After War(ドズル編)

聖戦が終わってドズル公国を継いだヨハルヴァは、周りの予想に反してなかなか優れた国家運営手腕を発揮した。妾腹の、しかもこの本領のことなんて何も知らない若造がいきなり公爵などに封じられて、と思っていた本城の者達は、己の評価が間違っていたことを認識せずにはいられなかった。
ヨハルヴァはブリアンのように正規の指導者教育を受けたわけではなかったが、それでもイザークではソファラを預かっていたのだ。ダナンに逆らい切れずにいたため決して住み良い豊かな国だったわけではなかったものの、帝国の圧力を受けながらも子供狩りを断固拒否し、自分にできる範囲の中でそれなりにまともな政治を展開していた。その中で体得した判断力や指導力は決して侮れないものがあった。
新生ドズル公国は、弾圧的な雰囲気が一掃された。ヨハルヴァは領民と貴族の間にあった高い壁をガンガン壊し、新しい国づくりに領民の意見も取り入れていくようにした。そうして公爵様でさえ身近な存在といえる状況が確立された結果、気軽に町中を歩いているヨハルヴァに一般人が声をかけるなどという光景すら珍しいことではなくなってしまった。


いつものようにヨハルヴァが町を散策していると、見知った顔の女が歩いているのを見つけた。
「よおっ、ラドネイじゃねえか。」
「ヨハルヴァ…。あんた、こんなトコで何してるのよ?」
他人のそら似ではなく、その女は確かに解放軍で一緒に戦ったラドネイだった。ラクチェ程ではないが剣の腕はかなりのもので、確か戦後はイザークに帰ったはずだ。
「おいおい、そりゃこっちのセリフだぜ。俺がこの国にいるのは当然だが、何でお前がうろついてるんだよ?」
「あんたこそ、公爵様が伴も付けずにうろついてるのは異常だと思うけどね。」
「心配してくれるのか?」
「誰が、あんたの心配なんてするもんか!」
ラドネイはそのまま立ち去ろうとしたが、ヨハルヴァはそれを許さなかった。
「まだ、お前がこんなトコにいる理由を聞いてないぜ。」
「関係ないでしょ、そんなこと!」
ラドネイはヨハルヴァの手を振り解こうとしたが、がっちり掴まれた手は容易には解けなかった。これが指の跡も付こうというくらいに強く掴まれたのであれば即座に殴っていたのだろうが、絶妙の手加減が為されていたために振払うことに気が向いてしまったのだ。
「こっそり腕の立つ剣士を雇いたがってる奴が居るのだとしたら、知らんふりは出来ねえんだ。」
どこかで堂々と募集しているのなら問題はない。しかし、陰でこそこそと腕利きの人間を集めている者がいるのだとしたら、そんな動きを見過ごすわけにはいかない。
「そんなんじゃないよ。武者修行みたいなもの。イザークはシャナン様やラクチェ…様がいれば心配ないし、各地の様子を見ながら腕を磨いてるだけよ。」
「それじゃ、もうあちこち回ったのか?」
「まぁね。」
「だったら、話聞かせてくれよ。」
ヨハルヴァはラドネイの返事も聞かずに、さっさと城へ連れて行ってしまった。
強引に連れて来られたラドネイは最初こそ怒っていたものの、乱暴な素振りの割に結構気を使っているらしいヨハルヴァの様子に間もなく機嫌を直してこれまで見聞きして来た他国の様子を話して聞かせた。
共に戦った間柄であるために、他国の様子のみならずそこに関係する者達にまつわる想い出話までしてしまうため、話は尽きることがなかった。
ふと気が付くと、城の者が夕食の支度が出来たことを告げに来ていた。
「もうそんな時間か? 悪いな、遅くまで。メシ食ってってくれ。その後、宿まで送ってくよ。」
「宿なんて決まってないわよ。町に入るなりあんたに捕まったんだから。責任取って飛び込みで泊まれるとこ紹介して頂戴。」
言われてみれば、あの様子ではこれから宿を探すところだったとしても不思議はなかった。しかし、こんな時間にいきなり泊めてくれと言って受け入れてくれる宿なんて心当たりがなかった。ちゃんとした宿でなければあるにはあるのだが、そういうところは安全性が著しく低く、女一人でというのはあまりにも危険だった。
「わかった、責任取って紹介してやるよ。この城の客室でどうだ?」
「仕方ないわね。それでいいことにするわ。」
ヨハルヴァはすぐに客室の支度を手配し、ラドネイは城主の客としてそれなりの扱いを受けた。


翌日は話に花を咲かせるばかりではなく城の裏で手合わせなどもしてみた。
武者修行してたという言葉通り、ラドネイは以前より腕が上がっていた。斧と剣の相性を考慮した分だけでなく、かなり手強かった。戦時中、ラクチェにアタックをかけては叩きのめされていたヨハルヴァだからこそ辛うじて優位に立てたが、普通の斧使いだったらまず勝てなかっただろう。
「なかなかやるじゃねえか。」
「うるさいっ!斧相手に負けるなんて…。」
ラドネイはとっても悔しそうだった。斧を相手に1本とるどころか殆ど擦りもしないなんて、剣士の面目丸つぶれだ。
「仕方ないさ。俺はラクチェの流星剣を避けようと必死に修行したんだから。」
結局、避けることなど殆ど出来なくて何度も死にかけたけど、それでも確実に彼の身のこなしは俊敏になっていた。生半可な剣士では、武器の相性が良くてもそう簡単には打ち込めない。
「でも、お前だってかなり強いぜ。実戦だったら傷だらけだ。」
「えっ?」
「当たってないとでも思ってたのか?」
ラドネイは手合わせの中で確かに何度も手ごたえは感じていた。しかし、手ごたえはあってもヨハルヴァが平然としているのでてっきり斧でブロックされたと思っていたのだ。ところが実際はブロックしきれずに剣がヨハルヴァに届いているものがあった。実戦用の剣だったら、細かな切り傷をいくつも負わせているところだ。
「なあ、しばらくここにとどまらねぇか? うちの奴らを鍛えてくれよ。」
「指南役に雇いたいってこと?」
「まぁ、そんなところだ。嫌なら無理にとは言わないけど…。」
ラドネイはしばらく考え込んだ後、その話を承諾した。
「但し、わたしは高いよ。」
「昔のよしみで値引きしてくれよな。」


指南役として改めて城に部屋を与えられたラドネイは、ヨハルヴァが執務を行っている時間帯にグラオリッターの指導にあたった。最初はこんな小娘にとなめてかかった面々だったが、あっさり叩きのめされて以来おとなしく指導を受けるようになり、ただ力任せに斧を振りおろすばかりではなく相手の動きを読むということにも気を配るようになっていった。
「奴ら、随分腕を上げたようだな。」
「こっちも負けじと鍛練してるわ。そのうちまた、手合わせして頂戴。」
「いつでも相手になってやるぜ。」
「だったら、今から。」
そう言って、ラドネイはヨハルヴァを裏庭へ誘った。
一段と腕を上げたラドネイは、何度も挑戦した結果ついにヨハルヴァから1本とった。
「わたしの勝ちね。」
嬉しそうに言うラドネイに、ヨハルヴァは両手を上げて敗北の意を表明した。
「これで、わたしのことを見てくれるかしら?」
「何のことだ?」
「勝ったら言おうと思ってた。多分、わたしはあんたのことが好きなのよ。」
どうしてもラクチェと比べられると霞んでしまうから言えなかったけど。
「多分、か。それじゃ、もう一押しだな。「多分」が消えるまで、逃がさねえようにしないと…。」
「何よ、もう一押しって?」
「俺の方は「多分」なんて言葉は付いてないって事だよ!」

-End-

あとがき

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