pas a pas

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セリス達はミーズを制圧した。セリスは、アレスが本当に協力してくれるのか心配していたが、それは杞憂に終わった。相変わらず態度は冷たかったが、働きはこれまでとは全く違う。気落ちしているリーフの代わりにシューター部隊に突っ込んであっさりと道を切り開き、マイコフまで片付けてくれた。
「もしかして、今まで手を抜いてた?」
セリスはマイコフにトドメを差したアレスとすれ違う際に、問うでもなく半ば独り言のように呟いた。すると、アレスから返事があった。
「修理代がバカにならん。」
自分にとって邪魔なものを排除する以外では殆ど剣を振るおうとはしなかったアレスが積極的に攻撃を仕掛けただけでも、どれ程協力的になったかわかるというものだろう。セリスに協力すると決めた以上、自分の価値を出来るだけアピールしておいた方が得だ。やるからには、修理費の節約も兼ねて一気に殺る。
そんな心情をどこまで察したものか、セリスはアレスの背中を複雑な顔でしばらく見つめてから、ミーズ城に入って勝利宣言をしたのだった。

進軍するにあたってセリス達が作戦を吟味している間、アレス達はしばしの休息を得ていた。次第にアレスに対する恐怖や遠慮の感情が薄れて来たのか、城の中に居るとお節介な連中が近付いて来て何やかやと煩い。そこで、アレスは昼寝に良さそうな場所を探して辺りをうろつくことにした。
ちょうど良さそうな大きな木を見つけて、アレスはその下に腰を下ろした。幹に凭れて目を閉じるとなかなか心地よい。しかし、眠りかけたところで近くで何か声がしたような気がした。
立ち上がって反対に回ってみると、そこにナンナが膝を抱えて座って居た。
「いつの間に…?」
誰かが来た気配は感じなかった。となれば、アレスがここに来た時には既にナンナはここで今のように座り込んでいたのだろう。近付いたアレスに気付くこともなく、ナンナは溜め息をつく。
そのまま立ち去るか少し迷った後、アレスは努めて優しく静かに声を掛けた。
「何か悩みごとか?」
「ええ…。アルテナ様がいらしたらしいの。」
あなたなんかには関係ない、と怒鳴り返されるかと思っていたアレスは、意外な程簡単にそれでいて深刻そうに返って来た言葉に驚いた。そして、ナンナの口から出た名前に、記憶を手繰り寄せる。
「トラキアのアルテナ王女のことか?」
「ええ、そう。でも、本当はレンスターのアルテナ王女様…。幼い頃にイード砂漠で行方不明になられて…。」
そこまで話して、ナンナはやっと自分の傍に居るのが誰なのかを認識した。
慌てて立ち上がってナンナは駆け去ろうとしたが、アレスはそれを許さなかった。すばやく手首を掴んで逃亡を阻止する。
「どうせなら全部話して行け。」
「あなたなんかには関係ないわ!」
「途中まででも聞いた以上、関係ないなどとは言わせない。」
ナンナを取り押さえるのもさすがに3度目ともなると、アレスは手首を握る力加減も彼女のあしらい方も慣れたものだ。こう言われてしまっては、ナンナももう関係ないなどと突っぱねることは出来なかった。
「…わかったわ。」
ナンナは腹を括って再び木の根元に腰を下ろすと、ミーズ入りした後でリーフとフィンが話していたことを語った。
アレスは、ナンナが話すままにただジッとそれを聞いていた。あまりにも大人しく聞いているので、ナンナも横で木に凭れているのがアレスだったことを忘れて行く。
「…それで、お前は何を悩んでいる?」
話し終えてまた深く溜め息をついたナンナに、アレスは再び同じ問いを投げかけた。
「私達は……私はどうしたらいいのかしら?」
トラキアは敵である。しかし、アルテナはリーフの姉である。進軍して行けば、再び相見えることとなるだろう。その時、どうしたらいいのか。
「お前がどうするべきなのかは何とも言えんが……お前達がするべきことは決まってる。」
「…何? 何をすればいいのっ!?」
ナンナは勢い込んで顔を上げて、相手がアレスだったことを思い出して目を反らそうとした。しかし、一点の迷いもない表情で答えを紡ごうとするアレスの横顔に視線が釘付けになってしまう。
ナンナの動揺を感じたのか、アレスはちらりと視線を流すと不敵な笑みを浮かべて言い切った。
「取られたものは取り返す! それだけのことだ。」
アレスの言葉をナンナは頭の中で反すうする。
取り返す…? どうやって…?
相手はトラキアの誇る竜騎士で神器の使い手だ。どうやってその身柄を確保すればいいと言うのだろう。
そんなナンナの考えを読み取ったかのように、アレスは腰を屈めてナンナの額に軽く指先を付けて言った。
「お気楽魔道士に出来たことが、お前達が3人掛かりでも出来ないなどということはあるまい。」
ティニーと親しくなっていたが為に、ナンナは彼女が元はアルスターの魔道士として自分達と対峙したという事実を失念していた。アレスに言われて、アーサーが単身ティニーの元へ走り、見事に説得して連れ帰って来たことを思い出す。
どうやらアレスは、セリスの観察者を気取っていたにも関わらず、戦場で起きたことは細かく把握していたらしい。戦士達個人に興味はなくても、戦況の変化に関わることは別問題だったのだろうか。
ハッとしてから考え込むようにするナンナに、アレスは腕組みして彼女を見下ろすと、鼻で笑うようにして問いかけた。
「それともお前達は、奴1人にも劣るか?」
「バカにしないでっ!! アルテナ様は絶対に取り返して見せるわよ!」
思いっきり叫び返したナンナは、いいように乗せられたと気付いて悔しそうにアレスを睨み付けた。しかし、その宣言を撤回するつもりはなかった。
決意に満ちた目で睨み付けて掛け去ったナンナの背中に、アレスは楽しそうに呟いた。
「フッ…、それでいい。沈んだ顔より今の方が何倍もイイ女だ。」
これは見ものだと思いながら、アレスは彼女達がアルテナに近付くのを邪魔する輩をその手で排除することを、密かに自分自身に誓ったのだった。

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