余暇

スカサハが風邪をひいた。
ラクチェは「…軟弱ね」と言ったが、その原因が自分を助けようとして代わりに池に落ちたとあって、しばらくは食事を運んだりユリア達の手伝いで水を汲みに行ったりしていた。
しかし、時期的になかなかすっきりと治らずにいつまでもスカサハが元気にならないでいると、看病にも飽きてきた。風邪をひいたのは自分の所為かも知れないけどいつまでも治らないのはスカサハが悪い、と言い残してラクチェが部屋を飛び出すまで、そう長くは掛からなかった。

「セリス様、剣の稽古しませんか?」
「悪いけど、今それどころじゃないんだ。」
見るからに忙しそうにオイフェ達と話ながらこの地の戦後処理のために積み上げられた紙をさばいているセリスに声を掛けたラクチェは、あっさり振られてしまった。同様にその場にいたシャナンにも相手はしてもらえなかった。
物憂気にぶらぶらと城の裏へ歩いていったラクチェは、適当なところでペタンと座り込んだ。
「あ〜あ、退屈〜。いっそ山賊でも来てくれれば気晴らしになるのになぁ。」
「随分と物騒なため息ついてるんだな。」
伸びをしながら呟いたラクチェの頭上から、アレスの声が降ってきた。
「だって、誰も練習相手になってくれないんだもん。いっそ、山賊でも斬ってストレス解消したいじゃない?」
「…同意を求めるなよ。」
アレスとしても、このところ平和すぎてややけだる気な思いはしているのだが、幸いラクチェと違って退屈はしていなかった。
「そんなに退屈なら俺が練習相手になってやろうか?今、ナンナが休憩中だから少しくらいなら相手出来るぜ。」
ラクチェはアレスの言葉に飛びついた。
ナンナから練習用の剣を借りたラクチェは、深呼吸すると表情を引き締めてアレスと向き合った。
「さすがに、ナンナより遥かに手強そうだな。」
「あらナンナには悪いけど、比べ物になるかしら?」
護身の延長上の剣と一緒にしてもらっては困ると言いながら、ラクチェは剣の具合を確かめるように数回軽く素振りし、改めてアレスに向き合った。
風を切る音や剣がぶつかる鋭い音が鳴り響き、ナンナの目の前で素晴らしい立ち会いが繰り広げられた。先ほどラクチェに莫迦にされたように、確かに自分の剣は護身用の域を出ないと認識させられた。でも、それで良いと思った。敵を倒すためではなく自分や大切な人を守るための剣が自分の剣だから、背伸びはしなくてもいい。そんなことを考えながら、ナンナは2人の立ち会いを見ていた。
ナンナが休んでる間の少しだけ、と言っていたアレスだったが、ラクチェの素晴らしい剣技の前に引くに引けなくなってしまった。そろそろ終わりにしようなどと言い出す隙もなく、否、そんなことを考える余裕もなく、目の前の相手に気を集中していた。

突然、2人の間に割り込む者があった。
誰何する間もなく、ラクチェの剣は弾き飛ばされアレスの剣は受け流された。
「…シャナン?」
驚くアレスに構わず、シャナンはラクチェを抱えるようにして姿を消した。
「痛っ、やだ〜、やめてよシャナン様!放してってば〜!!」
大騒ぎしながらシャナンの部屋に連れ込まれたラクチェはその後も喚き続けた。
何事かと人が集まってくる中、アレス達も後を追ってやってきた。
「あれ?アレスも来るなんて珍しいね。」
他人がどんなに騒いでも自分に関係した話でも聞こえてこなけりゃ気にもとめないのに、と言うセリスに、アレスは、関係なしと切り捨てられなかったと告げた。いきなりやって来て血相変えてラクチェを連れ去られては、さすがに気になる。
「嫉妬した、って感じじゃなかったのが余計気にかかるんだ。」
自分ならナンナが他の男と剣の稽古をしてる現場を見たらすっ飛んで行くが、シャナンはそういう感じではないし、そのまま部屋へ連れ込んで一体何をしているものやら…。
「とりあえず、覗いてみましょうか?」
あまりの騒ぎにゆっくり寝てもいられずに起き出してきたスカサハは、言うと同時に扉を開けた。すると、そこには…。
「スカサハとセリス以外の者と稽古してはいけないと言っておいただろう!それを、私の目を盗んでアレスと剣を交えるとは…。」
「だって、向こうから誘ってきたから…。」
「だからと言って、受ける奴があるか!!」
そこには、ベッドに腰掛けたシャナンに抱えられてお尻を叩かれているラクチェの姿があった。
「あっ、スカサハ、助けて〜。シャナン様を執りなしてよ〜。」
ラクチェは戸口で呆然と立ち尽くしているスカサハに助けを求めた。
「シャナン様…。」
「何だ、スカサハ?お前が何と言おうと、今回は見逃せないぞ。」
「いえ、良い機会ですからみっちりとお願いします。」
スカサハは一礼して部屋を出て、扉を閉めた。
「スカサハの莫迦。裏切り者〜!」
扉にぶつけられた叫びに、スカサハは
「喧しい!昔っからの言いつけを守れないやつが悪いんだっ!!」
と叫び返して咳き込んだ。
話の見えないアレス達にスカサハは、シャナンが何をしていたのか説明した。
「で、その昔からの言いつけって何なんだ?」
「俺かセリス様以外の者と稽古してはいけないんです。」
「あら、どうして?」
「セリス様はOKってことは、アレス殿みたいに独占欲出してる訳でもないようですが…。」
アレスもナンナもリーフも、どうしてシャナンがそんなことにこだわるのかわからなかった。
「ですから、「見切り」持ちでない人はダメなんです。」
「あ…。」
「幼い頃稽古中にシャナン様に「月光剣」喰らわせて以来、俺達以外と稽古するのは禁止されてるんです。」
何しろすぐムキになってスキル発動させるから、と溜息をつくスカサハに、一同はラクチェと剣を交える危険性について納得した。
「アレス様、無事で良かったですね。」
しみじみと言われてしまったアレスは、背筋がゾッとした。いくら稽古用の鈍ら剣とは言え、流星剣&月光剣&連続なんぞ発動された日には、命がいくつあっても足りなかっただろう。
そしてそんな己の危険性など全く自覚せず、昔の言いつけなどすっかり忘れていたラクチェは、「ごめんなさい。もう、しません。」と数回言ったくらいでは許してもらえなかったのであった。

-了-
心の広さに自信のある方は、おまけをどうぞ(^^;)

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