After War(ドズル編)-もう一つの物語

聖戦が終わって、ヨハルヴァはドズル公国を継いだ。
その時から、彼の新しい戦いが始まった。時代の流れの変化に付いて行きそびれそうな者達や城攻めの折に散っていった兵士の遺族への対処など、問題は山積みだった。その中には、前公爵夫人つまり、兄ブリアンの妻だった女性も含まれていた。


城が落ちた時、彼の女性は侍女に連れられて脱出を計っていた。しかし、少々遅すぎた。いや、解放軍が早すぎたと言うべきであろう。脱出に足る時間を稼ぐことも出来ずあっさり城が陥落し、脱出を計った者達は即座に発見されてしまった。
その時、高貴な女性としては当然の行動かもしれないが、彼女は敵の手に落ちるくらいならと懐剣で自らの咽を突こうとした。生まれた時から決められていた政略結婚で、公爵夫人としてお飾り兼次期公爵を産み落とす道具のように扱われていた彼女は、それ以外の行動を教えられていなかったのである。
寸前で取り押さえられた彼女は、確認のためにヨハルヴァの前に連れて来られた。
「間違いないか?」
「ああ、兄貴の嫁さんだ。」
確認を取るシャナンにヨハルヴァは自信を持って答えた。実際に会うのは初めてだったが、絵姿くらいは見たことがある。
「自害しかけたんだって?」
ヨハルヴァは発見者であるリーフに聞いた。
「ええ。それで気の毒だけど縛り上げて猿ぐつわを…。」
「ま、仕方ねえな。お前は間違ったことしてねぇよ。」
ヨハルヴァは済まなそうに言うリーフの肩をポンと叩くと、義姉に向かって言った。
「莫迦な真似はしないこった。さもないと、あんたの人生は本当に何の意味もなくなっちまう。他の生き方を考えられないなら、せめて今まで信じてた生き方を全うするんだな。」
「どう言う意味ですか?」
近くで聞いていたセリスにはヨハルヴァの言葉の意味がよく解らなかった。同様にリーフも首を捻っている。
「スワンチカの継承者を産むことが使命だと思っているなら、せめてその腹の子を産み落とすまでは死ぬなって意味だよ。兄貴との子供ならそいつは聖痕を持って生まれてくるかも知れないだろ?」
元々その確率を高めるための政略結婚である。親戚筋の中から一番血の近い家系の女性を生まれながらの婚約者に立てたのだ。
ヨハルヴァの言葉に女はハッとなった。
「でも、よく解りますね。この人が身ごもってるって。」
「伊達に親父の性癖に泣かされた女は見て来てねえよ。」
セリス達は、いい加減で脳天気に見える彼の今まで知り得なかった裏の顔を見たような気がした。


結局、ヨハルヴァは義姉がこれまでに使っていた部屋をそのまま彼女に与え、常に監視を怠らないように城の者に厳命を下した。それは決して、ヨハルヴァに危害を加えるとか悪事を企てるということへの警戒ではなく、彼女の身を守るためにである。一応あの時納得したようではあったけれど、何時また命を絶とうとするか知れないので良く見張っているように、但しあまりストレスを掛けても良くないから気をつけるようにという難しい注文に、以前から城に勤めて彼女の傍に仕えていた者達が交代で監視にあたることになった。
その一方で、彼女と親しい者達を通じて何とか別の生き方を考えてくれるよう説得工作を続けた。自らの意思で悪事に手を染めていたヒルダなどと違って彼女には憎しみを感じていなかったし、道具のように生きて夫が死んだら当然のように後を追って死ぬだけなんてことはして欲しくなかったのだ。
そして何事もなく月日が流れていったある日、見張りの一人がヨハルヴァの元へ走って来た。
「何かあったのか?」
「奥方様が…。」
「義姉貴がどうしたんだ!?」
どうせ自分は独身だから紛らわしくもないしそのままでいいや、と訂正を求めなかったために未だに城の者は彼女の事を奥方様と呼んでいた。
「大層お苦しみになられて…。」
「だったら、さっさと医師を呼べ! 俺に知らせるよりそっちが先だろっ!!」
そんな簡単なことさえ出来ない程、兄貴は絶対服従の方針を強いていたのか?と改めてヨハルヴァは亡き兄や父に対する不満を覚えた。
確かそろそろ臨月のはずだ。大層苦しんでいると言うのは陣痛なのだろうか。果たして現在の義姉の身体には出産に耐えられるだけの体力が備わっているのだろうか。なまじ滅多に顔をあわせないようにしていただけに、状況がつかめずヨハルヴァは不安になった。
急ぎ呼ばれた医師が義姉の部屋に入ってから、もう何時間が経過したのだろうか。突如大きな泣き声が聞こえたかと思うと、侍女がヨハルヴァの元へ走って来た。
「お生まれになりました。聖痕を持つ男のお子さまです。」
「そうか。」
「それで、奥方様がヨハルヴァ様をお呼びして欲しいと…。」
ヨハルヴァはすぐに義姉の部屋へ向かった。
「お疲れさん。これでちょっとは生き直す気になったかい?」
「これで、思い残すことはありませんわ。私の役目は終わりました。」
「おい…。子供はどうするんだよ?」
「私の役目は聖痕を持つ子供を産むこと。育てるのは私の仕事ではありません。」
「それでいいのかよ、あんた!?」
とうとう最期まで他の生き方を考えられないままで、子供の顔だってまともに見ないままで、それで本当に満足なのだろうか。
「私はもういいんです。でも、その子には私達のような生き方はさせないで…。」
自分の生き方がどこか歪んでいることは自覚出来るけど、でも今さらそれを変えることなど考え付けない。子供を無事に産むことだけを支えに今まで生き続けていたけれど、それを果たして気力が尽きたことと出産による衰弱で死への進行を阻むものはない。
ヨハルヴァも今度は義姉に死を思いとどまらせるだけの言葉は出なかった。
「俺なんかに子供を託したりして、後で悔やんで化けて出るのは無しにしてくれよ。」
ヨハルヴァは、こうなったらせめて義姉が最期に告げた言葉をしっかり認めて見送ってやろうと思った。多分、あれだけは道具としての人生の教科書になかったはずだ。
ヨハルヴァが掛けた言葉に満足そうな微笑みを浮かべ、彼女は静かに息を引き取った。


兄夫婦の忘れ形見はルネと名付けられ、専属の乳母や侍女をつけて城内で世話をすることになった。聖痕が無いなら、出生を隠して養子に出して普通の生活をさせてやることも考えられたが、くっきりと浮かんだネールの印は彼が聖戦士の末裔として担うべき責任から逃れることを許さなかった。
しかし赤子の時分にはそんな責任など関係なく、元気すぎる程元気な彼は毎晩のように城中に響き渡る泣き声をあげ、ヨハルヴァを始め城に住むもの全員を寝不足にさせた。なかなか泣き止まないルネの前で乳母や侍女が途方に暮れる日々が続いた。そして、ある晩あまりにも泣き続けるので心配になってルネの部屋を覗きに来たヨハルヴァが興味本意で抱えてみるとピタリと泣き止んだため、以来ルネが泣くとヨハルヴァが呼ばれる羽目になり彼の負担は増加した。下手に引き離すとすぐに泣くので、ある程度成長するまでルネは侍女に抱かれて常にヨハルヴァの行く先々に身を置くようになったのである。
そして7年の歳月が流れた。
生まれながらに聖痕を持っている影響か他の子供に比べ成長が早く、歩けるようになるとすぐに斧に手を伸ばして振り回し始めたからヨハルヴァや周りの者達は気が気ではなかったが、最近は多少分別が付いて来て、ちょっと目を話した隙にグラオリッターの訓練所に入り込んで暴れ回るようなことはなくなった。
また、言葉の成長も早かったためか周りの話を思いの他よく耳にしていろいろなことに興味を覚え、ふいに周りの大人達が返答に窮するような質問をぶつけることもあった。そんな中で、ヨハルヴァは先の事を考え始めた。
「そろそろ、将来に備えた勉強をさせるべきなんじゃないのかなぁ?」
「しかし、自由に育てるのでしょう?」
ヨハルヴァの漏らした言葉に、すかさず侍従が反論した。
「自由と自分勝手を同列視するなよ。」
ヨハルヴァはルネを決められたレールの上しか歩けないような人間にするつもりはない。しかし、聖痕を持って生まれて来た者に課せられる義務から逃げ出すようなこともさせない。
「あいつは神器を扱う資格を持って生まれて来たんだ。その力を正しく使うためにはどうすれば良いのか。それを決めるのはあいつだろ?その選択の自由は与えるけど、同時にそれを判断出来るようにいろいろ学ばなきゃいけない。」
ブリアンは父の敷いたレールの上でしか物事を判断できなかった。そしてスワンチカの使い方を誤った。道具のようになっていたのはルネの母だけではなかった。だからせめて子供だけは、とあの人は言い残したのだ。
そんなことを考えながら窓から遠くを眺めていると、下からヨハルヴァを呼ぶ声がした。
「稽古付けてくれよ〜!」
窓の下を見ると、ルネが訓練所の方を指差しながらヨハルヴァに向かって叫んでいた。ヨハルヴァは軽く手を振って答えると、急いで下へ降りて行った。
「遅いよ。じじいじゃあるまいし、もっとさっさと降りてこいよな。」
「うるせぇな。ったく、口悪すぎるぞ。誰に似たんだか…。」
「そんなの、あんたに決まってんだろ。皆言ってるぜ、そっくりだって。」
ヨハルヴァの幼い頃はあんなだったんだろうとか、まるで本当の親子のようだとか。
懐きまくって一緒にいる時間が長かった所為か、ルネはヨハルヴァの縮小版みたいな感じに育ってしまったから無理も無いことだ。ルネが生まれながらに聖痕を持っていたことが幸いしてか悪質な噂が立たなかっただけでもかなり有り難いのだが、それでも妙な噂を立てられるのはあまり心地よいものではなかった。
「親子だぁ? やめてくれよ、俺はまだ独身なんだぜ。子持ちに見られたら、女が寄り付かなくなるじゃねぇか。」
「それじゃまるで、子持ちじゃ無きゃもてるみたいに聞こえるよな。」
ルネは、ヨハルヴァが解放軍にいた頃熱烈にアタックしていた女性にあっさり振られ、その後どの女性からも見向きもされなかったという事実を知っていた。彼の成長を甘く見た侍女達がうかつな噂話をしているのを聞いてちゃんと理解してしまっていたのだ。
「でも、心配すんなよ。俺はあんたのこと兄貴みたいなもんだと思ってるから。」
自分の両親が誰でどういう立場の人間だったのか、何が起こって今の自分の置かれた状況が成立したのか、幼いながらもいろいろ知って自分なりに整理をつけた上でルネはヨハルヴァを兄のように慕っていた。
「ちぇっ、生意気な奴。そんじゃ、兄ちゃんがこてんぱんにしてやるから、どっからでも掛かって来いっ!」
いくらスワンチカの継承者でもまだまだ幼いルネはヨハルヴァにいいようにあしらわれた。しかし、こんな一時が2人にとって一番楽しい時なのかも知れない。ルネは真正面から全身でヨハルヴァに構ってもらえる。そしてヨハルヴァは雑務から解放されるし、何よりもこの時だけはルネに対して自分が主導権を握れるのだから。この先、いったいどれだけこいつに振り回されることになるのだろう、と思いながらヨハルヴァはルネを振り回してやった。

-End-

あとがき(という名の言い訳)

相生藍さま、1122カウントゲットおめでとうございます!!

という訳で、リクエスト作品です。課題は「聖戦後、ブリアンの息子(聖痕所持)の子育てに四苦八苦するヨハンorヨハルヴァ(独身)」だったのですが、あまり四苦八苦はしてくれませんでしたね。苦労はしてるみたいだけど…まぁそれなりに振りまわされてます、ヨハルヴァ(^^;)
ただ、LUNAは独り身だしそもそも子供が大っ嫌いなので子供の行動なんていつも目を背けてるからわからなくて…中学の家庭科授業の記憶や大学の教育心理学の記憶を揺り起こしてルネくんの行動を描きました。成長早いから、平均的な10歳児くらいの7歳児のつもりです。
ちなみに「ルネ」って「ネール」を逆から読んだだけ(^^;)q

しかし、またしてもヨハルヴァちょっと格好良すぎかも。
脇にいる時はアクセント的に便利なキャラなんだけど、中心に据えると随分いい奴になってしまいます。
今回も、義姉や侍従との会話でかなりマトモなこと言ってくれてます。リーフ様に対する気配りも忘れないとは、大した奴だ。
このヨハルヴァは生涯独身なので、ルネくんが次代のドズル公になります。だから、ヨハルヴァは彼にいろんなことを学んで欲しがってるんです。もちろん、兄夫婦の悲劇(?)が繰り返されないようにっていうのもありますが、やっぱりせっかく時代がかわったのにまた昔みたいに抑圧的な国に戻って欲しくはないんですね。
それに、神器なんて必要無いに越したことはないけど、いつか何かあって必要になった時それが悪い方向へ使われないようにって願いは、代々伝えておくものです。そのためには、ちゃんとルネくんにその辺りを教えておくことが必要です。
などと思いながらも、やっぱりヨハルヴァだってデスクワークは好きじゃないので、斧を振り回してる時が一番生き生きしてます。それに、普段はルネに相手をさせられる状態(稽古のタイミングだってルネが言い出す)なんだけど、稽古中は当然のことながらヨハルヴァのペースですから、「稽古つけてくれ」の言葉だけは喜んでます。半ば、普段ペースを乱されている意趣返し?

それでは、ここまでお付き合い下さって本当にありがとうございました。

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