詫びを、なんて言い出すかも知れないからね。」
「違います!」
リーフは目を釣り上げて怒り出した。
「いくら私が食い意地張ってるからって、あんまりじゃ無いですか!? どんなにお腹が空いても拾い食いはしないようにって、ちゃんとフィンに躾られてるんですよ!!」
「あ、そうなの? じゃあ、どうしてそんなに暗くなってるのさ?」
セリスのふざけた物言いに、リーフはもしかしてわざと変なことばかり言っていたのだろうかと思い直し、怒りを沈めて答えた。
「姉上の様子がおかしいのです。」
「アルテナ、どうかしたの?」
元々アルテナは騒ぐ質ではないようなのでセリスはあまり気にしていなかったが、リーフの目には彼女が解放軍に参加した時に輪をかけて悲し気な顔をしているのが判った。
「私とフィンの言葉に己の素性に疑いを持って飛び去った時よりも遥かに辛そうなお顔をされていて…。やはり、アリオーン王子のことがショックだったのでしょうか?最近は、世話をする以外では御自分の竜に近寄ることさえ為さらない。」
先日トラキア城でアリオーンと対峙した時、アルテナは泣きそうな顔で槍を繰り出していた。『グングニル』の方が早く繰り出されることを覚悟の上で相打ちを狙ったように全身でぶつかって行ったアルテナの『ゲイボルグ』はアリオーンの胸を貫き、そして『グングニル』はアルテナの脇腹に刺さっていた。
その後、傷が完治するまで竜に騎乗することが無かったのは当然のことだったが、直ってからもその姿はいつも地上にあったのだった。まるで、竜騎士であることを厭うかのように…。
「でも、アリオーンと戦うのはアルテナが志願したことでしょ? それでそんなにショックを受けるかなぁ?」
他の人の手にかけるくらいなら自分がということだったのか、はたまた元トラキアの王女であった自分にケリをつけるつもりだったかは不明だが、空で竜騎士と渡り合うには同じ竜騎士であるアルテナが一番頼りになると思ったセリスが彼女の申し出を有り難く受けた結果、彼女がアリオーンの胸に槍を突き刺したことは確かだった。しかし、それは志願した時から心を決めていたはずだと思う。
「対峙した時に何かあったのではないかと思うのですが、姉上にお聞きする訳にも行きませんし…。」
そんな傷口を突つくような真似したらアルテナを余計に悲しませそうで、リーフはどうしても聞けずにいた。
「聞けばいいじゃない? はっきりきっぱり真正面から、どうなさったんですか、って。2人っきりの姉弟なんだしさ。それとも、ずっと姉弟揃って暗い顔してるつもり?」
セリスは呆れたように応じた。
「大体、そんな風に遠慮するなんてリーフらしくないよ。周りの迷惑も顧みずにいつもナンナに突進してるあのパワーは何処行っちゃったのさ?」
「…私らしくないですか?」
「うん!」
セリスは、力一杯頷いた。すると、リーフは大きく深呼吸をくり返した後拳を握りしめて自分に喝を入れた。
「よ〜し、姉上に堂々と聞きに行って来るぞ〜!!」
「そうそう、その調子♪」
セリスにポンポンと背中を叩かれて、リーフは走り出した。
しかし、何歩か走ったところでハタっと止まって振り返ると、こう言い残して行ったのだった。
「おかげで元気が出ました。セリス様が私のことをどう見てるのか、貴重なお話も伺えましたしね。」

リーフがあちこち捜しまわってやっとアルテナを見つけ出した。そして開口一番、直球勝負に出る。
「姉上、どうされたのですか? 最近ずっとお疲れのように見えますが…。」
「あ、リーフ…。」
アルテナは憂い顔でリーフを見、そして目を反らした。
「いいえ、何でもないの。気にしないで。」
「それならいいのですが…。」
スッと目線を外されてしまったリーフは、シュンとなった。しかし、ここで挫けてはセリスの言うリーフらしくない。
「私で出来ることならどんな事でも仰って下さい。私は少しでも姉上のお力になりたいのです!」
パワー全開でリーフはアルテナの手を掴んだ。そして彼女の胸の辺りで合わせるようにして両手を包み込む。
「ありがとう、リーフ。」
アルテナは、リーフの手からパワーを注ぎ込まれその真摯な瞳に心を浄化されるような感覚を覚えた。
「実は、アリオーンのことを考えていたのです。」
「やはり、そうでしたか。」
話し出したアルテナがそっと力を加えるのに合わせて、リーフは手の位置を下へと降ろす。
アルテナは、思い浮かぶままに心の内を話した。トラキアでの生活の中でアリオーンだけが心の支えであったこと。そしてあの戦いの中、誰の目も届かない上空で起きたことの全てを…。
あの戦いの前、アルテナはアリオーンとの戦闘が避けられなくなることを予感していた。我が身ではなく国や民を守る為に彼が信じて選んだ道ならば、それを変えさせる力があるのはトラバントだけだと、アルテナには解っていた。だから、他の人の手には絶対掛けさせないと決意したのだ。もしも誰か他の人の手に掛かったならば、きっと自分はそれをした相手を殺したい程憎んでしまうと解っていたから。
誰にも邪魔されないところへアリオーンを誘導しようとしたアルテナに、彼はあっさりとついて来た。一騎討ちを挑むアルテナに報いてくれようとしたのか、単に考えが一緒だったのかは解らない。しかし、邪魔の入らないところで挑み掛かったアルテナに、アリオーンは正面からそれを受けて立った。
お互いの力の差は歴然だった。アルテナ自身、アリオーンに真っ向勝負を挑んで勝てる可能性がないことくらい百も承知だ。だからアルテナは、一撃に賭けた。旋回しながらアリオーンより高い位置へと上がり、捨て身の攻撃に出たのだ。自分が『グングニル』に刺し貫かれても、そのまま惰性で『ゲイボルグ』ごと体当たり出来る角度での急降下に…。
しかし、結果はアルテナの狙ったようにはならなかった。確かに『グングニル』が繰り出される方が早かったにも拘らず、その切っ先はアルテナに届く直前に曲げられて脇腹に刺さり、『ゲイボルグ』はアリオーンの胸を貫いた。そして、彼の身体は遥か高みから落下して行ったのだ。
「姉上は、死ぬおつもりだったのですか?」
「そうなることを覚悟していました。」
苦し気に問うリーフに、アルテナは静かに答えた。
「そうでもしなければ、義兄上を倒すことなど不可能ですから。」
アルテナはずっとアリオーンの背中を追って来た。追い掛ける為に竜騎士になり、腕を磨き、いつか隣に並べるようになることだけを夢見て来た。アリオーンと共にいる為に竜騎士になったアルテナにとって、現実はあまりにも酷であった。
「お前は生きろ。」
『グングニル』の穂先がその身に届く寸前、確かにアルテナはアリオーンの声を聞いた。
アルテナには、アリオーンがあの瞬間、彼女に殺されることを選んだように見えた。殺意を込めて繰り出されたはずの天槍は寸でのところで殺気を失い、彼は自らその身を地槍の切っ先にさらしたように…。
「私は義兄上を殺したかった訳じゃないのに…。」

しばらく沈黙の時が流れた。2人は話をしながらいつの間にか辺りに座れそうなところを見つけて腰を降ろしていた。そしてリーフは、少しだけアルテナの方へ躄り寄ってからボソっと呟いた。
「姉上は、アリオーン王子を殺してはいないのですよね?」
「…ええ。まだ息のある内に、ユリウス皇子が連れ去ったと聞いています。」
けれど、あのまま落下していたら間違いなく死んでいた。例え急所を外れていたとしても、あの高さから落ちて地面に叩き付けられたら死体も残らなかっただろう。
「仮定の話をしても無意味です。今、アリオ−ン王子は生きている。姉上もです。それで良いではありませんか。」
「そんな…!?」
結果オーライで全て良し、とするリーフの言葉にアルテナは困惑した。しかし、リーフは真剣な面持ちでアルテナを真直ぐに見つめて続ける。
「それとも姉上は、選択されなかった未来を愁えてこのまま竜を降りられるおつもりですか?」
「リーフ…。」
このところ戦闘もまた見回りを頼まれることもなかったし、竜に騎乗出来なくなったことは話さなかったのに、とアルテナは焦った。世話はしてたし、飛竜だけで散歩させたりもしていたから、バレるようなこともないと思っていたのだ。
「ずっと心配しておりました。何度も声を掛けようと…。」
リーフはずっとアルテナの様子を見ていた。声を駆けるタイミングを計るように、何か役に立てそうなことがあればすぐに手を貸せるように…。ここ最近リーフが元気に走り回ってなかったのは、何も本人が落ち込んでいた所為ばかりではない。
「…私はもう空では戦えないかも知れない。」
アルテナの唇からそっと漏らされたその言葉に、リーフは立ち上がった。
「そんな風に…。そんな簡単に辞められるものなのですか! あの飛竜はまだ姉上に従っているというのにっ!!」
「リーフ…?」
「あれ程に立派な飛竜を従わせるだけの力があるのに、どうしてそんな弱気になられるのですか!」
リーフの声がアルテナの中でアリオーンとの想い出を呼び起こした。
「誰が何と言おうと、お前の力は竜が証明してくれる。」
竜騎士になったばかりの頃、訓練中に倒れたアルテナに冷ややかな視線や蔑みの言葉を囁く者達の存在に落ち込む彼女に、アリオーンは語った。
「あの竜は、お前の身分や血筋など関係なくお前に従うことを選んだのだ。神に連なる眷属に主と認められたことを誇りに思え。」
例えそれが互いに子供の時分に拾って来た竜だったとしても、野生の飛竜を捕らえたことには変わりない。自力で飛竜を捕らえて来る、という竜騎士となるための絶対条件を幼少の身でクリアしたのはアルテナだけだ。人間は成長と共に磨き上げられて格を上げるとしても、それを見極める飛竜の歳は関係ない。女性には不可能だろうと言われている竜騎士にアルテナがなれたのは、血筋や体力や技能だけではなく時の運まですべて合わせた揺るぎない力が宿っていてこそだった。『ゲイボルグ』を自分の為に役立てさせようと企んだトラバントでさえ、彼女を最初から竜騎士に育てようとした訳ではなかったのだから。
「飛竜は天馬と違って騎士に懐いてる訳ではないのでしょう?」
だから、アルテナ以外の者は迂闊に近寄ることさえ出来ない。マーニャには乗せては貰えずとも、多くの者は近寄るくらいは出来るのに…。
「それなのに、どうして…。」
「リーフ…、もういいわ。」
「姉上っ!?」
「もう……いいのよ。」
アルテナは思い出した、自分を竜騎士にしてくれたもう一つの存在を。アリオーンの背中を追い掛けているだけでは、竜騎士にはなれなかった現実を。
「まだ、あの子は私に従っているのね?」
「ええ。」
「だったら、私はあの子の主で居続けなくては…。」
主たる者ただ従われているだけではいけない。リーフが、フィンにただ守られているだけではいけないように。
「私は義兄上の言葉とあの子の審眼を信じることにするわ。それと、お前のその瞳も、ね。」
心の奥まで見通し穢れを払うかのようなリーフの瞳。その力は決して意図的発揮されるものではなく、また本人には全く自覚のないそれを彼が母から譲り受けたことはアルテナも知らなかったが、リーフと目を合わせて真剣に語り合って様々なことが吹っ切れた。
そして、シアルフィの東にアリオーンが現われた時、アルテナはリーフの声援を受けて力強く空を駆けた。
「行って下さい、姉上! すべては姉上のお望みのままにっ!!」
それだけで、リーフが指差した方向に何があるのか誰が居るのかが解る。
「いいの、リーフ? そんなこと言って…。」
セリスが不安げにリーフに馬を寄せて来る。アルテナがアリオーンに殺されてしまっても、向こうに取り込まれてしまっても、あるいは彼と結ばれてしまってもいいのかと問うセリスに、リーフは余裕の笑みを返した。
「姉上は負けません。今のアリオーン王子とでは、戦いにかける意識が違い過ぎます。それに、姉上にとって義兄上なら、私にとって義兄上であって悪いことはないでしょう?」
余裕たっぷりに言い切るリーフに、セリスは戦闘中であることも構わず馬上から手を伸ばして彼の頭を撫でたのだった。

-了-

《あとがき》

あくまで「お題」ですので、ゲーム内の同タイトルの章とは関係ありません。
地上に降りたアルテナが再び力強く空に舞い上がるまでのお話でございます。
でも主役は、どっちかって言うとリーフ様ね(^_^;)
相変わらずセリス様と居る時はコメディ調で、姉上と居る時はシリアス系です。
飛竜についての下りはLUNAのこだわりです。竜騎士は飛竜を従えるものなので、基本的に女性には不向きです。それは、女性が男性に劣っている訳ではなく、本質に宿る力の種類の相違によるものです。そこに優劣をつけたりそれを差別と言ってしまったら、シレジアでは男性が女性に劣ってることになってしまいますもの…。
LUNAは、飛竜は従えるもので、天馬は受け入れるものと考えています。
何かを従えるという力は男性的なもので、受け入れるという力は女性的なもの。だから、飛竜を従える竜騎士は男性ばかりで、天馬を受け入れる天馬騎士は女性ばかりなんです。もちろん、例外はありですが…(^^;)

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