グランベル学園都市物語 外伝

光の少女

今年もシャナンの元には大量のバレンタインチョコが届けられた。
「たくさん貰ってたとは聞いてたけど…。」
仕分けを手伝いながらラクチェは溜息を吐いた。別に、作業に疲れた訳ではない。シャナンがモテるという事実を認識させられたのと、自分という存在がありながら相変わらずチョコを贈ってくる者が後を絶たないことに感心半分呆れ半分という溜息だった。
ラクチェが高等部を卒業すると同時にシャナンは彼女と正式に婚約した。当人達やアイラは婚約などと間をおかずにそのまま結婚、と思っていたのだが、スカサハが強硬に反対しホリンも賛同しその理由にラクチェも納得した結果、昨年の夏にやっと結婚に漕ぎ着けたのである。1年以上もの婚約期間、徹底的にスカサハに鍛えられたおかげで、ラクチェは現在、立派に道場と主婦業を両立させている。最初はシャナンに変なもの食べさせてるんじゃないかと疑っていたご近所のおばちゃん達も、今ではすっかりこの若奥さんの味方だ。
そして結婚後に初めて迎えたバレンタイン。少しは遠慮するかと思いきや、ご近所のおばちゃんも道場の門下生やその関係者も、例年と変わらずにチョコを贈ってきたのである。
「気にするな、ラクチェ。私が全て寄付するのを承知で贈ってきているのだ。」
シャナンはそう言うが、あわよくばと思っている人間がいないとは思えなかった。何しろ、カードだけはシャナンの手元に残るのだから。
ラクチェはシャナンにその気が無いのがわかってそっと胸を撫で下ろしたが、自分のチョコに比べると遥かに高級だったり手が込んでいたりするチョコの数々にもう一度大きな溜息を吐いたのだった。


一晩掛けて荷造りを終えて、翌日からチョコの配達が始まった。
例年のようにスカサハはリヤカーを引いてあちこちの孤児院を回った。経営が苦しくなって閉まってしまったところもあれば、子供が居なくなって閉めたところもある。また、孤児院ではないが教会などで子供達を保護していることもある。スカサハは以前行ったところを中心に、その近辺の様子を観察しながらリアカーを引いていった。
「あれ? あの礼拝堂…。」
適当に入ってみた路地の奥に、寂れた礼拝堂があった。その前の道では、自分と同じくらいの年頃の少女が小さな子供達の遊び相手をしている。
「こんにちは〜。」
ひとまず、ある程度近づいたところでスカサハは声を掛けてみた。
「…こんにちは。」
少女はちょっと驚いたようだったが、挨拶を返してくれた。おそらく、滅多に人が訪れないのだろう。子供達は、興味津々といった表情で成り行きを見ている。
「あの、その子達って近所の子かなんかですか?」
スカサハの問いに、少女は首を横に振った。
「この子達も私も、こちらでお世話になっています。」
スカサハは、何故、という問いはしなかった。大抵の場合、何故自分が親と一緒でないのかは知らないか、あるいは思い出したくないだろうからである。
少女は、何故そんなことを聞くんだろう、とでも言いたげな顔をした。そんな彼女にスカサハは手短に事情を説明する。
「あの、でも司祭様から、知らない人から物を貰ってはいけない、と言われてますから…。」
「う〜ん、それもそうか。それじゃ、司祭様に会わせてもらえるかなぁ?」
「司祭様に、ですか?」
少女は、悪い人ではなさそうだけど取り次いでしまっても良いものなのだろうか、と躊躇う素振りを見せた。
「あっ、そうか。まだ、ちゃんと名乗ってなかったんだっけ。俺はスカサハ。さっき言った従兄っていうのは、イザーク流剣道場を営んでるシャナン様です。」
「スカサハさんですね? 私は、ユリアと申します。それでは、司祭様に伺ってきますので…。」
やっと素性を明らかにしたスカサハに、ユリアは軽く会釈すると、礼拝堂の奥へと入っていった。そして、間もなく司祭を連れて出てくる。
「お話は伺いました。折角のご好意、有り難くお受け致します。」
「ありがとうございます。それじゃ、これを…。どちらへ運べば宜しいでしょうか?」
スカサハはリアカーから最後に残っていた箱を取り上げると、司祭に運び先を聞いた。この場で渡してお終いなんてことはしないのが、彼らの流儀だった。もちろん、相手が「ここで結構です」と言えば話は別だが。
「ああ、それでは奥へお願いできますか?」
スカサハは司祭に連れられて礼拝堂の裏の小さなキッチンへと消えた。


指定された場所へ箱を置いたスカサハは、ふと辺りに目をやって呟いた。
「ここ、あまり使われてないみたいですけど…。」
言ってしまってから、出過ぎたことだったかな、と思ったが、司祭は気を悪くした様子も無く答えてくれた。
「ええ。私はおよそ料理などというものには縁がありませんで…。見よう見まねとでも言うのでしょうか。とにかく食材を切って煮たり焼いたりするだけで何とか食いつないでいるのですよ。」
「ユリアさんは?」
学校などで調理実習くらいはあるから少しは出来るのではないか、と思ったスカサハだったが、司祭からは意外な答えが返ってきた。
「あの娘は記憶を失っているのです。」
彼女は小さい時からここに居たのではなく、数年前にこの礼拝堂の前で倒れているのを保護したのだと言う。覚えているのは名前だけだったが日常生活は何とかこなせるようだった。しかし、炎を怖がるのでここには近づけないらしい。
「ですから、学校にも…。」
「そうでしたか。」
スカサハは、そこでユリアの話を切り上げた。他人の辛い過去を根掘り葉掘り聞き出すのは趣味じゃない。
「あの、それじゃ今日の夕食、俺が作っていっても構いませんか?」
「あなたが…?」
「俺、家事全般得意なんです。」
他人の好意はなるべく断らないようにしている司祭は、スカサハの申し出を受け入れてくれた。そこでスカサハは埃の積もったスパイス棚の扉を開けると数種類を取り出して中身を確認し、料理の腕を振るったのだった。
その夜、見た目も味もいつもと違う料理に子供達は興奮しながら夕食を食べたらしい。


詮索してはいけないと思いながらも、スカサハはあれ以来ユリアのことが気に掛かって仕方が無かった。生徒会役員だった頃の誼でイシュタルに調べてもらおうかと何度も思っては、踏みとどまることを繰り返した。
そして、道場に寄った帰りについ遠回りをしてあの教会に立ち寄るのが、スカサハの日課となってしまったのだった。
「こんにちは、スカサハさん。」
「あ〜、スカ兄ちゃんだ。」
「ねぇねぇ、今日も晩御飯作っていってくれるの?」
ユリアと一緒になって遊んでくれたり、同じ食材でもバラエティ豊かに料理してくれるスカサハに、子供達はすっかり懐いてしまった。
「そうだね。司祭様の許可が下りたら、作ってくよ。」
スカサハの返事に、子供達は大喜びした。最初は、来るたびにお客様に料理させる訳にはいかない、と渋っていた司祭だったが、最近はすっかりスカサハをボランティアとして受け入れている。許可が下りないことはないだろう。
そんな平和な日々がどれだけ続いたことだろうか。
ある日、いつものようにスカサハが教会へ向かって歩いていると、先の方から煙が上がっているのが目に入った。方角は正に教会のしかも礼拝堂の辺りで、あの近辺にそのような煙を出す施設はない。嫌なことを想像したスカサハは、全力で走り出した。
スカサハが通りを疾走していると、背後から2台のバイクが走ってきた。
「あれ〜、どうしたの、スカサハ?」
「何を慌ててるんですか?」
少し先でバイクを止めて振り返ったのは、セリスとリーフだった。2人はスカサハの指し示した方向に確かに派手な煙が上がっているのを確認すると、野次馬根性で駆けつけようとした。
「わ〜、セリス様、ちょっと待って〜! 俺を乗せてって下さいっ!!」
「え〜っ?」
面倒くさそうにセリスが振り返った。
「後で、カスタードプティングをご馳走しますからお願いします!!」
スカサハ特製のカスタードプティングねぇ、と好物の誘惑にセリスが思案したその瞬間、リーフが予備のメットをスカサハに投げ渡した。
「早く乗って♪」
セリスが目を丸くしている前で、リーフはスカサハを同乗させるなり素晴らしいスタートを切ってバイクを走らせて行った。


路地の手前でバイクから飛び降りたスカサハは、野次馬の群れを掻き分けて子供達の元へと向かった。想像に反すること無く、礼拝堂が燃えている。
「皆、大丈夫か!? ユリアや司祭様はどうした?」
駆けつけたスカサハに、子供達は泣きながら口々に事情を説明した。
司祭は買い物に出かけていて不在で、子供達は外で遊びに夢中になっていたらしい。子供達が火事に気づいた時は、かなり派手に煙が上がっており、どうしていいかパニックになっている内に火の手も激しくなってきたとのことだった。
「ユリアお姉ちゃんが…。」
「ユリアがどうしたんだい?」
「…中に居るの。」
スカサハは一番聞きたくなかったその言葉に、打ちのめされた思いだった。この時間、ユリアは礼拝堂の中で祈りを捧げているのだ。逃げていて欲しい、と思ったが辺りに姿が無いのは炎から遠ざかって休んでいるのではなく、中に取り残されているのだと信じざるを得なかった。
スカサハは水場に走って行くと、ヘルメットの中に水を汲んで頭から被った。
「スカサハ、何をするつもり!?」
引き止めようとするセリスに腕を振り払って、スカサハは答えた。
「ユリアを助けに行きます。」
「助けに、って言ったって、中はかなり火が回ってるんだよ。君まで炎に巻かれたら…。」
「炎だろうと何だろうと、この剣で切り払います。」
スカサハはそう言い残して建物の中に飛び込むと、流星剣の巻き起こす風と月光剣の剣圧で炎を切り払い、その僅かな隙間をぬってユリアの元へと進んでいった。
子供達の証言通り祈りを捧げていたらしいユリアを発見して、スカサハは彼女の元へ駆け寄った。部屋の端に火の手が上がったのを見て気を失っていたユリアは、スカサハに助け起こされて意識を取り戻した。恐怖に取り乱すユリアを何とか落ち着かせるようにしながら、スカサハは脱出の手立てを考え始める。
スカサハがここまで進んでくる間に火は更に燃え広がっているし、ユリアの運動神経を考慮しなくてはならない。
「こっち。こっちから回り込もう。」
スカサハは火の進んでくる方向と建物の構造を考え合わせて、ユリアの手を引いて歩き出した。
「大丈夫。火なんてないよ、閉じ込められただけ。そういう風に考えるんだ。」
炎に足が竦んでいたユリアは、スカサハに勇気づけられるようにして歩き始めた。髪を中にしまい込むようにして被せられたフルフェイスのメットのおかげで、回りの火の手が視界に入り難くなっているのも、ユリアにとっては好条件だった。目を閉じ加減にして寄り添うように進むユリアに、スカサハも勇気づけられる。
そうやって何とか回り込んでいった2人だったが、もう少しで外に出られるという処まで来て、外側から回り込んできた炎に行く手を塞がれてしまった。
「あと少しで出られるのに…。」
スカサハは、別の道を探そうかと辺りを見回した。その時、天井が崩れ落ちる。
とっさに庇うように覆い被さってきたスカサハの身体の下で、ユリアは天に祈った。
「光よ!!」
ユリアの祈りに応えたのか、彼女の身体を中心に光が広がって行く。そして、その光に弾き飛ばされて、落ちてきた天井の瓦礫は消失した。しかし、ユリアはそのまま意識を手放す。スカサハが驚きながらも再び辺りを見回すと、壁にも穴が開いていたが、それは脱出口になるよりも炎にとっての酸素吸収口になってしまっている。何とか炎を切り開いて、ユリアを抱えて脱出しなくては…。
スカサハは、この穴を利用するかあるいは別の道を探すか、重大かつ危急の選択を迫られていた。


一方、外でもその穴によって事態に変化が訪れた。
「今のは…?」
急に壁に穴が開いたかと思うと、中から強い光が溢れて来たのを見て、セリス達は驚いた。
「あっ、スカサハだっ!!」
穴の前で燃え盛る炎の合間から、セリスはスカサハの姿を見つけた。腕の中にはグッタリとした人らしきものを抱えている。
「う〜ん。スカサハだけなら、脱出出来るんだろうけど…。」
剣圧で炎を切り開いたとしても、他人を抱えてその合間を抜けるのはいくら彼でも困難だろう。しかし、消火するには派手に燃えてるし、自分には剣圧で炎を切り開くなんて出来ないし…。こんな時セティが居てくれたら、風を操って簡単に炎を切り分けてくれるんだろうけど、と考えていたセリスは、ふと横に居るリーフに視線を流した。
「ねぇ、リーフ。君って確か、さっき街で新しい魔道書買ったんだったよね?」
「はい、これのことですか?」
リーフが取り出したのは『トルネード』の魔道書だった。
「ナ〜イス♪ それじゃ、あそこの炎目掛けて竜巻作ってよ。」
「え〜っ、そんなことしたら煽っちゃうんじゃ…。」
「煽らないようにやればいいじゃん。君の魔法で道を切り開いて、スカサハ達を助け出すんだよ。」
秘剣の剣圧で道を作る作業をリーフに肩代わりさせれば、スカサハ達は楽に脱出出来るはずだ。しかし、熟練度が足りないリーフは不安を払拭出来ない。
思い切れないリーフの態度に、セリスは徐に携帯電話を取り出すとどこかへ電話を掛けた。そこで二言三言話すと、別の番号へ掛け直す。
「あ、もしもし、アレス? そこにナンナが居たら代わってよ。事情は後で説明するけど、とにかく緊急事態なんだ。」
問い返すアレスの声に続いて、電話の向こうから何やら揉めるような声が聞こえたかと思うと、話し相手がナンナに交代した。
「あ、ナンナ。今、リーフに代わるから、とにかく何も聞かずに「大丈夫だから頑張って♪」って言ってくれる?」
突然のセリスの頼みごとに、ナンナは事情を問いただしたい気持ちでいっぱいになったが、先程のアレスの問い返し方から唯事じゃ無いらしい雰囲気を感じ取って承諾した。
「はい、リーフ。」
「何ですか?」
小声で何やら電話を掛けていたセリスにいきなり携帯電話を押し付けられて、リーフは困惑しながらそれに耳を当てた。すると、向こうからナンナの声が聞こえて来る。
「あの…、リーフ様? 大丈夫ですから…。えぇっと…。頑張って下さいね♪」
「うん、任せてよ!!」
リーフは先程までとはうって代わった表情になると、穴の前を塞いでいる炎目掛けて連続で『トルネード』を放った。魔力の低いリーフが放ったとは思えない程のその威力からして、必殺スキルも発動させたらしい。しかも、見事に狙い済ましたように2つの竜巻きは穴の前の炎を両側に押し広げて一筋の道を作り出している。
「スカサハっ!!」
セリスが声を駆けると同時に、状況判断良くスカサハがユリアを抱えて外に飛び出した。
「ふ〜っ。ありがとうございます。おかげで助かりました。」
「あはは、お礼は私達だけじゃ無く、電話の向こうのナンナ達にも言ってあげてよ。」
貴重なデート時間に割り込んだ電話に応じてくれたアレスとナンナが居たからこそリーフはこんな芸当が出来たんだから、と耳打ちするセリスに、スカサハは後日改めてアレスに何か差し入れておこうと思った。
「それより、その子は無事?」
「ええ、気を失ってるだけだと思いますが…。」
話ながら、気を失っているユリアを気遣うようにしながらスカサハはヘルメットを外した。はずみで、サークレットも外れる。
「これは…!?」
「どうしたんですか、セリス様?」
ユリアを見て驚きの声をあげるセリスに、リーフが近寄って来て覗き込んだ。
「あれ? この人、ディアドラ様に似てますね。」
立場上この学園都市の最高権力者と言っても過言で無いディアドラだったが、滅多に人前に出て来ないから顔を知ってる者は少ない。それでも、家族ぐるみで付き合っているリーフはディアドラの顔を知っている。髪の質は違うようだが、顔立ちと言いその不可思議な髪の色と言い、ユリアはディアドラに良く似ていた。
「似てるどころの騒ぎじゃ無いよ。ほら、ここ見て。」
セリスが指差した先、ユリアの額にはナーガの聖痕がくっきりと浮かび上がっていた。
「ねぇ、さっきの光って、この子の仕業だよね?」
「ええ、多分…。」
魔道書なしでライトニング級の魔法を発動させる辺り、本当に魔法系神器の使い手というものは、特に『ナーガ』の継承者というものは恐ろしい力を秘めているものである。
「あの…、先程からの会話を聞いてると、その、ユリアってもしかして…?」
「そう、私の妹だと思うよ。推定年令からして、母上が行方不明になってた間に生まれたんじゃないかな。」
数年前に騒がれたユリウスの出生疑惑。しかしディアドラは、アルヴィスの世話になっていた覚えも、そしてセリス以外の子供を産んだ覚えも無かった。アルヴィスに問いただしたらもっと早くにユリアの存在がわかったのだろうけど、あの騒ぎの中でそれを問うても果たして本当の答えが返って来たかどうか怪しかったので、結局そのまま現在に到ったわけだが…。
しかし、いくら急激に記憶を取り戻すと記憶喪失だった間のことはすっかり忘れてしまうとは言え、自分が産んだ子供のことまで忘れるかぁ?
セリスは呆れたように天を仰いだが、あの母上ならそれも有りだ、と納得してしまった。
「とりあえず、私の家に連れて行くよ。」
「あの、でも…。」
セリスの強引な様子に、スカサハは戸惑った。
「勿論、その子達もひとまず一緒に来てもらうよ。後のことはオイフェが良いようにしてくれるはずさ。ユリアのことも含めてね。」
そうしてセリスは司祭宛のメモを消防団の責任者に渡すと、皆で子供達をシアルフィ家に連れていった。


「ディアドラ様の隠し子、ですか?」
セリスが連れてきた少女を見て、事情を聞いて、オイフェはさすがに顔色を変えた。
「やだなぁ、隠し子じゃなくて、忘れ子だってば。」
「しかし、シグルド様がお聞きになられたら…。」
「平気だよ。だって、あの父上だもん。」
そもそも、行方不明になった時に身ごもっていたということも考えられるし、別の人との間の子供でもシグルドなら気にする訳が無い。きっと、「そっかぁ、見つかって良かったね。ディアドラの子供が増えて嬉しいよ。」なんて、のほほんとしてるに決まってる。その意見には横でリーフも「うんうん」と頷いて見せた。
「あなた方、シグルド様のことを一体何だと…?」
いくら何でもそこまで能天気ではないだろう、とオイフェが言おうとした時、階段の半ばからシグルドの声が振ってきた。
「ディアドラの娘かぁ。だったら、周りが何と言おうとも私とディアドラの子供だよ。うん、間違いない。見つかって良かったねぇ。」
セリス達は、オイフェに向かって「ほらね♪」という顔をした。
オイフェは呆れたような表情を浮かべたが、すぐに気を取り直すと直ちに様々な手を打つためにその場を離れたのであった。


翌日、スカサハは差し入れを持ってノディオン法律事務所を訪ねた。忙しそうなので品物だけ渡して帰ろうかと思ったスカサハだったが、お昼頃を狙ってやってきた彼を見てエルトシャンはアレスに早めの昼休みを与え、2人に小部屋を提供した。
「アレス様、昨日は本当に申し訳ありませんでした。」
そうして丁寧に差出されたのは、お詫びとお礼として作られたお弁当。それを突つきながら、アレスは細かい事情をスカサハから聞き出していく。
昨夜、「事情は後で話す」と言ったセリスがいつまで経っても連絡して来ないので帰宅してからシアルフィ家に電話を掛けて無理矢理説明はさせたものの、やはりかなり端折られていてアレスは機嫌が悪かった。しかし、スカサハに詳しく説明されて一応の納得はする。
「大変だったんだな。」
派手な火事があったことは知っていた。消火後の調査では、あの先の一画に屯っている不良少年による煙草のポイ捨てが原因の可能性が大きいらしい。だが人数が多くて犯人の特定は困難だろうし、詳しくはまだ調査中と聞いている。
しかし、セリスの説明ではそれとの関係が全く語られていなかったので、どこが緊急事態だったのか解らなかったのだ。
「えぇ、まぁ、皆様がいらっしゃらなかったら今頃どうなっていたことか。本当にありがとうございました。」
「別に、俺は何もしてないぜ。」
「いいえ。あの電話を切らないで下さったおかげです。ナンナさんにもお詫びとお礼を兼ねて特製レシピをいくつか送らせていただきましたので…。」
「ほぉ、気が利くな。」
アレスはすっかり機嫌が直った。
「それじゃ、俺はこれで失礼させていただきます。」
「ああ。あいつらに会ったら、ユリアとかいう少女のことはうちに任せておけば大丈夫だ、って伝えてやると良い。」
弁当箱を返しながらそう言うと、アレスは軽い笑みを浮かべてスカサハを見送った。


夕方になると、スカサハは約束のカスタードプティングを持ってシアルフィ家を訪問した。しっかり、リーフも遊びに来ている。
「これ、お約束の品です。」
「わ〜い、沢山ありますね。セリス様、食べ切れない分は持って帰ってもいいですか?」
「勿論だよ、リーフ。」
カスタードプティングの山分け相談に夢中になっている2人に、スカサハは控えめに声を掛けた。
「それで、その、ユリアは…?」
「2階に居るよ。」
セリスは部屋の方を指差しながら答えた。
そのままセリスがリーフと一緒にカスタードプティングに意識を戻してしまうのを見て、スカサハは勝手に部屋へ上がらせてもらうことにした。
ノックに対して中から声が返って来たので部屋に入ったスカサハは、ベッドの上で身体を起こしてシグルド達と話をしていたらしいユリアの雰囲気がこれまでとはちょっと違っていることに気付いた。
「スカ…サハ…?」
ちょっと自身無さそうに名前を呼ぶユリアに、スカサハは首を傾げた。すかさず、オイフェがスカサハに耳打ちする。
「ユリア様は、あの礼拝堂での記憶を失っておられるのだ。」
「えっ、また記憶喪失ですか?」
小声で聞き返すスカサハに、オイフェは説明を補足する。
要するに、ディアドラ同様それまでの記憶を取り戻した代わりにその後の記憶が失われたと言う訳だ。
「でも、貴方のことは知っている気がします。」
ユリアはスカサハの方をジッと見つめた後、軽く首を横に振った。
「いいえ、違う。そうじゃない。私は貴方のことを…。」
記憶が混乱する中で、ユリアは自分が何を言おうとしているのか自分でも解らなかった。だが、ここで目を覚ました時に傍らにいたセリスには驚くだけで何も感じなかったのに、スカサハの声が聞こえただけで心の中で他の自分が何かを囁いているような気がした。部屋に入って来た姿を見て、それは更に強まった。
「あのさ、上手い言葉が出て来なかったら、無理に言葉にしようとしなくてもいいよ。俺も、気持ちを言葉に表すのってあまり得意じゃないし。」
「スカサハ…。」
「だから、もし嫌じゃなかったら、これからも俺と会ってくれる? また一緒に子供達と遊ぼうよ。2人だけで街へ買い物に出かけるのもいいな。どう?」
スカサハの申し出に、ユリアは頬を上気させながら頷いた。横ではシグルドとディアドラが、微笑ましいなぁ、と書かれたような顔で互いに肩を寄せ合って2人を見守っている。
こうして、スカサハとユリアの交際はゆっくりとそのスタートが切られたのだった。

-End-

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