グランベル学園都市物語

第48話

春休みに入って、パティはレスター達とピクニックに出かけることになった。
最初は2人で行くつもりだったのだが、いつの間にかファバル達とダブルデートになってしまったのだ。そうなると、大変なのはレスターとパティである。2人っきりなら行き当たりばったりでそれなりに楽しんで来られるが、4人でとなると最初から何か楽しみ方を考えておかなくてはならない。勝手に楽しんでろ、と言って他の2人を無視してお喋りしたりはしゃぎまわれる程パティ達は無神経ではなかった。
とりあえず射的セットでも持ってって、的を枝に下げて競わせて、結果をネタに話でもしてればそれなりに間ももつかな、とパティは自分のリュックにミニ射的セットを詰め込んだ。


その頃、レスターも下準備に追われていた。
「だから、俺の分の弁当はパティが作ってくれるから要らないんだ。」
「でも…。」
明日の弁当の下ごしらえをしようとする妹を相手に、何とか他の人間の分まで作るのを阻止しようと、レスターは必死の説得工作をしていた。
「いいか、ラナ。一般的に男というのは、妹に作ってもらった弁当よりも恋人に作ってもらった弁当を喜ぶものなんだ。」
「つまり、レスター兄様はパティの作ったお弁当の方が嬉しいのですね?」
「そういうことなんだ。わかったら、俺の分を作るのはやめておいてくれ。」
レスターは何とか説得に成功したかと思ったが、まだまだ甘かった。
「ですが、パティの作るものの中には食べてはいけないものがたくさん入っています。」
以前、家族ぐるみで出掛けた時にパティ達が持って来た弁当の中には肉や魚がたくさん入っていた。エッダの教えでは「無益な殺生」を禁止していて、エーディンの解釈によると肉類は殺生の結果だから関わってはいけないことになっているのだ。
「お前はダメでも、俺はいいんだ。」
「何故ですか?」
「俺は信者じゃないから、厳格に考える必要はないんだよ。」
「何と恐ろしいことを…。」
最近こういう物言いまで母に似て来てますます質が悪くなったな、と思いながらレスターは反撃を開始した。反撃方法については、既に1年近く前に母を相手に成功した論理の再現だからラナにも通用するだろう。
「ラナ。エッダ教は、異なる考え方をする者に己の考えを押し付けろ、とでも教えているのか?」
「いいえ。そのような教えはありません。」
「では、エッダ教を信仰しないものに信仰を強制せよ、という教えはあるか?」
「ありません。他者を認めることも、エッダの教えの一つです。」
ラナの答えを待ってから、レスターは勝ちを確信して告げた。
「だったら、俺にお前の弁当を押し付けるのはやめろ。」
「わかりました。」
どうにかピクニックでラナの弁当を押し付けられるのを回避したレスターは、ふと思い出したように付け加えた。
「もしかしたら、ファバルは恋人より妹の作った弁当の方が好みかも知れないから、その時は弁当を押し付けるのはやめておくんだぞ。」
その言葉に、ラナは首を捻った。
「先程、妹より恋人の弁当を喜ぶとお聞きしたと思いますが…。」
「一般的にだ。あいつは例外かも知れない。だから無理強いはするなよ。教義に従って認めてやれ。」
ラナは渋々という感じではあったが頷いた。


パティが3人分の弁当の下ごしらえに掛かろうとした頃、電話が鳴った。
「もしもし、レスターだけど…。」
「あれ、どうしたの?」
「あ、パティ。念の為に聞くけど、明日はお前、3人分の弁当持って来てくれるよな?」
「あたりまえでしょ! ちゃんとあたしとレスターとついでにお兄ちゃんの分も作るわよ。」
何を今さら心配しているのやら、とパティは笑った。
「実は、ラナが…。」
レスターは、ラナがレスターの分の弁当を作るのは阻止出来たものの、ファバルの分までは完全には阻止できなかったことを白状した。
「一応、無理強いはしないようにクギは差しておいたけど、前もってファバルに忠告しておいてくれ。」
「忠告って、何を?」
レスターが何を言わんとしているのか、パティにはピンと来なかった。
「もしも弁当の中身を知らずに「作ってくれたのか。サンキュー。有り難くいただくよ♪」なんて浮かれて言って受け取ってから己の過ちに気がついても手遅れだ。」
「手遅れ?」
「食べると言ったからには、責任持ってあの精進料理を全部食べるしかない。」
ラナは嘘を許さない。
「それに、ただの精進料理じゃないぞ。あいつの腕は超ド級だ。」
「げげっ、そりゃまずいわ。お兄ちゃん、味に関しては正直者だもの。」
ファバルは、不味かったら相手がどんなに偉かろうと遠慮なくはっきりきっぱり「不味い」と言ってしまう。さすがにラナにはちょっとだけ控えめの表現をするかも知れないけど…。
「だったら尚更、今のうちにファバルに根回ししておいた方がいい。言葉に注意しろって忠告しておいてくれ。言質をとられたらアウトだ。」
「食べてみよう」とか「どれどれ〜」とか言ったなら途中で止められるが、弁当を受け取ってしまったら取り返しがつかない。
「よく言い聞かせておくわ。」
「頼んだぞ。それじゃ、お休み。」
「うん、お休み〜♪」
電話を切ったパティは慌ててファバルの部屋へ駆け込み、レスターから聞いた情報をすべて伝えた。
最初は、ラナが自分の為に弁当を作ってくれると聞いて喜んだファバルだったが、詳しい話を聞くに連れてだんだん青ざめていった。
「パティ! お前、俺の分の弁当も作ってくれるよな!?」
すがりつくように確認している兄の姿に笑いを堪えながら、パティは頷いた。
「助かった〜。」
「只でさえ、お兄ちゃんは肉類好きだものね。」
「ああ。先に聞いといて良かった。」
もしも明日いきなりラナから弁当を差し出されたら、多分レスターの危惧した通り、浮かれて受け取ってしまっただろう。ファバルは、よくぞ気がついて連絡してくれた、とレスターに感謝せずにはいられなかった。
そしていろいろと断り文句を考えておいたファバルは、ラナからピクニック弁当を差し出された時、少しは興味があったので適当なことを言って味見はしたが前評判通りのその料理にそれ以上手を出すのはやめて、うまく躱してパティの弁当を食べたのだった。

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