バレンタインミステリー?

バレンタイン前日、解放軍の女性陣は張り切ってチョコ作りに励んでいた。
夕食後に厨房を借りきり、それぞれ自分の力量と恋人の嗜好に合わせたチョコを作っていく。そして、作り終えたチョコレートを冷蔵庫に入れて、翌朝を楽しみにしながら就寝したのであった。
ところが翌朝、朝食前にラッピングする為に女性陣が厨房へチョコを取りに行くと、冷蔵庫が荒らされていた。
「何よ、これ。バラバラじゃないの。」
「全員分にしては、量が少ないんじゃない?」
騒ぐフィーとパティを静まらせて、アルテナはチョコレートを冷蔵庫から取り出させた。
「各自、自分の分をチェックして見なさい。」
アルテナに言われて、皆が形状とチョコやアルミの色から自分の分を手元へ取り寄せると、それぞれの被害状況の確認が行われた。
「1個減ってます。」
「私のも、1個少ないようです。」
一口大のセミブラックチョコを作ったラクチェと、同じくセミブラックでハート形チョコを作ったナンナが、真っ先に被害を報告した。
「あたしは、2個少ないです。」
一口大のスイートチョコを作ったリーンがすぐに続いた。
「あたしの被害は、1個です。」
同じくスイートチョコを使って、こちらはムース風に仕上げたパティが続いて報告をあげる。
「わたしは、被害無しです。」
「私もです。」
「あ、わたしも。」
一口大のセミスイートチョコを何度も数え直したラナとユリアとフィーが、相次いで報告する。
「ティニーは、どうかしら?」
アルテナが促すようにティニーを見ると、セミスイートのハート形チョコ1個を前にしてティニーは俯いて震えていた。
「もしかして、1個しか残ってなかったの?」
フィーが確認するように聞くと、ティニーはそっと両手で顔を覆って静かに泣き出した。

皆でティニーを慰めていると、厨房へリーフがやって来た。
「ねぇ、朝御飯まだなのかなぁ?」
配給場所で待っていても一向に運ばれてくる様子のない朝御飯に、リーフは厨房まで催促に来たのだ。
「あれれ、どうしたの?」
ナンナに睨み付けられて驚いたリーフに、アルテナはとある可能性を危惧しながら問うた。
「ねぇ、リーフ。もしかして、あなた、昨夜ここへ忍び込んで何か食べたのかしら?」
「ええ、食べましたけど…。」
平然と答えるリーフに、フィーは走り寄ると腕を振り上げた。反射的に、フィンがその腕を掴む。
「痛っ。」
「ああ、失礼。しかし、いきなりリーフ様に手をあげるとは穏やかではありませんね。」
フィンはリーフを庇うように立つと、フィーの腕を放しながら女性陣全員に向って事情説明を求めるような視線を向けた。
「よりにもよって、バレンタインチョコを食い荒らすなんて…これが我が弟かと思うと、情けなくて涙が出そうだわ。」
「心を込めて作ったチョコを盗み食いするなんて、サイテー!!」
アルテナとフィーの言葉に、リーフは目を丸くした。
「待って下さい、姉上。」
「ちょっと待って、フィー。」
リーフと同時にナンナが声を上げた。皆は、驚いてナンナの方を見遣る。
「あの…、リーフ様はお菓子の盗み食いはなさいません。」
一斉に視線を向けられて少々腰が引け気味になりながら、ナンナは言葉を続けた。
「あら、でもさっき、昨夜ここで盗み食いしたって白状したじゃないの。」
ラクチェに反論されてナンナは自信が無くなりかけた。
「リーフ、何を食べたのか言ってごらんよ。」
「うわ〜、セリス様! いつからそこに…?」
いきなり背後に立たれて慌てふためくリーフに、セリスは食事の割り当て表を手にして微笑んだ。
「それで、君は何を食べたのかな?」
「えぇっと、向こうに置いてあるパンです。」
縮こまるようにして言うリーフに、セリスは割り当て表に"朝食時、リーフはパンなし"と書き込んだ。
「セリス様、パンのケースの中にこんなものが…。」
パンの数を確認しようとしたラナが、ケースの中から1枚の紙を取り上げてセリスに渡した。
「あ、それ…。」
「なになに…。「○月×日 パン1個いただきました。 〜リーフ」?」
「ですから、その、盗み食いと言うか前借りと言うか…。」
変なところで几帳面なリーフに、一同は呆然とした。

リーフのおかげで泣き止んだティニーも加えて急いで朝食の配給を済ませると、一同は再び犯人の割り出しにかかった。
「手当りしだいに、皆に聞いて回るべきかしら? でも、アレスにバレないようにする自信なんてないし…。」
何しろ、内緒で手作りしていたチョコなのである。そりゃ、渡しついでに訊いてみるのも手かも知れないが、それではまるで自分の恋人を疑っているかのようで嫌だ。
「リーフ以外に、夜中に盗み食いしそうな人って誰かしら?」
「…姉上。その仰りようは酷いです。」
「お黙りなさい! 実際に盗み食いしておきながら、文句を言うんじゃありません。」
ちゃんと借用書を書いたから盗み食いじゃないと思うんですけど…、とブツブツ言っているリーフの頭をセリスがポンポンと叩いて慰めた。
「それより、消去法でいったらどうかな? まずは、夕べ君たちがここを後にしてから…いや、チョコが食べられる固さになってから今朝までの間にここへ入れない人を除外してみよう。」
セリスに従って、皆は見回り当番表を調べ始めた。
しかし、必ずしも時間通りに出かけて帰ってくるとは限らない。決められた時間の頃にまだ前の当番の者が帰ってくる気配がなければ、建物の中へ戻って時間を潰すこともある。それに、当事者同士の合意の元に当番を交代することも黙認されている。そうなると、除外できる者はオイフェしか居なかった。彼は、今後のことについて夜半過ぎまでセリスと話し合っていて、その後セリスに見送られて見回りに出かけ、まだ帰っていないのだ。
簡単には減らない容疑者の数に、セリスはもう一度被害状況を整理してみることにし、女性陣は改めて自分達の被害状況を報告した。
「ふ〜ん、成る程ねぇ。と言うことは、シャナンとアレスは除外だね。」
セリスは容疑者リストの2人の名前に削除線を引いた。
「どうしてですか?」
「だって、セミブラックの被害が僅かでセミスイートの被害が甚大なんでしょ? だったら、あの2人じゃないよ。」
シャナンは甘いものが苦手だ。アレスの場合は苦手ではないが、どちらかと言うとセミブラックチョコの方が好みである。一通り食べたとしても、セミスイートの方が多く減っているのはおかしい。
「でもセミスイートが好みなら、ティニーの以外にも被害が出るんじゃ…。」
「リーフ…、あれを見てもそう言える?」
セリスの指差した先に置かれたセミスイートのチョコレート達。それは、ティニーの作ったもの以外、とっても歪だった。一口大のアルミカップに流し込んで固めるだけなのに、どうしてそこまで歪に出来たのか不思議なくらいに…。
「そうそう、もちろんフィンと私は最初から除外だよ♪」
フィンは他人に自分の食事を与えることはしても他人のものを盗み食いしたりはしない、という信頼の元に誰もがセリスの言葉に頷いた。そして、セリスが犯人ならもっとバレないように食べるだろうという信用の元に、セリスの除外もあっさり認めた。
「あと、レスターとスカサハとコープルも除外していいと思うよ。」
夕べ入れた時はきちんと整頓されていたチョコが今朝見たらバラバラに乱れていたと言う。あの3人なら、そんなことはしないだろう。はずみでバラバラに乱れたら、元通りでなくてもそれなりに整頓していくタイプだ。
しかし、それ以外の容疑者はなかなか容疑が晴れなかった。

遅々として進まない犯人探しにやはり残りの容疑者にそれぞれあたってみようかという空気が漂い始めた頃、ふとナンナが思い出したようにリーフに向き直った。
「リーフ様。パンを前借りしに来た時に、冷蔵庫開けましたか?」
「うん、開けたよ。」
「その時、チョコレートは?」
「きれいに並んでた。」
「時間は?」
「確か、起床時間の2時間くらい前だったと思う。」
「その時、近くで誰か見かけませんでしたか?」
「見たよ。アーサーとレヴィンとセティ殿。」
その証言に、一同はリーフに詰め寄った。
「何でそれを早く言わないの!?」
アルテナに怒られて、とっさにセリスにしがみついたリーフは「だって聞かなかったじゃないですか」と呟いてセリスにポクっと叩かれた。
「聞かれなくても、そう言うことは早く言わなきゃダメだよ。」
「…すいません。」
しかし、これで有力な容疑者が3人に絞られた。
「セティ様は、盗み食いなんてなさいません。」
「ん〜、信じたい気持ちは解らなくもないけど、ティニーの作ったチョコばかりが減っているとなると、かなり疑わしいよね。」
「でも…。」
セティの無実を訴えるティニーに対し、セリスは逆にセティへの容疑を濃厚にした。
「でも、これには名札が付いてませんから、誰が作ったかなんて判りませんよ。」
「あ、そうか。確かに、ナンナの言う通りだね。」
となると、3人のうちの誰が…?
「リーフ、あなたが3人を見た時の状況はどうだったのですか?」
「レヴィンとセティ殿は、厨房の外の…えぇっと、あの辺りです…あそこで何やら静かに話し込んでいました。」
リーフが指し示した場所を見て、近くではあってもあそこから周り込んで厨房まで盗み食いに来るとは、あまり考えられなかった。2時間ちょっとで朝食になるというのに、わざわざ自分の部屋を素通りして厨房までは来ないだろう。
「となると、最有力容疑者はアーサーか…。」
言われてみると、食い散らかしている様子が目に浮かんでしまう。
「リーフ様。アーサーの様子はどうだったんですか?」
フィーが乗り出すようにして問うた。
「えぇっと、見回りから帰って来たみたいで、向こうから曲がってくるところだった。」
裏から入って部屋へ戻るのには、厨房の前を通る。リーフがこそこそと厨房を後にして反対の角を曲がろうとする時、誰かが近付いてくるのを察して振り返るとアーサーが角を曲がってくるところだったのだ。
「犯人はアーサーで決まりかな? とりあえず、本人に聞いてみようか。」
セリスは早速アーサーを呼び出した。

「冷蔵庫のチョコですか? 確かに、つまみ食いしましたけど…。」
アーサーがそう言うなり、フィーの鉄拳がヒットした。
「落ち着いて、フィー。味方を殺しちゃいけないわ!」
慌ててナンナとリーンが押さえにかかったおかげでアーサーは難を逃れた。
「でも、苦かったんで1個で止めました。」
「本当に?」
「嘘つく気なら、食べてないって言いますよ。」
「でも、そう信じさせる為に敢えて「1個だけ食べた」って言うかも知れないじゃない?」
「そんなぁ〜。」
1個は食べたんだから叱られても仕方がないけど、他人が食べた分まで罪を被せられてたまるものかとアーサーは必死にセリスに訴えた。
「それじゃ、聞くけど…。君が食べたのは、どんなチョコレートだったの?」
「えぇっとぉ、ピンクのアルミに入ったハート形のやつです。」
「それ、わたしの…。」
ナンナの呟きを聞いて、アーサーの顔から血の気が引いた。
「どどど、どうしよう〜! アレスに殺される〜!!」
アーサーは慌てふためき、平身低頭してナンナに謝り続けた。
「すみません!ごめんなさい!何も知らなかったんです〜!お詫びに今度、街でケーキでも何でもおごりますから、アレスには黙ってて下さい〜!!」
「何もそこまで怯えなくても…。反省してるなら今回は許してあげるわ。被害は1個だし、失敗作だったと思えば済むもの。」
ナンナの優しさに、アーサーは「反省してます。もう二度とこんな真似はしません」と必死にすがりついた。
「だったら、私の質問に正直に答えてくれれば、バレた時には取りなしてあげるよ。」
アーサーの肩に手を置くセリスに、アーサーは首がおかしくなるんじゃないかと思われるくらい激しく頷いた。
「君が厨房を後にする時、近くで誰か見かけなかった?」
「そこで、レヴィンさんとセティが話し込んでたけど…。」
それは、リーフの証言と一致している。
「他には?」
「この近くでじゃないけど、俺が厩舎を出る時にデルムッドが帰ってくるのを見かけました。」
新たな有力容疑者の浮上である。
セリスは今度はデルムッドを呼び出した。

「冷蔵庫のチョコ? ええ、食べましたけど…。」
今度は、リーンのビンタが飛ぶ。
「それで、どのくらい食べたの?」
「えぇっと、あの、どれくらいって…?」
「解らないくらいたくさん食べたのね!? 酷いわ、デルムッド!」
リーンは怒りに震えながら泣き出した。
「酷いって…たかがチョコレートを2〜3粒つまみ食いしたくらいで…。」
デルムッドはオロオロした。
「たかが、ね。まぁ、今まで縁がなかったんだから仕方ないのかな。」
「君、今の発言で女性陣全員を敵に回したと思うよ。」
セリスとリーフが相次いで呆れたように言う中、女性陣の冷たい視線がデルムッドに集中した。
「あれ? でも、今、2〜3粒って言った?」
「はい。言いましたけど…。」
ふと思い返したセリスに、デルムッドは居心地悪そうに答えた。
「どんなのを食べたの?」
「どんなって…、緑のアルミに入った苦いやつと後はかなり甘いのを…ああ、全部で4粒です。」
セリスは再び被害状況と自白内容を照らし合わせた。
「ハート形の板チョコは?」
「食べてません。」
「本当に?」
「今更そこだけ嘘ついたりはしませんよ。」
さて、それが本当だとすると、ティニーのチョコを食べた犯人は更に別に居ることになる。複数の犯人が居る時点で、先に除外した者も容疑者として浮上してくるかと思われたが、既にセミブラックチョコ2個が消えている以上、やはりシャナンとアレスは除外したままで良いだろう。
「近くで誰か見かけなかった?」
「その辺りで、レヴィン様とセティ様が話し込んでました。」
それはもう聞いたってば、と思いながら、セリスは「他には?」と訊いた。
「ここを出てすぐにレスターとヨハルヴァにすれ違いましたよ。あいつら、この裏で朝練してるらしくて…。」
デルムッドが部屋へ戻っていく時、2人が厨房へ入っていかなかったとすると、朝練の後、そのまま見回りに行ったレスターは改めて除外出来る。
セリスはヨハルヴァを呼び出した。

「冷蔵庫のチョコ? んなもん、知らねぇぞ。」
あっさり答えられて、セリス達は行き詰まった。
さて、これで有力な容疑者の糸が切れてしまった。これからどうするかと皆でまた頭を寄せ合っているところに、セティがやって来た。
「少々伺いたいのですが…。」
そう言ってセティが差し出したのは、ティニーの作ったチョコだった。
「あ、それは…。」
「信じらんな〜い。見損なったわ、お兄ちゃん!」
ティニーは涙目になり、フィーは怒りに震えた。
「まさか、セティがリーフみたいなことするなんて…。」
「…ですから、姉上、その言い方やめていただけませんか?」
目の前で勝手に展開されていく事態に、セティは目が点になった。
「あの…、これってやはり、セリス様から支給されたおやつではないと言うことでしょうか?」
「えっ、私が何だって?」
「父上が、「いいもの貰って来た」って言って…。」
でも、支給品にしては体裁がおかしかったから確認する為にセティはセリスを探し回っていたのだ。探し回っているうちに少々溶けてきていた。
「4枚ともレヴィンが持ってた?」
「私が差し出されたのはこれ1枚です。」
となると、残りは3枚。1枚はレヴィンの口に入ったとして、他に彼が配りそうな先は…。
「大至急、オイフェとフィンを探して!」
セリスの号令の元、全員が一斉に城中へ散ろうとした。
「ちょっと、待って下さい。そんなことしなくても私達が呼べば簡単に来てくれますよ。」
リーフの言葉に、2人を探しに行こうとした者は急制動をかけた。

セリスとリーフは、大きく息を吸い込むと声を限りに叫んだ。
「オイフェ〜!!」
「フィ〜ン!!」
間もなく、オイフェとフィンが血相を変えて駆け付けた。何と、フィンはレヴィンを伴っている。
「ああ、ちょうど良かった。セリス様のところへお伺いしようとしていたところだったんです。」
フィンは、レヴィンからチョコをお裾分けされようとしてそれが手作りであることに気付いたのだ。手には、レヴィンから貰ったティニーのチョコがあった。
「これはお返しします。」
「ありがとうございます。」
ティニーは大切そうにフィンからチョコレートを受け取った。しかし、既に割れてしまっている。
「ええっ、先程のチョコはティニー殿のものだったのですか!?」
見回りから戻ったところでレヴィンに差し出されるままにチョコを食べてしまったオイフェは、己の注意力不足を呪った。
「そんなに落ち込まないでよ、オイフェさん。悪いのは全部、お父様なんだから。」
フィーに慰められて、オイフェは余計に申し訳なさで胸がいっぱいになった。その横で、セティが静かに怒りを募らせていた。
「そうですか、ティニーのチョコを…。」
セティはフィンからレヴィンを引き取った。
「おい、セティ?」
「表へ出ていただきましょう。」
凄まじい迫力でレヴィンを表へ連れ出したセティは、開けたところまで行くとさっと手を離した。そして…。
「ティニーのチョコの恨み、思い知れ!」
すかさず、懐から魔道書を取り出して『フォルセティ』を放った。
「こらっ、莫迦っ、俺を殺す気か!?」
「あ〜ら、お父様は煮ても焼いても切っても突いても射っても感電しても死なないんじゃないの?」
その言葉と同時に、フィーの『ほそみのやり』がレヴィンを襲った。
「だからって、当たったら痛いだろうがっ!!」
「痛くなきゃ、制裁にならねぇだろ!」
続いて、どこからか事情を聞き出して来たアーサーの『ウインド』が飛ぶ。
「たかがチョコのつまみ食いくらいで、何でこんな目に…。」
レヴィンは次々と繰り出される攻撃を器用に避けていった。
「ティニーが私の為に作ってくれたチョコを台無しにしておいて、よくもそんなことが言えますね。」
「お母様が草葉の陰で泣いてるわよ!」
「俺の分もあったかも知れないのに…。」
じりじりと押し迫る3人に少しずつ追い詰められたレヴィンの背後から、凄まじい魔力がもう一つ感じられた。
「セティ様の為に一生懸命作ったのに…。たかがチョコだなんて…。許せません!!」
追い詰められ逃げ場をなくしたレヴィンに、ティニーの放った怒りの『トロン』が炸裂した。

こうして解放軍では、借用書を残していくリーフ以外に、盗み食いをする人口はめっきり減ったと言われる。

-End-

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