夏祭り

グランベルで夏の大祭りがあるとのことで、各地から大勢の人が集まり、バーハラの城下は大変な賑わいを見せた。
そんな中を単身の身軽さであれこれ見て回ったルーファスは、往来の屋台でチョコレートを飲んでいたところを聞き覚えのある声で名を呼ばれた。
「セシルか。」
人込みの中から手を振る友人の姿を見つけ、ルーファスは軽く手招きした。
「マリア姫もご一緒とは…。」
辺りにお付きのものは見当たらない。それで居て、どこから見ても世間知らずのお坊っちゃんお嬢ちゃんに見える2人連れがよくぞ今まで無事で居られたものだ。
「もう少し庶民的な服はなかったのか?」
「家紋入りの軍服着てる奴に言われたくないね。」
お忍びだからとなるべく飾りのない服を選んで来たセシルは、普段と大して変わらない格好をしているルーファスに仁王立ちになって言い返した。
「ここまで堂々としてりゃ、反って牽制になるんだぞ。」
見る人が見ればその正体は一目で判る。相手が『アグストリアの若獅子』と判っていて尚ちょっかいを出してくるような命知らずは居ないだろう。
例え正体が知れなくても、見るからに高位の騎士然とした者に喧嘩を挑む莫迦も居ない。今の世の中、金や生まれだけでは高位の騎士には成れないのだから。
「お前達、2人だけで祭りに来たのか?」
「ううん。さっきまで余計なのがぞろぞろ居たんだけど、やっと撒いたんだ。」
撒くなよ、身の程知らず、と心の中で言いながらルーファスは心を落ち着けるようにチョコレートを何口か飲んだ。それから、徐に選択肢を叩き付ける。
「お前に与えられた選択肢は3つだ。」
1番:今すぐバーハラ城へ帰る。
2番:お付きの者と合流し直して祭りを見物する。
3番:ルーファスの案内で祭りを見物する。
「ぶぅ〜、マリアと2人きりで祭りを見物するって選択肢は〜?」
「却下。マリア姫がどうなっても構わないなら無理に止めはしないが、それはお勧め出来ない話だな。」
この2人だけでうろうろしたら「悪漢の皆さん、どうぞ襲って下さい」と言ってるようなものである。
「マリアは僕が絶対守る!」
「そういう台詞は実際に守ってから言うんだな。」
確かにセシルはティルフィングの継承者だけあって素質充分で剣の腕前は抜群だが、帯剣していない以上、搦まれたら自分の身すら守りきれるかどうか怪しいのだ。
「それで、どうするんだ? 一応、お勧めは3番だけど。」
セシルは考え込んだ末、結局ルーファスの案内で祭り見物をすることにした。
「了解。それじゃ、まずはそこのプティックに行こう。」
ルーファスはチョコレートを飲み干すと、二人を促して通り沿いのブティックへ向った。

「ねぇ、ここで何するの?」
「ちょっと妹達への土産を買わせてくれ。」
そう言うとルーファスは店内の椅子にマリアを座らせて、セシルを連れてストールの棚を物色した。
「何だよ、もうっ。」
選ぶのを手伝え、と問答無用でマリアと引き離されたセシルは、ルーファスにブツブツと文句を言った。
「鈍い奴だな。お姫様に1枚見立ててやれよ。」
「あ…。」
そっと振り返るとマリアが近くのドレスに手を伸ばしているのが見える。
「ああいうのだと大袈裟になるが、これなら手頃だろ。今日の記念にプレゼントするには最適だと思うぜ。」
しかも最近、女性達−特に貴族の令嬢方−の間で、ここのストールが大人気らしい。
「おまけにこの後すぐに役立つかも知れないしな。」
最後の台詞の意味はよく解らなかったが、とにかく似合いそうな色が目に付いたのでセシルはマリアにバレないように素早くそれを購入した。
「ごめんね、マリア。退屈だった?」
父親譲りの他人を引き付ける笑顔を浮かべて、セシルはマリアに駆け寄った。
「いいえ。綺麗な服が沢山あって、見ているだけでいろいろ想像出来て楽しかったです。」
本気なのか彼女なりの気遣いなのか、その辺りはかなり天然が入っているので判断がつかないが、とにかく機嫌は損ねてないらしいのでルーファスもホッとしていた。思いのほかセシルの買い物が手間取ってしまったからだ。
「さて、それじゃ今度こそ祭り見物に出発するとしようか。」
「まずは、どこから?」
セシルが目をキラキラさせた。
「そうだな。さっきのチョコレート屋からにするか。」
2人とも興味津々だったし寄り道に付き合わせた詫びに奢ってやる、というルーファスの誘いに、セシルは益々目を輝かせて喜び、マリアも控えめながら嬉しそうに頷いた。

ルーファスの案内であちこち回ったセシル達は、日が落ちた後も明かりに彩られた町の中で祭りを楽しんでいた。
マリアと2人きりになろうとして再三にわたって脱走を試みたセシルだったが、すぐに追い付かれてしまい、挙げ句に脱走に成功したと思われた途端に不良少年達に搦まれたところをルーファスに助けられてからは大人しく彼に付いて回るようになった。
そして今、彼らは高級ホテルの階上にあるカフェテラスで下の通りを眺めていた。
「そろそろ時間のはずだ。」
「わ〜い、パレードって一度見てみたかったんだ。」
「私も楽しみにしてたんです。」
祭りの空気の所為か普段はあまり感情を表に出さないマリアが明るく楽しそうにしている様子を見て、セシルは益々パレードに対する期待を高めていった。
「今年は大祭りだからパレードも盛大らしい。」
そう言った後、ルーファスはセシルにこっそり耳打ちした。
「少し肌寒くなって来たから、あのプレゼントは今渡した方がいいぞ。」
「えっ?」
「あれは、良い防寒具になるんだ。」
軍服を着込んでいるルーファスはともかく、絹のブラウスやワンピース1枚の2人はこのままパレードが完全に通り過ぎるまでオープンテラスに居たら風邪をひいてしまうかも知れなかった。
「あれって、そういう意味だったのか。」
ストールを薦める時に最後に言ったルーファスの言葉を思い出して、セシルはボソッと呟いた。
「ま、どれだけスマートに渡せるかはお前の腕次第だな。」
面白い余興が始まるのを楽しみにしているみたいは表情でセシルに笑いかけるルーファスを見て、マリアは訝しく思った。それを見て、ルーファスはさらっと誤魔化す。
「ああ、失礼。こいつが姫に話があるらしいんですが、なかなか言い出せないようなのでね。」
うまくお膳立てされてしまったセシルは、スマートかどうかなんて考える余裕もなく、マリアに包みを差し出した。
「これ、良かったら使ってもらえないかな。その、今日の記念と言うか、今の寒さ避けと言うか…。」
もう少しマシな台詞は出て来ないのか、と呆れるルーファスの前で、マリアは包みを受け取るとすぐに包装を解いて肩にかけた。
「ありがとうございます、セシル様。こんなに軽いのにとても暖かいのですね。」
マリアはにっこり微笑むと、パレード見物の為にと外に向けて並べられた椅子の方へセシルを誘った。そして、セシルが隣に座った途端に一度ストールを外し、ピタリと身を寄せて2人の肩に掛かるようにストールをかけ直した。
「マ、マリア!?」
「だって、このままではセシル様が風邪をひいてしまわれますもの。」
恥ずかしそうにしながらも、マリアはストールを握る手を離そうとはしなかった。
「やれやれ、御馳走様。お邪魔虫は向こうでパレード見物させてもらうから、何かあったら大声上げろよ。」
ひらひらと手を振って、ルーファスは離れたところにある空席へと移動して行った。そして、パレードが通り過ぎた後で、2人を無事に王宮まで送り届けたのだが、その間も2人は終始仲良く身を寄せあって1枚のストールで寒さを凌ぎ続けた。
そして、そんな2人を出迎えた城の者達は、2人の姿よりもそれを見続けていながら平然としているルーファスの方に目を丸くしたのである。

-End-

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