パーティー★ナイト

その日、13才のルーファスは両親に連れられてバーハラ城で行われるセリスの誕生日パーティーで公式の場へ華々しくデビューした。
「やぁ、私の誕生日を祝いに来てくれて嬉しいよ、アレス、ナンナ。そして、ルーファスもようこそ。」
「まったく、毎度毎度あの手この手で呼び出しやがって。誰がお前の誕生日なんか…。」
そこまで言って、アレスは言葉を止めた。もちろんルーファスは、その時母の手が父の腕を抓ったのを見逃さなかった。
「セリス陛下、お誕生日おめでとうございます。このような祝いの席へ同席出来ますこと、まことに喜ばしく存じます。」
母が父に小声で何やら説教している合間を持たせるべく祝いの口上を述べるルーファスに、セリスは嬉しそうにそしてちょっと驚いたように応じる。
「父親とは比べ物にならないくらいまともなお祝いの言葉をありがとう。私も君に出席してもらえて嬉しいよ。今日は楽しんで行ってね。」
ルーファスは、にっこり笑うセリスに軽く礼をするとスタスタと脇へ退いた。その後を、慌ててナンナがアレスを引っ張って追う。
「相変わらず、仲が良いね。」
「そうですね。」
セリスの呟きに、近くに居たリーフが呼応した。
「それにしても、あの親でどうしたら息子がああ育つのか不思議だよ。」
「私のおかげでかも知れませんね。」
「何かしたの、リーフ?」
「えぇ、まぁ。」
好奇心に満ちたセリスの視線を受けて、リーフは内緒話を打ち明けるようにセリスに耳打ちした。
「ナンナの出産祝いにフィンを長期貸出しました。」
それを聞いて、セリスは大いにウケまくったのだった。

後を追って来た両親に、自分の事は放っておいて仲良く踊るなり何なりするよう告げると、ルーファスはしばらく辺りをうろついて同年代の顔見知りと言葉を交わしたり各国の王や公爵に挨拶して回ったりした。
それらが一段落すると、今度は逆にグランベルの貴族達から娘を売り込まれないようにそっとテラスへと抜け出した。
しばらく風に吹かれていると、背後からアリアンがやって来た。
「何だ、お前もここに避難してたのか。」
「ここを教えたのはお前だ。」
ルーファスは、一足先にこのような場へ顔を出すようになったアリアンが、滅多な相手と踊ったりすると後が面倒だから適当なところでテラスで涼んでる振りをする、と漏らしたことを忘れていなかった。
「そんなこと言ったかな。」
アリアンは本当に忘れていたらしく、誤魔化すように手にしたグラスを口元へ上げた。
「まぁ、私はアレイナ以外と踊りたくはないからね。」
「勝手に言ってろ。あいつがデビューするまでまだ4年は掛かる。」
もっともデビューしたからと言ってアレイナがアリアンと踊るとも思えんが、とルーファスは心の中で呟いた。何しろアレイナは、現在まだ9才という幼い身で既に5つも年上のアリアンを尻にしいてるようなところがあるのだから。それもこれも、惚れた者の負けということなのだろうか。
「何度も言うようだが…。」
「解ってるって。親の刷り込みで欲しがってる奴に大事な妹は絶対渡さない、だろ?」
アリアンは、ルーファスの言葉を遮ると軽くウインクして見せた。実際、アリアン自身にもアレイナへの気持ちがリーフやアルテナの影響による錯角なのかそれとも本気なのか解らないのだ。もし本気だとしても、幼馴染みで兄代わりの独占欲なのかも知れない。
「お互い、親には苦労するな。」
「まったくだ。」
アリアンの掲げたグラスに返杯すると、ルーファスもグラスを口元へ運んだ。すると、目の端に怪し気な影が飛込んで来た。
「どうした?」
ルーファスの視線の先を追ったアリアンは、必死に抵抗しているらしい小柄な者を横抱きにして走って来る人影をその目に捕らえた。子供の頃からドラゴンマスターを目指して来たアリアンには、その影の正体が見て取れる。
「セシル王子!?」
驚いたアリアンがそう口にするなり、ルーファスはアリアンの手にグラスを押し付けてテラスの柵を超えた。舞うような軽やかさでふわりと跳んだルーファスのマントの端をスローモーションのように見つめたアリアンは、無事に着地するなり賊に向けて駆け寄ったルーファスを見てハッと我に帰る。
そしてリーフを通じてアリアンからの通報を受けたセリスがこっそり兵を回した時には既に賊は気を失っており、解放されたセシルはルーファスの前で正座していたのだった。

盛大なパーティーの為に会場以外の警備が手薄になってる隙をついてセシルを誘拐すると言う賊の企みは、ルーファスのおかげで泡と消えた。賊側に殺意がなかったのか、セシルの元に配備されていた兵達も軽い怪我で済んだ者が多かった。
パーティーに水を差すのを避けて事は秘密裏に処理されたが、セリスはルーファスに大いに感謝した。
「ぃや〜、本当にありがとう〜。」
「いえ、大したことでは…。」
「ううん、君のおかげだよ。でも、どうしてあんなトコに居たの?」
セリスはてっきりルーファスが下に居たと思っていたので、不思議でならなかった。セシルの周りの警備は手薄になっていたが会場の周りの警備は厳重なので、誰にも見とがめられずにルーファスがあんなところをうろついて居られるはずがないのだ。
しかし、ルーファスの方はテラスに居た理由を聞かれていると思っているので、噛み合わない答えを返す。
「会場の熱気に当てられたので少々風にあたっておりました。」
「あの厳重な警備をかいくぐって!?」
セリスは驚いたが、会場からテラスへ出るのに警備など殆どされてないに等しかったのでルーファスも驚いた。
すると、傍でアリアンから詳細を聞いて居たリーフがセリスの肩をちょんちょんと突つく。
「ルーファスはテラスから飛び下りたらしいですよ。」
「マジ?」
リーフとセリスは揃ってルーファスを足元からじろじろと見つめた。ブーツには傷一つなく、服にも木の葉や土などが付いていない。どう見ても、ちゃんと靴の裏で着地したとしか思えなかったが、高さのあるテラスから飛び下りて受け身を取って衝撃を和らげること無く済むというのは奇跡のような気がした。
「丈夫なところはアレス似だね。」
「お褒めに預かり光栄に存じます。」
褒められてる訳ではないと解り切ってはいたが、ルーファスは無難に答えておいた。すると、その頭にアレスがポムっと手を置く。
「さすがは俺の息子だ。これで、セリスに大きな貸しが出来たな。」
アレスのそんな態度にナンナもルーファスも、またそう言う大人気ないことを、と思ったが、セリスもアレスもそしてリーフもそんな彼らの関係を楽しんでいるようだったのでその様子を溜息を堪えて眺めているだけに止めたのであった。

後日、アレスの元にセリスから1通の親書が届いた。セシルが会いたがってるからルーファスを遊びに寄越して欲しい、という内容を見てアレスは「ふざけんな!!」と思ったが、最後の一文を見ると即座にルーファスを呼び出しバーハラへ行くように言った。
「俺が行く義理が何処にあるんですか?」
心の中で「あの親バカ国王!!」と叫びながら、ルーファスは父王を睨みつけた。すると、アレスはルーファスにセリスの親書を放って寄越す。
「勿論タダとは言わないよ、ですか。」
アレスはニコニコしながら、溜息をつく息子の肩に手を置いた。
「そういうわけだ。しっかり稼いで来い。当分帰って来なくても良いからな。」
最近ますます父親そっくりの顔立ちになりながら父親より遥かに真面目で洗練された立居振舞いのルーファスに、少々肩身の狭い思いをしていたアレスは、ルーファスと比べられる機会や1人分の食費が減って金も稼げるこのチャンスを逃したくはなかった。そんな父王の考えてることがルーファスには全て読みとれる。
「…まったくもって大人気ない。」
「文句を言うな。」
「言いたくもなります。」
「では、国王として王太子ルーファスに命じる。バーハラへ赴き、両国の友好のために尽力せよ。」
どこまでも大人気なくなる父に、ルーファスは溜息をついて答えた。
「……勅命謹んでお受け致します。」
そうして伝家の宝刀を抜かれたルーファスは仕方なくバーハラへ出稼ぎに行き、すっかりセシル達に気に入られて引き止められ、それから半年もの間ノディオンには帰って来られなかった。
「飯粒を残すな!! 好き嫌い言ってんじゃない!! 泣いてどうにかなると思ったら大間違いだ!! そんなことも解らないなら王太子なんか止めてしまえ!!」
我が侭放題のセシルに黙っていられずについつい怒鳴り付けてしまったルーファスは、それで嫌われるどころかそれが反ってセシルからもセリス達からも気に入られる要因となっていることなどこの時は知る由もなかった。後に人づてにセシルが懐いている理由を聞かされてルーファスは己の性格を恨むことにもなったが、それで態度を改める気など微塵も覚えなかったのであった。

-End-

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