Wedding Capriccio

聖戦後のレンスターを改めて平定したリーフは、慌ただしく略式の戴冠式を行うと、レンスター王国の国王ならびに新トラキア連合の長となった。
そして、平和そうな城下町を遠くに眺めながら、ナンナは今日も溜息を吐いていた。
「ナンナ、入るわよ。」
ノックに続いて声がしたかと思うと、アルテナが静かに部屋へと入ってくる。
「どうしたの、溜息ばかり吐いて?」
「えっ?」
「今日はまた、一段と憂いの表情が濃くなってたわよ。」
アルテナを迎え入れながら表情を明るく作り直したナンナに、アルテナはちょっとからかうように、しかし心配そうに問い掛けた。
「誤魔化してもダメよ。ちゃんと、外から見てたんだから。」
ここは、城の3階である。しかし、そんなことは竜騎士であるアルテナにとっては関係なかった。むしろ、こういう位置の方が目に付きやすいくらいだ。
「あの子が何かしたなら、私が叱り付けてあげるから隠さずに仰しゃいね。」
「いいえ、何かされるどころか…。」
そこまで言って、ナンナは押し黙った。ナンナのそんな様子に、アルテナは事態を悟った。
「もしかして、最近顔を合わせてないの?」
ナンナは黙って頷く。
「何てこと!? リーフったら、ただじゃおかないわよっ!!」
憤慨しながら出て行こうとするアルテナに、ナンナは慌てて追いすがった。
「あの、仕方ないんです。リーフ様は政務でお忙しいから…。」
連合が再成されて、リーフがやるべきことは一気に増加した。国を平定するために駆け回ってる間は軍師や周りの者達の意見を聞いて軍の指揮をとっていれば良かったが、今は政治の勉強やら書類決裁やら外交やらで大忙しだ。
ナンナも手伝えれば少しは楽になるのだろうが、未だ王妃として冊立されていない身では、政務に関わる訳にはいかない。現在のナンナの立場は、騎士の娘でリーフの婚約者にして、実質は国王の寵姫である。彼女が下手に口や手を出せば、たちまち父やリーフの立場が悪くなる。
フィンは、今まで妬みややっかみから数々の噂を立てられてきた。今でも、ナンナがリーフの婚約者であるのはフィンがリーフを育てるにあたってそうなるように画策してきたかのように言われている。特に妙齢の姫や令嬢の居る家などが中心となって、リーフがナンナ以外の女性をまるっきり相手にしないのは、フィンの教育によるものだと陰口を叩くものは後を絶たない。ナンナの些細な失敗も、すべて陰口のネタになってしまうのだ。
そして、リーフはまだ年若く、持たざる王だった。ゲイボルグを継いでいるのは、王姉のアルテナである。しかも、彼女は駆け落ち同然とは言えアリオーンと結婚してしまった。おかげで、いっそのこと彼女がレンスターを継いでグングニルの使い手とゲイボルグの使い手で共頭政治の形式をとった方が纏まるのではという意見も出て大騒ぎになった。まぁ、それもアルテナとアリオーンが揃って「リーフを全面的に支持する」と宣言したことで一応の収まりはついたが、おかげでリーフの態度如何によっては「姉夫婦の威光を嵩に着て」などと取られかねない。無論誰しも、リーフがキュアンの息子であり先の聖戦を戦い抜いた勇士であり、トラキア大陸の平定に多大な功績を上げた連合軍の指揮を立派に務め上げたことは認識している。だが、如何に彼がマスターナイトにまで上り詰めた者であっても、神器を持たずして俗な人々を纏め上げるには、その容姿は頼りなさ過ぎた。目に見える戦いが終わってしまった今、リーフの立場はかなり難しいのだ。
「会いたいなんて我が侭、言えません。」
ナンナはアルテナの袖をしっかりと握り締めて、俯いた。
「ナンナ…。」
アルテナはナンナの方へ向き直ると、自分の袖を掴んでいる手の上にそっと自分の手を重ねた。
「それは、我が侭とは言わないわ。リーフに会いたい、傍に居たい、って口にするのは、あなたに与えられた当然の権利よ。」
アルテナの言葉に、ナンナは不思議そうに顔を上げた。
「リーフは、何と言ってあなたをここへ連れて来たのかしら?」
あのバーハラでの別れの時、父と自分の故郷はひとまず解放したから今度は母の故郷を取り戻す手伝いを、と従兄や兄と共にアグストリアへ行くつもりでいたナンナに、リーフは言ったのだ。一緒にレンスターに来てずっと傍に居て欲しい、と。
「確か、君無しの人生は考えられない、とも言ってたわね。」
「どどど、どうしてご存知なのですか!?」
ナンナは真っ赤になって、手のひらで顔を覆った。
「あら、皆知ってるわよ。だって、近くに居たもの。」
それを見聞きした者達が「あれはシアルフィの血の発動か? それとも御両親からの遺伝か?」と陰で笑っていたことなど、当事者達は知る由も無かったが、知れ渡っていることだけでもかなり恥ずかしい。ナンナはその場でへなへなと座り込んでしまった。
「とにかく、その挙げ句がこの始末ですもの。甲斐性無しと言われても文句言えないでしょう。」
「うっ…。」
ナンナは何とかしてリーフを庇おうとしたが、もう言葉が出てこなかった。
言葉に詰まりながらも何か言いたげにして袖を掴んだままジッと上目遣いに手元を見上げるナンナに、アルテナは表情を一転させて楽しそうに微笑んだ。
「リーフが放っておくなら…。ナンナ、ちょっと私に付合って頂戴。」
「えっ?」
「一緒に城下町でウインドウショッピングしましょう。」
アルテナはテキパキと机の上のメモに何か書き付けると、戸惑うナンナを強引に引っ張ってレンスター城を後にした。

やっと時間の遣り繰りをつけてナンナの部屋へとやって来たリーフは、彼女の姿が無いのを見て慌てた。そして机の上のメモを見つけると、叫んだのだった。
「あああ、姉上〜〜〜!!」
その叫び声を聞いて、フィン達が走ってきた。
「リーフ様、一体何事ですか!?」
「ナンナが姉上に攫われた。」
答えながら、リーフはフィンにアルテナの置き手紙を差出した。
「何と書かれてる?」
「えぇっと…。」
グレイドの問いに、フィンはそれをハッキリと声に出して読み上げた。
「ナンナは預かるわ。返して欲しかったらリーフ一人で迎えにいらっしゃい。括弧、城下町で待ってるわ。っと、これはウインクかな?星、括弧閉じ。ふろむ、アルテナ。」
「何だ、そりゃ?」
『ナンナは預かるわ。返して欲しかったらリーフ一人で迎えにいらっしゃい。(城下町で待ってるわ (^_-)☆) from アルテナ』
「えぇっ? どこに、城下町なんて…?」
リーフはフィンの手元の手紙を奪い返した。すると、フィンが紙面を指差す。
「ここに、小さく書かれております。」
リーフが改めて見直すと、本文や署名とは比べ物にならないくらい小さな文字で確かにそう書かれていた。
「…悪徳業者のパンフレットみたいね。」
セラフィナが率直な感想を呟き、他の者は揃ってそれに頷いた。
「まぁ、城下町でしたらそう危険も有りませんし、騒ぐことはないのではありませんか?」
「そうね。ナンナ様にも、良い気晴らしになっているでしょうし…。」
ホッと息をついて肩の力を抜くグレイド達に、フィンは困ったような顔を向けた。
「どうした、フィン?」
「どうやら、今日のスケジュールは大幅変更になりそうだ。」
フィンがそう答えるのと重なるようにして、リーフはアルテナの置き手紙を持って駆け出して行った。
後に残された3人は、今までリーフ様が我慢できた方が不思議なくらいだったな、と困ったような安心したような様子で顔を見合わせたのだった。

「遅い。遅すぎるわ! リーフったら何やってるのよ!!」
レンスターの城下町の某オープンテラスで、アルテナはイライラしながらリーフの登場を待っていた。
ナンナと一緒にあちこちの店を冷やかした後、町の真ん中の人目につきやすい店のしかも人目につきやすい席に陣取っているのに、誰も彼女達を迎えには来ない。
「あの、そろそろ帰りませんか?」
ナンナが控えめに、何度目かの声を掛けた。
「そうね。仕方ないわ、帰りましょう。」
いい加減に辺りは暗くなり始めているし、そうそういつまでも席を陣取りつづけるのもお店に悪いし…。
そんなことを考えながらアルテナが渋々と席を立ち、仕方なさそうに2人で大通りを歩いていると、前方から猛スピードで駆け寄ってくる小柄な影が目に入った。それは瞬く間に2人の前までやってくると、そのままナンナに抱きつく。
「きゃっ!! って、リーフ様?」
ナンナが避けることも、アルテナが割って入ることも出来ない程の素早さでナンナに抱き着いたそれは、リーフだった。
「良かった、無事みたいだね。」
「えっ、無事って…?」
リーフは困惑するナンナから少しだけ身を離すと、手は彼女の肩に置いたままで顔をアルテナの方へと向けた。
「困りますね、姉上。いくら揃いも揃って見た目と違って腕が立つとは言え、こんな時間まで供も連れずに…。」
「そうよ、こんな時間まで何してたの!! 待ちくたびれてしまったわ。」
アルテナはリーフに皆まで言わせずに言い返した。
「何って、執務とかその他いろいろですよ。」
でも手紙見てからはそんなに時間経ってません、と堂々と答えるリーフに、アルテナはこの弟のナンナ発見能力に舌を巻いた。ある程度近づけば、姿は見えなくてもナンナの居場所が判るらしい。
「姉上達こそ、そんなに長時間何やってたんですか?」
まさかどこかの店でポット1杯のお茶だけでずっとねばり続けていた訳ではないですよね? と聞き返されて、ナンナはおずおずと手にしていた小箱をリーフに差出した。
「私に…?」
ナンナはコクンと小さく頷いた。
その場でリーフが包装を解いてみると、中からは懐中時計が出て来た。
「ナンナがどうしてもと言って財布を開いた逸品よ。大切になさい。」
「ええ、それは勿論。ああ、蓋のところに絵が入れられるようになってるんだぁ。」
リーフは感心したように、懐中時計を見つめた。
「それで、その…。もし宜しければ、そこに私の絵姿を入れていただけないでしょうか。」
そうしてもらえれば時計の中で常にリーフの懐に居られるし、忙しいリーフがふと時間を確認しようとする度に微笑みかけることが出来る。
「そうだなぁ。それもいいけど…。うん、やっぱり父上と母上の絵姿を入れよう。」
その瞬間、アルテナが目を吊り上げナンナが傷ついたような顔をしたが、リーフは構わず続けた。
「ナンナには絵じゃなくて本人に腕の中に居て微笑んで欲しいからね。」
途端に2人揃ってキョトンとした顔をする。
「とにかく、急いで帰らないと…。皆、待ってるよ。」
「皆って、どういうことですか?」
腕を掴んで城へと歩き出すリーフに、ナンナは急ぎ足で付いていきながら問い掛けた。
しかし、リーフはちょっと悪戯っ子のような微笑みを浮かべて、ちゃんとした答えは返してくれなかった。
「それは帰ってからのお楽しみ♪」

レンスター城に戻ったナンナを待っていたのは、フィン達だけではなかった。
「あの、これってどういうことでしょうか?」
小部屋へと案内されるなり大勢の人たちに囲まれて、髪を触られたり、いろんな布を被せられたり、紐のようなものを巻き付けられたりしたナンナは半ばパニック状態になって心の中で悲鳴を上げた。
嵐に翻弄されるような時間が過ぎて呆然と立ち尽くしているナンナに、リーフはそっと1通の親書を差出した。
それは、リーフとナンナの結婚式に喜んで出席することを告げるセリスからの親書だった。
「リーフ様…。」
「長いこと待たせてごめん。やっと、日程の調整がついたんだ。」
国内の事情とセリスを始めとする各国の指導者達の都合の合う日を調整した結果、3週間後に国をあげてリーフとナンナの結婚式が行われることとなった。アルテナに言わせれば「まだ待たせるつもり?」となるのだが、準備をする方にしてみればかなり慌ただしい日程ということになる。
国に戻って来てすぐに式をと思っていたのを挫かれたリーフ達は、その後は戦闘と政務に明け暮れて、式自体の準備は疎かになっていた。隙を作らないために自室で大人しく、半ば無為な日々を過ごしていたナンナにはウエディングドレスがなかったのだ。本来なら、エスリンのように代々伝わっているドレスを手直しするのだが、残念ながらそれらは全て落城の折に失われてしまっている。
「大丈夫。絶対に期日までに仕立ててみせる、って言ってくれたから。」
「…はい。」
リーフとの結婚を夢見ながらもドレスのことをすっかり忘れていたナンナは、皆の負担に胸を痛めながらもその気持ちが嬉しくて涙ぐんだ。それを、リーフが指先で軽く拭う。
「それから、これ…。」
リーフが差出したのは、エスリンの形見のパールのティアラだった。
「婚礼の折に何か古いものを身につけると良いらしいよ。」
新しいものと古いものと青いものと借りたもの。この4つを身につけると幸せになれるという言い伝えがある。
「そう言えば、そんな話があったわね。」
「ええ。…って、姉上!?」
ずっと2人の世界に入っていたリーフとナンナは、周りにアルテナやフィン達も居たことを思い出してパッと離れた。
「やっぱり私達のこと忘れてたのね。」
そういうところは、話に聞いた父上や母上にそっくりだわ。そんな風に呆れ顔を見せるアルテナの背後で、フィンやグレイドも苦笑していた。リーフもそうだが、周りが見えなくなることについてはナンナもラケシスにそっくりである。
「まぁ、いいわ。でも、残りの2つはどうするつもり?」
「姉上、何か良いものお持ちではありませんか?」
はたと気付いて、リーフはアルテナの方を向き直った。
「そうねぇ。それじゃ、アリオーンに貰ったパールのネックレスを貸してあげるわ。」
それはアリオーンと2人だけで教会で結婚式を挙げた時に身につけていた代物だ。宝物だけどナンナにだったら特別よ、とアルテナはナンナにウインクしてみせた。
「えぇっと、後は青いものだよね。」
「それでしたら、リーフ様にいただいたこのイヤリングがあります。」
ナンナは髪を少し上げて、耳元のラピスラズリのイヤリングを示した。ミレトスでパールのティアラの代わりにリーフが買ってくれたものだ。
「これで、4つとも揃いましたね。」
セラフィナが半歩進み出てナンナに微笑みかけた。
「ナンナ様、幸せになって下さい。」
「大丈夫だよ、セラフィナ。私はナンナを絶対に幸せにしてみせる!!」
嬉しそうに頷くナンナの横で、リーフがハッキリと宣言した。
そうしてナンナを正式に王妃として迎えたリーフは、宣言通りナンナを幸せにし、国を豊かにし、自分自身も幸せになったのだった。

-End-

《あとがき》

アレス×ナンナ派のLUNAですが、とうとうリーフ×ナンナ創作を書いてしまいました。
まぁ、比較するとアレス×ナンナの方が好きと言うだけで、リーフ×ナンナもそこそこ好きなんです。リーフ様大好きなので幸せになって欲しいし、お相手にはナンナ以外考えられないし…。

でも、繰り返しリーフ×ナンナのリクエストを受け、過去に何度も書きかけては意欲を挫かれて来ました。理由は、リクエストする人の態度が悪かったからです。テーマ指定無しは受けられないってちゃんと書いてあるのに「何でもいい」とか「らぶらぶ」とか「とにかくこのカップル好きだから読みたい」って書いて来るし、名無しではリクエスト出来ないから誤魔化しに入力したとしか思えないHN(aとか)だったり…。

そんなこんなで今まで書けなかったリーフ×ナンナですが、やっと書き上げることが出来ました。書く気になったのは、ポスペのリーフくんからお手紙を貰ったからです。「リーフのこと好きなの?」って(笑)
ポスペのリーフくんへの愛を示すために、LUNAはリーフ×ナンナに何度目かの挑戦をし、ついに書き上げました。
こちらのナンナは、普段書いてるアレス×ナンナバージョンのナンナと違って控えめな性格です。常に周りの人のことを優先して、自分の感情についてはそれが正当な主張であっても我が侭と思って飲み込んでしまうタイプです。その分、アルテナ様がエスリン様のような世話焼き振りを発揮しています。
ちなみに、ナンナがミレトスで『パールのティアラ』の代わりに買ってもらったのがラピスラズリなのは、青いものを何にしようか考えてた時にふっと浮かんで来た某ゲームの台詞の所為です。「ラピスラズリの石言葉は……高貴。…な? ピッタリだろ。」って♪

尚、グレイドやセラフィナも出てますが、トラ7ベースという訳ではありません。

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