pas a pas

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セティの持って来たバスケットの中からは、酒だけではなくアレスの夕飯にもなるようなツマミの数々も出て来た。どうやら、厳しい戦いの中にあってもここにはかなりの食糧があったらしい。贅沢は出来ないが、日々の食べ物にも困ると言う程に不足もしていなかったようだ。
「空腹にお酒ばかりでは身体に毒ですからね。」
セティは目の前で毒味をするようにあれこれ摘んで見せると、それらを次々とアレスの前に押しやる。
「それは嫌みか?」
「いいえ、そのようなつもりは…。ただ、夕食にいらっしゃらなかったことは事実でしょう?」
確かにそれは事実だったので、アレスは素直に引き下がった。そして、目の前に出されたハムやソーセージや、それらを使ったサンドイッチなどを有り難くいただくことにする。
そんなアレスの様子を見ながら、時折ツマミに手を伸ばしたり空いたグラスに酒のお代わりを注いでいたセティが、突然呟くようにアレスに言った。
「災難でしたね、アレス王子。」
前触れもなく、まるで「良い月夜ですね」とでも言ってるかのような口調で掛けられた言葉に、アレスは危うくソーセージを咽に引っ掛けそうになった。一瞬息を詰まらせて、誤魔化すように酒で咽を潤す。
「あの後、間もなく誤解は解けましたよ。」
そのままの口調を続けるセティを、アレスはジト目で睨んだ。
「堂々と夕食を食べにいらっしゃれば宜しかったのに…。」
「まさか、それでお前がこれを運んで来たんじゃないだろうな?」
面識もなかったのにお節介な奴め、とアレスは面白く無さそうに顔を背けた。
「私はそこまで酔狂じゃありませんよ。ただ、今夜は飲みたい気分でしてね。アレス王子におつき合いいただくのが最適だと思ったまでです。」
「最適って、どこが…?」
怪訝な顔をするアレスに、セティはあっさり答える。
「お酒に強くて、口が堅くて、友達が居ない。」
「おい…。何だ、その友達が居ないってのは…。」
アレスはセティが挙げた要素を反すうして、ムッとした。最初の2つはわかるとして、最後の1つが余計だ。本当のことだし友達を増やしたいと思ってる訳でもないとは言え、面と向かって言われて嬉しいものではない。
「余計な人を呼ばれても、煩わしいですからね。」
呼ばれるその人が口が堅いとは限らないし、そもそも酒を飲んだ上でつい漏らしてしまうような言葉を知ってる人は少ないに越したことはない。誰かに言いたい、けれどあまり知られたくない、という話は1人にするのが一番だ。その1人に、アレスは最適だった。酒盛りし慣れているだけに、大抵のことは酔っ払いの戯言と済ませるだけの度量が期待出来る。
「それに、どうも他の方が相手だと肩が凝りそうで…。」
溜め息混じりに言うセティに、アレスは酒が飲めそうな顔ぶれを幾つか思い出したところで納得した。
「なるほど…。だったら、とことん付き合ってやる。その代わり…。」
「はい?」
呆れているようにも取れるアレスの物言いに、セティは首を傾げながら先を促した。
「王子と呼ぶな。そう呼ばれると、俺の肩が凝る。わかったな、セティ。」
「はい、アレス。」
改めて乾杯して、それから2人は大いに飲み食いしたのだった。

とっくに辺りは寝静まっても、アレスとセティの酒盛りは続いていた。
話題は、辺りの治安のことや様々な用兵術のことなどが中心と言うと高尚な会話に聞こえるが、実のところは敵の悪口やセリスの作戦指揮への不満などに終止していたようなところがあった。
「ほぉ…、お前もセリスが嫌いか?」
「嫌い、と言うと語弊がありますが、なるべく関わりたくないことは確かですね。本人に直接恨みがある訳ではないのですが…。」
セティは面白く無さそうにグラスをあおると、ぼそっと吐き捨てた。
「あの放蕩親父めっ!!」
そんなセティに、アレスは酒を注いでやる。
「まぁ、飲め。」
「はい。」
愚痴聞き役になりかけていたアレスは、セティが黙ったところで今度は逆に自分の番とばかりにポツポツと話し出す。
「俺だってなぁ、セリスに父上を殺された訳じゃなし…。あいつを殺してどうなるもんでもないことくらいわかってるんだ。でもなぁ、奴の身内で生きてるのはあれだけだったし…。」
「そうですねぇ。」
「今さら手紙で、恨むなって言われてもなぁ…。」
「そんな簡単に割り切れませんよねぇ。」
「ああ。」
そうこうしている内に、お互い余計なことまで山程喋って意気投合する。
その中で、アレスはふとあることに気付いた。
「お前…、セリスより半年くらい遅く生まれたって言ったよな?」
「ええ、それが何か?」
澄ました顔で問い返すセティから、アレスはグラスをもぎ取った。
「未成年だろ!」
まだ冷静さの残っていた頭の片隅が、セティの歳を把握していた。セリスが未成年である以上、それより後に生まれたセティが成人しているはずがない。
「確かに私は未成年ですけど…。この辺りでは18でお酒解禁ですよ。」
セティはやんわりと言いながら、取り上げられたグラスに手を伸ばした。
「そうなのか?」
そんな話は聞いたことないが、とアレスはとりあえずグラスを返す。
「その割には、随分と飲み慣れているようだが…。」
グラスを何度空けようと少々酔いが回っているくらいで平然としているセティの様子は、決して最近になって酒に手を出した者の飲みっぷりではなかった。
「私はシレジア人ですからね。」
シレジアでは凍えないように子供でも酒を嗜むと聞いて、そこへ足を踏み入れたことのないアレスはそれを嘘と断じることは出来なかった。そんな噂は耳にしたことがなくても、その厳しい寒さについては耳にしている。
そんなアレスに、セティはトドメを刺すように言った。
「大体……あなたに他人の未成年飲酒を咎める資格なんて、あるんですか?」
「うっ…。」
今のセティよりも遥かに幼くして酒と女に手を出したアレスには、確かに他人をとやかく言う資格はないように思えた。そして誤魔化すようにグラスを空け、セティにお代わりを注いでもらって話題を変える。
そうして朝まで飲み続けた2人は、他の者には言えないような本音を互いの心の内にしまい込んだのだった。

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