pas a pas

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ナンナが初めてアレスと言葉を交わしたのは、彼がセリスに剣を突き付けた後だった。
ハラハラしながら皆が見守る中で、ひとまずアレスは剣を収め、セリスのこれからの行動を観察するために解放軍に同行することになった。
セリスの後を追うようにしてアルスターへと向かうアレスを、ナンナは慌てて追いかけた。
「待って!」
必死に馬を走らせるナンナの声に、何事かと振り返ったアレスは彼女に敵意がないことを覚って馬を止めた。そして、何事かと問うような目で睨む。
「あ、あの、回復魔法を…。」
追い付いたナンナが『リライブの杖』を取り出すと、アレスは黙ってナンナの方を見ていた。
「あの…。」
「早くしろ。」
余計なことを言ってる暇があったらさっさと杖を振れ、と睨まれて、ナンナは慌てて杖に祈りを込めた。そして、傷が塞がるのを確認してホッとすると、もうアレスは前方へと走って行ってしまっていた。
ナンナは面白くなかった。
有り難く思えなどとは言わないが、それにしてもあの態度はないだろうと思う。ただ睨み付けるばかりで、発せられた言葉は急かす一言のみ。礼の言葉を要求するつもりはないが、何か他に一言くらいあっても良いのではないかと思ってしまう。
ムッとして再び追い掛けて、ナンナはアレスを怒鳴り付けた。
「別に、感謝されたくてやってる訳じゃないわよ。でもね、無言でしかも無反応っていうのはあんまりじゃないの!」
「何を言わせたい?」
聞き返されてナンナは言葉に詰まった。
「何って…。だから、その、「どうも」とか「もう大丈夫」とか…。」
「大丈夫かどうかは見れば解るだろ。」
アレスはバカにしたように言った。そして、更に冷笑を浮かべて続ける。
「感謝されたくてやってる訳じゃないだと…。ならば、わざわざ礼の言葉を要求するお前は何なのだ?」
「私が言いたいのは、何か一言あって然るべきだってことよ。それが、礼儀というものでしょう!」
「やはり、礼を要求してるじゃないか。」
アレスは冷ややかに言った後、険しい表情でナンナに宣告した。
「お前のような甘ちゃんに目の前をちょろちょろされたら迷惑だ。引っ込んでいろ!」
ナンナが怯んだ隙に、アレスはさっさと先に行ってしまった。
アレスに対するナンナの第一印象は「礼儀知らずの怖い人」だった。

アルスターに付いた解放軍は、仲間に加わったばかりのティニーから城の情報を聞き出して作戦を練った。
「少数精鋭で城に潜入し、一気にブルームを叩く。」
セリスの言葉に、一同は頷いた。
「中に入るのは……私とシャナン。それから、ティニーには案内を頼むよ。彼女が心細いだろうから、アーサーも一緒に来て。」
「うむ。」
「……はい。」
「了解です。」
指名された者達の返事を待って、セリスは更に続けた。
「回復役として、ナンナにも来てもらいたい。それとアレスも併せて6人。以上が城へ潜入するメンバーだ。残りの者は援軍や伏兵に注意を払って欲しい。」
そこで言葉を切ったセリスに、途端に不満の声が浴びせられる。
「どうしてナンナだけなんですかっ!?」
「回復役には、是非わたしをお連れ下さい!」
もちろん、選ばれなかった者達は他にも何やら口にしてざわめいていたが、皆にも聞こえるように叫んだのはリーフとラナだけだった。そして、間を置いてアレスが横から押さえた声で言う。
「何故、俺が行かねばならん?」
それらを聞いて、セリスは軽く首を竦めた。
「発言は1人ずつに順番にしてもらえないかな。まぁ、聞き取るのはまとめてでも出来るけどね。」
そう零してから、まずセリスはリーフの方を向いた。
「君がその手でブルームを倒したいって言うんだろうけど…。ここは、堪えてもらえないかな? 居残り組の統括を君に頼みたいんだ。この地は、君が治めるべき土地だからね。残党の一掃を任せるよ。」
挙兵に失敗したリーフが再び息を吹き返し一隊を率いて残党を倒す姿は、レンスターの民に希望を与えるだろう。ブルームの件については、ナンナをリーフの名代と見立てれば一応の格好がつく。
「そういうことでしたら…。」
リーフはセリスが言った理由だけではなくナンナと離れたくないという想いが強くて不満の声を挙げたのだが、このように言われては引き下がらざるを得なかった。ここでナンナと離れたくないと駄々をこねたら、肝心のナンナに嫌われてしまう恐れもある。
リーフが納得したらしいのを見て、セリスは次にラナの方を向き直った。
「ラナ…、足の遅い人は連れて行けない。」
はっきりと言われたその宣告に、ラナはグッと言葉を飲み込んだ。
「城の中にはまだ敵が潜んでる。殆どの者が出兵したとは言え、城やブルーム達に仕える者達が居るだろう。非戦闘員だからと言って侮る訳にはいかないから、私達は迅速に行動しなくてはならない。君の足に合わせて進む訳にはいかないよ。」
畳み掛けるように言われて、ラナはセリスに会釈すると引っ込んだ。
そして、最後にセリスはすぐ傍に座っているアレスの方に向かって微笑んだ。
「君がどうしても行きたくないと仰るなら、私はそれでも構いませんよ。」
まるで、逃げるのか弱虫め、とでも言いたげな顔にアレスはムッとした。
「俺は……勝手に数に入れられた理由を聞いてるんだ。」
アレスは、セリスを観察するために行動を共にしてはいるが、解放軍に入った覚えはない。それを勝手に潜入部隊に組み込みとは何事か、と言う訳である。
射殺すかのような視線をセリスに向けるアレスに多くの者が青ざめる中で、セリスは父親譲りののほほんとした口調で言った。
「だって、私が行くんだよ。見てなくて良いの?」
「……そういうことか。」
辺りにはまだ解らない者が多く居たが、アレスと一部の者はそれで納得した。
セリスはアレスに「戦って欲しい」とは一言も言っていない。城へ潜入するメンバーとして名前を挙げただけだ。しばらく様子を見ると言ったアレスに、それに最適な席を用意しただけのことだった。
「はい、他に何か疑問や不満のある人は?」
正面を向き直ったセリスは問いかけたが誰も手を挙げることはなく、作戦は決行されたのだった。

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