After War(ヴェルトマー編)

聖戦が終わって、フィーと一緒にシレジアへ行くつもりだったアーサーだったが、薄くとは言えファラの血を引いていることから、ヴェルトマーを継ぐこととなった。
幸いフィーは付いてきてくれたし、結果としてティニーがフリージを継ぐことになり、当分嫁に出さずに済むとして、アーサーは小躍りして喜んでいた。
ヴェルトマー城に入ったアーサーは、公爵として丁重に迎えられ、公爵には絶対服従の姿勢を厳格に保っている遠戚や使用人達は、アーサーがどんな間抜けなことをしても黙って後始末をし、見事にフォローし切って国政を切り盛りした。
そもそも、そんなに国が荒れていた訳でもなく、公国内の復興は短期間で為され、アーサーの顔が効いてか対外的にも大した問題もなく友好関係が築かれていった。
おかげで、大変な覚悟を決めてヴェルトマーにやって来たはずのアーサーは、悠々自適、お気楽な毎日を送っていた。


シレジア城のバルコニーにファルコンが舞い降り、そこから小柄な人影が城内へ飛び込んだ。
「ちょっと聞いてよ、お兄ちゃん!」
叫び声が響いたとたん、近くにいた女官が叫び主にタックルをかけ、何処ともなく連れ去っていった。
「突風でも吹き込んだみたいですね。」
努めて平静を保って相手をごまかし、隣室で会議を続けたセティではあったが、内心は穏やかではなかった。
会議が終わるとすぐ、セティは自分の部屋へ急行した。
「どうしてお前がここにいるんだ!?」
部屋へ飛び込むなり問いかけたが、返事は帰って来なかった。よく見ると、相手は椅子に縛り付けられた挙げ句、猿ぐつわまで噛まされていた。
慌てて猿ぐつわだけ外すと、とたんに大声をあげられた。
「何なのよ、これって!? 一体、ここの人たちって何者!?」
その疑問は当然だろう。まだ少女の域を出切っていないとは言え、既に歴戦の勇者とも言える彼女を、あの女官は瞬時に拉致し、鮮やかな手並みで椅子に縛り付けたのである。
「この城の者達は、全員、人を取り押さえるのが異様にうまいんだ。」
セティは言い難そうに説明した。
この技は、レヴィンがこの城で暮らしていた頃に培われたものであった。ラ−ナ王妃から、怪しげなところでレヴィンを見かけたら有無を言わさず連れてくるように、という命令が出ていたのだ。その結果、シレジア城に勤める者たちは、城を脱走しようとする王子を擦り傷一つ付けることなく取り押さえる技術を会得してしまった。
シレジアが滅亡した後も城勤めしていた者たちは生きていた。再びこの城に上がった者、子を生み育てその子を城へ上げた者などがいたが、村の暮らしでもコソドロや悪戯ッ子を取り押さえるのに重宝していたこの技は、親から子へ師匠から弟子へ受け継がれたりもして、今なお健在だったのである。
「つまり、あたしがこんな目にあったのは、ぜ〜んぶお父様のせいってわけね。」
それはちょっと違うだろう、とセティは思ったが、口に出すのは止めておいた。
「それで、どうしてこの城へ殴り込みなんかかけたんだ?」
「誰が殴り込んだのよ!? ちょっと里帰りしただけじゃない。」
あれのどこが「ちょっと里帰り」なんだ? とセティは頭を抱えた。
「だって、ヴェルトマーの人たちったら酷いんだもん!!」
フィーは堰を切ったように、ヴェルトマーの人々への不満を並べ立てた。
ヴェルトマーの人々が絶対服従しているのは、公爵に対してだけであって、公爵夫人対する厳格さは違う方向に働いていたのだ。フィーがやること為すことすべてに文句を付けてくる。
アーサーがふいに遠乗りに出かけても何も言わないのに、フィーがペガサスで散歩すると口喧しい。ちょっと剣や槍の素振りをしただけでも飛んで来て、はしたないだの何だのと言い出すのだ。
「公爵夫人たるもの…」
と言うセリフで始まり、事あるごとに「しきたり」やら「お作法」やらを仕込もうとする。
自由奔放を絵に描いて256色ペイントを施したようなフィーには、息が詰まって仕方がなかったのだ。
「だったらアーサーに言って、あいつからみんなに注意してもらえばいいじゃないか。」
「言ったわよ! なのにあいつったら、「折角だから、それらしくふるまってみたらぁ」とか言って相手にしてくれなかったのよ!!」
あの莫迦、何てこと言うんだ!! と、心の中でアーサーをなじらずには居られないセティであった。
「それで、喧嘩して飛び出して、ここまで飛んで来たのか?」
「まぁね。何しろ、「実家に帰る」って言っちゃったから。」
いつからここは、お前の実家になったんだ? という言葉を飲み込んで、セティはフィーの縄を解き、別室に案内させると、アーサーに宛てて速達(ファルコン便)を送った。


 「さっさとフィーを引き取りにこい!!」と書かれた手紙を受け取ったアーサーは顔面蒼白となった。
セティはかなり不機嫌らしい。
私信とは言え、挨拶も何もなくたった一言用件のみ書かれたこの手紙の存在に、ヴェルトマーの人々も大騒ぎとなった。何しろ、シレジアとの友好関係にヒビが入っては、他国からもいい顔はされなくなってしまう。
更にアーサーは個人的に、様々な恐れを抱かずには居られなかった。セティを本気で怒らせると命がいくつあっても足りないし、フィーを蔑ろにした挙げ句にセティの機嫌を損ねたなんてことがティニーに知られたら…ティニーの憂いを帯びた目で責められるのだけは避けたかった。
アーサーは急いでシレジアまで馬を走らせ、平謝りしてフィーを連れ戻した挙げ句、ヴェルトマーの人々の意識大改革に乗り出した。

-End-

あとがき

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