グランベル学園都市物語 外伝

それは、1本の電話から始まった。
真夏の太陽が輝く中、木陰でヒマワリ模様のピクニックシートを広げて幸せ気分満々でナンナのお手製弁当を頬張ったアレスが押し寄せる睡魔に任せてナンナの方へ倒れ込もうとしたその矢先に、脇においておいた荷物の中で携帯電話が鳴り響いた。
「誰だ、こんな時にっ!?」
と文句を言いつつも、この番号を知っている人間が極限られている以上無視することは出来ず、恐る恐るアレスは電話を受けた。
「…何だ、父上じゃないのか。」
そう呟いて電話を切ろうとしたアレスの耳に、信じ難いと言うかいつか起こると予測は出来たと言うか、とにかくエルトシャンが倒れたと言う言葉が飛び込んできた。
「それでっ、容態は?…って、「倒れた」だけじゃわかんねぇだろ!今、病院か?それとも家か事務所かどこかで休んでるのか?」
相手を怒鳴りつけて情報を聞き出したアレスは取りあえず知りたいことを聞き出すと、ナンナに向き直ってラケシスの連絡先を聞いたがナンナは頑として教えようとしなかった。
「仕事柄、不用意に教えられないのよ。お父様に連絡してくれれば、そちらからお母さまのところにも連絡が行くはずよ。」
ナンナ自身は連絡方法を知っているが、アレスの携帯電話は登録された番号以外へは発信できないので、ここからでは連絡の取りようがなかった。
アレスはレンスターガードへ連絡するように言うと電話を切った。その横ではナンナがテキパキと荷物を片付け、アレスのバイクに積み込んでいた。
「さすがに手際が良いな。」
「だって、いつものことだもの。」
アレスのバイクで郊外へ出て、公園や野原や土手にピクニックシートを広げてお弁当を食べて、のんびりとお喋りしたり昼寝したりして過ごすのは2人の定番のデートだった。
「で、目はちゃんと覚めてる?居眠り運転なんて願い下げよ。」
「心配するな、目は覚めてるよ。ただ、気が焦ってスピード違反しそうだけどな。」
そう言うなりアレスは一気に加速をかけたが、ナンナを乗せているということが彼に安全運転を怠らせなかった。


連絡を受けたキュアン達やシグルド、ラケシスが病院に駆け付けると、そこでは珍しくエルトシャンに食って掛かってるアレスの姿があった。
「いったい、どういうことなのかしら?」
まだモデルモードが抜け切っていないラケシスの凛とした声に、3人は一斉にドアの方を見た。
「過労で倒れた割には顔色いいんじゃないか?」
シグルドの率直な感想に一同が頷くと、それをエルトシャンが聞き咎めた。
「誰が、いつ、過労で倒れたんだ?」
不機嫌そうに言うエルトシャンに、シグルドとキュアンとラケシスがすかさずエルトシャンを指差した。
「俺はそんなに柔じゃないぞ。」
「過労より柔な理由で倒れた方がよくそんなこと言えますね。」
横で毒づくアレスをエルトシャンは睨み付けたが、今日に限ってアレスはそれで怯んだりはしなかった。
「過労じゃないなら、何で倒れたんだ?」
「別にいいだろ、何でも。念のために入院しろって医者がうるさく言うから居るだけで、明日には退院出来るんだ。」
原因を明かそうとしないエルトシャンにキュアン達が訝しく思っていると、またしてもアレスが臆せずに言ってのけた。
「たかが2段とは言え、階段を踏み外して落下して意識不明に陥ったとなれば、頭打ってるかも知れないから入院しろくらい言われますよ。」
階段を踏み外して意識不明と聞いて、ラケシスは呆れ顔になった。
「ラケシス、勘違いするな!俺が階段を踏み外したのは…。」
「この猛暑に正装して出歩いてて暑気あたりでめまいを起こしたから。」
「アレスっ!!」
今日のアレスはエルトシャンが睨もうが怒鳴ろうが決して引かなかった。
「世の中には、状況に適した格好というものがあるでしょうに。真夏にあんなに重ね着して今まで平気だったのは、確かに鍛え方が違うというのもあったでしょうが、エアコン完備の建物の中でばかり仕事してたおかげなんですからね。」
1年中正装して仕事をしている父に、これまでアレスは何度も進言したのだ。ラフな格好で仕事が出来ないというポリシーはわかるがせめて夏服くらい作ったらどうだ、と。今日あることを心配してではなく、その姿を見ている自分まで暑苦しくて仕方がないというのが理由だったが、起こってみれば今回のようなことは充分起こりうるものと予測できて当然だったかも知れない。
「だからと言って、何だ、お前のそのだらしない格好は!」
アレスの今日の服装は、ブルーのタンクトップに洗い晒しのジーンズに安物のスニーカー。ジャケット代わりに薄手の長袖コットンシャツを羽織り、袖口を軽く織り上げ裾を無造作にジーンズの中に押し込んである。エルトシャンから見ればだらしないと映るかも知れないが、普通の格好である。色違いのタンクトップに白のキュロットとシースルーのパーカーというナンナと良くバランスが取れている。
「別にだらしなくなんてないわよね。デルムッドより遥かにマトモな格好してると思うわ。」
確かに、ラケシスがいない限りエアコンをつけられないために家に居る時のデルムッドは短パン一枚でタオルを首から下げてひたすら団扇を片手に茹だっているのだが、フィンはあまり我が家の恥を曝さないで下さいと慌ててラケシスの口を塞いだ。
「とにかくっ、俺はこれからも今まで通りの服装で仕事するからな。」
「どうぞご勝手に。今度倒れたって、もう心配なんかしませんからね!本当に過労で倒れても、絶対心配なんかしてやるもんかっ!!」
拗ねてしまったアレスにナンナはやれやれとため息をつくと、コンッと軽くその頭を小突いた。
「そんなこと言うなら、明日のデートはキャンセルするわよ。」
その言葉に、明日は約束なんてしてないはずと首を捻ったアレスだったが、それが今日のデートの仕切り直しと気付くのに時間は掛からなかった。

-End-

あとがき

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