グランベル学園都市物語

第16話

いよいよ借り物競争の時がやって来た。
セリスが借り物に妙なこだわりを見せた結果、メインイベントと化してしまったこの競技は注目度も高く、またかなりの点数を振られていた。
この借り物競争に、パティ・ナンナ・ティニーは3人揃って参加した。
順番が回ってくるのは後半の方なので控えエリアから他の人達の競技を見ていると、なかなかの盛り上がりを見せていた。
「ラクチェ、一緒に来てくれ!」
「何で、ヨハルヴァと一緒に行かなきゃいけないのよ!?」
「嫌なら『勇者の剣』だけ貸してくれてもいいけど…。」
ヨハルヴァの引き当てた借り物指令は『勇者の剣★100』だった。
ラクチェは究極の選択を迫られた。常に携帯している大切な剣を手元から離し他人の手に預けるか、それともシャナンの目の前でヨハルヴァと手を繋いでゴールまで走るか。
結局ラクチェは、ヨハルヴァもラクチェが己の一部とも言えるその剣をどれだけ大切にしてるかわかっているから最初から「貸してくれ」と言わずに「一緒に来てくれ」と言ってくれたのだという気持ちを汲んで、『勇者の剣』ごとヨハルヴァに借りられていった。
「ええっ、シグルド様の詩集!?そんなの誰が持ってるっていうんだよ。」
などと言う悲鳴にも似た声が上がり、しかもシグルド本人でさえ携帯していなかった詩集を秘書のオイフェが持ってたりして更に驚きの声が聞こえた。
「どら焼き〜?こらっ、実行委員。さっきのどら焼き何処に隠したかさっさと言え!」
と言う声も聞こえた。
「わ〜い、ラッキー♪ ラケシス様、ご一緒していただけますか?」
と紙を示して気持ちよくラケシスを連れ出したリーフは、後でその紙に『美女』と書かれていたことがキュアンにバレて怒られた。エスリンは美しいというより可愛い系だとキュアンも思っているが、ミス・グランベル大学にも選ばれた姉の前を素通りしてラケシスを連れ出しに行くなんて失礼だというのである。それに対するリーフの反論は、選ばなかったことがラケシスにバレた時の方が恐ろしい、ということだった。
そうこうしている内に順番が回って来たパティは、かなり不安だった。さっきから碌なものが書かれていないようである。
そして借り物指令の紙を手にしたパティは、生徒会のテントへ一目散に走って行った。
「レスター、来て!」
「えっ、俺?」
叫びながら走ってくるパティに驚きながらも、レスターは即座にパティに向かって走り出た。そのままゴールまで一緒に走って1着。パティは審査員のセリスに紙とレスターを見せて承認を受けた。
「何だったんだ、今の借り物?」
不思議そうに聞いたレスターは、耳もとにこっそり指令の中身を告げられてちょっと赤面した。


 

そして、ティニーの番が回って来た。
指令の紙を見たティニーは真っ赤になってその場で固まってしまった。その姿を見たイシュタルとセティは、それぞれの席からティニーに一番近いロープ際まで人を掻き分けて駆け付けた。
「どうしたの、ティニー?何が書いてあるのか言いなさい。私が見つけて来てあげるから。」
「私も協力するから。何て書いてあるのか教えてくれ!」
しかし、ティニーは固まったまま動かない。
だが他の競技者もそれぞれ苦労しているから、紙の内容さえわかればティニーを勝たせることが可能だ。イシュタル達は必死にティニーに声を掛けた。
「こっちへ来てその紙を見せなさい。」
「そこからこちらへ書面を向けるだけでもいい。」
ティニーは涙目になって、イシュタル達の方を見た。
「さあ、早くこっちへ!」
イシュタルが必死に呼び掛ける。しかし、ティニーは再び紙を握りしめて下を向いて震えている。
「泣いてちゃわからないわ。何が書かれてるのか言ってちょうだい。」
イシュタルは、なだめるように声を掛け続けた。
セティもイシュタルも、目の前に張られたロープが恨めしかった。これさえなければ、すぐにでもティニーに手を差し伸べてあげられるのに。そうすれば、借り物だってすぐに見つけて来てあげられるのに。せめて、ティニーがもう少し近くに寄って来てくれれば…。
競技参加者以外のグラウンドへの立ち入りは、体育祭のスムーズな運営の妨げとなる。根が真面目な2人はこんな時でもまだ、実行委員会からの注意事項を破れずにいた。
だから、2人はティニーに呼び掛け続けた。
「ティニー、もう少しこちらへ寄ってごらん。」
「ねっ、もうちょっとでいいの。こっちへ来てちょうだい。」
顔を上げて今にも涙がこぼれそうな目をしているティニーに、2人は優しく声を掛けた。
3人共に、精神的に追い詰められていく。ティニーはそれ以上一歩も動けない。だが、唇が何かを訴えている。
「ティニー、何が欲しいんだ!?」
セティが更に呼び掛けると、ついにティニーは紙を強く握りしめて叫んだ。
「セティ様!!」
必死の叫びにセティが矢も楯もたまらず駆け寄ると、ティニーはセティにしがみついた。その震える手元の紙を見たセティは、ティニーを抱えてゴールまで走った。
ゴール前で競り合いになったものの、ティニーの支援効果を受けたセティの必殺が発動し、ラストスパートで1着。セリスは2人を繁々と見ながら
「ふ〜ん、なるほどねぇ。どっちが借り物か怪しいところだけど、合格にしてあげるよ。」
と言った。

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