二人で一緒に…

ロプトウスを倒して、それぞれの在るべき場所へと旅立つ前の僅かな休息の時を得て、ナンナは一つの悩みを抱えていた。
「それなら、リーフ様達とレンスターへ行ったほうがいいわよ。」
「やっぱり、そう思う?」
パティに問いただされて結果的に相談に乗ってもらったナンナは、はっきりと意見してくれたことに、決意をほぼ固めた。
「さぁ、そうと決まったら早いトコ、アレス様やリーフ様に話しに行きましょ。アレス様がどんな反応をするかは判らないけど、リーフ様は狂喜乱舞すること間違いなしね。」
「そこがまた問題なのよね。」
ナンナはリーフの狂喜乱舞する姿を思い描いて溜息をついた。更に、アレスが怒るかごねるか拗ねるか、とにかく不機嫌になることだけは間違いないので、そのことを思うと更に溜息は深くなった。
そんなナンナの様子を見て、気持ちは解るわ、とばかりに頷いていたパティだったが、突風が吹いたような気配に目を開けて驚いた。
「…リーフ様!?」
一体どこから湧いて出たのかと思うくらい突然に現われたリーフに、ナンナも目を丸くした。
「本当、ナンナ? 本当に私と一緒にレンスターへ行ってくれるの?」
リーフは全身から喜びを満ちあふれさせていた。
「え、えぇ、まぁ。ですが、それは…。」
「やった〜っ!! ナンナはやっぱり私を選んでくれるんだね。大丈夫、安心して。絶対に幸せにするから♪」
「いえ、あの、ですから…。」
勢いに押されてナンナがしどろもどろになっていると、リーフは文字どおり狂喜乱舞しながら走っていってしまった。
「姉上〜、姉上聞いて下さ〜い!!」
瞬く間に姿を消したリーフに、ナンナとパティが追い縋るようなポーズで手を伸ばして硬直していると、今度はセリスが走って来た。
「今、こっちにリーフが来なかった?」
「えっ、はい、いらっしゃいましたけど…。」
「でも、もう行っちゃいました。」
まだ呆然とした感じを残したまま答える2人に、セリスはここで何があったのかを問いただした。
セリスに問われることによってだんだん平静を取り戻した2人は、事態を把握し直して再び焦燥感に駆られた。しかし、セリスは至って冷静だった。
「それって、完全にリーフは誤解してるね。」
「どうしましょう〜。」
おろおろするナンナに、セリスは事も無げに言う。
「どうもこうも、早く掴まえて誤解を解きなよ。私はアレスとリーフが君の事で喧嘩するのは見てて面白いと思ってるけど、刃傷沙汰は御免だからね。」
「…悪趣味。」
パティはボソッと呟いたが、セリスはサラッと聞き流してナンナにアドバイスをする。
「姉上〜って叫んでたみたいだから、とりあえずアルテナの部屋へ向うのが良いかもね。」
「はい、とにかく追いかけます!!」
セリスに促されるままに、ナンナは「頑張ってね〜。」という2人の声を背に走り出した。
そして、ナンナを見送ったパティは自分も協力しようと思って走り出す前に、ふとある疑問に駆られた。
「セリス様もリーフ様に何か御用があったんじゃないんですか?」
それに対するセリスの答えはパティの想像を超えていた。
「ううん。一緒に歩いてたらリーフがいきなり走り出したから、何事かと思って追いかけただけだよ。」
「……どこから?」
こわごわと問うパティに、セリスはにっこりと微笑んで遠くを指差したのだった。

必死にリーフの後を追ったナンナだったが、一向に追いつける気配はなかった。
「アレスからリーフに乗り換えたって話は本当なのか?」と行く先々で問われて、どうしても時間をロスしてしまうのだ。
「あのさ、ナンナ。お前、アレス様からリーフ様に…。」
「誤解です!!」
相手が兄ならそうやって一言で済ませられるが、他の相手ではそうはいかないのがナンナの性格の長所でもあり短所でもあった。
「実はかくかくしかじかで誤解されたようで…。」
誰しもがナンナとアレスの事を本当に疑ってる訳ではなくどうしてリーフがそう思っているのかを知りたいだけなので説明するとすぐに納得してくれるものの、ナンナとリーフとの差は広がるばかりだった。
「はぁ、はぁ……。何だか、バカバカしくなって来たわ。」
セリスの言葉に慌ててリーフを追い回したナンナだったが、皆の反応を見てると敢えてリーフを追う必要はないように思えて来た。
「問題は、アレスだけよね、うん。アレスが変にリーフ様の言葉を鵜呑みにしさえしなければ良いんだわ。」
そうと気付いたナンナは、今度はアレスを探してバーハラ城内を駆け回った。しかし、リーフ同様アレスも行く先々で行き違いのように姿を消していた。
散々探し回って城の裏に出たナンナは、疲れて木陰でひと休みすることにした。
「もうっ、アレスったら一体どこをほっつき歩いてるのよぉ。」
とりあえず騒ぎが起きている様子は感じられないので、リーフと刃傷沙汰に及んでることはないとしても、これだけ探して姿が見えないとなるとリーフの言葉を間に受けて避けられてるのかも知れないという不安が募るナンナであった。
「アレスの莫迦〜っ、リーフ様より私を信じなさいよ!!」
「勿論、信じてる。」
いきなり頭上が陰ったかと思いきや振って来た声に、ナンナは驚いて顔を上げた。するとそこにはアレスが立っている。
「アレス…?」
「やっと見つけたぜ。ったく、フラフラとあちこち走り回りやがって…。」
アレスは目を丸くしているナンナの手首を摘むと、引っ張りあげるようにして腰を上げさせた。
「やっと見つけた、って…。もしかしてアレスも私を探してたの?」
「ああ。妙な話が広まってるんでリーフをとっ掴まえて話を聞いたんだが、埒があかなかったんでな。お前の口から事情を聞こうと思って……って、お前も俺を探してたのか?」
「ええ、ちゃんと説明しようと思って。」
2人は互いに顔を合わせてしばらく相手の顔をじっと見つめた後、同時に吹き出した。

ひとしきり笑いあった後、ナンナはアレスに自分のしたいことやしようとしてることを順を追って説明した。
片手で持てる程度しか物を持っていないアレスと違って、ナンナはレンスターにいろいろな物を置いて来ていた。城を脱出し、その後も慌ただしく解放軍へ参加してここまで旅して来たナンナは、アグストリアに持って行きたい物がたくさんあったのだ。それは懐かしくて手放し難い物であったり、またアレスに見せたい物でもあった。
レンスターに置いてある私物をまとめてアグストリア入りしたいと言うナンナの言葉に、アレスはそれらが嫁入り道具のように思えて嬉しかった。だが、それでもリーフと共にレンスターへ行くというのには抵抗を感じずには居られない。
「それって、アグストリアを平定してからじゃダメなのか?」
「ん〜、最初はそう思ってたんだけど…… 先にレンスターへ行けば、かなりの手間が省けるのよね。」
グランベルを挟んで東と西に位置する両国を往復するとなると、かなりの時間が掛かることは必至だった。しかも国を平定後に旅するとなると、それなりの体面やら何やらで手間が掛かる。
「それに、平定してからじゃサイズが合わなくなってとっておきのドレス姿をアレスに見てもらえなくなっちゃうかも知れないし…。」
困ったようにちょっと恥ずかし気に頬を染めて視線を反らし、ナンナは聞こえよがしに呟いた。すると、ナンナの思惑通りアレスはあっさりとレンスター行きを承諾した。但し、アレスも共に行くことが条件だった。
「そんなに心配しなくても、お父様やアルテナ様もいらっしゃるから大丈夫よ。」
「帰りはどうするんだ? 護衛のアテがあったとしても、俺は心配だぞ。」
まさかランスリッターをぞろぞろ連れてアグストリアに嫁入り行列を作る訳にも行くまいし、とにかくアレスはその目で安全を確認出来ている者以外にナンナの護衛を任せる訳には行かなかった。
「それに、どうせなら一緒にレンスターへ行って母上の墓前でお前を紹介したいとも思うしな。」
良いことを思い付いたとばかりにニヤリとするアレスに、ナンナはそっと背伸びをするようにしながら耳元へ手を伸ばした。
「そのことだけど、もしアレスが賛成してくれるなら……と思ってるんだけど、どうかしら?」
ナンナの提案にアレスは目を丸くして彼女の顔をしばらく覗き込んだ後、クッと笑って「賛成♪」と答えたのだった。

アレス達がレンスターを経由して来るまでの間にレスター・パティ・ファバル・ラナと助け合いながらエヴァンス城を間借して、アグストリア奪還の準備を勧めていたデルムッド達は、2人の到着を見計らって撃って出た。それから間もなく、味方の隊の先頭で豪快に剣を振るうアレスの姿に集まった同志達は刺激され、傍に付き従うデルムッドとナンナに勇気づけられ、あれよあれよという間にノディオン城はアレスの手に戻った。
そしてその夜、ナンナは約束通りお気に入りのドレス姿をアレスに披露した。
それは、思い切って作ってもらったものの着るチャンスに恵まれないまま眠っていたとっておきの1枚だった。髪にはドレスとお揃いの色のリボンがお嬢様結びに結ばれている。
「何とか着られたみたいでホッとしてるわ。」
「お前の事だから、もっとガキっぽいドレスかと思ってた。」
アレスの想像に反して、ナンナが着て見せたドレスには胸元から肩にかけて細かいピンタックが入ってる以外にはフリルやレースなどの飾りなどが一切無かった。ただ、スカートにたっぷりとドレープが効いていて、肌の露出が殆ど無いにも関わらずかなり大人っぽい雰囲気を醸し出している。
「似合わない?」
「いや、良く似合ってる。」
深いローズピンクの色合いは、ナンナの金の髪が映え白い肌を淡く染める。
満月の光が降り注ぐバルコニーでそんなナンナに惚れ直したアレスは、吸い込まれるようにナンナに唇を寄せた。
「もうっ、アレスったら…。見回りの兵士にでも見られたらどうするのよ。」
困ったようにアレスをちょっと睨んでおきながらも抗うこと無くそっと目を閉じるナンナに、アレスはフッと笑って答えた。
「誰かに見られたら? 見せつけてやればいいに決まってるだろ。」
しばらく影が一つに重なり合った後、ナンナはアレスの胸に頭を凭れかけるようにして呟くように言った。
「お城を取り戻して……これで、やっと一緒に眠れるのね。」
「ああ、俺達もな。」
「それは、まだ"おあずけ"って言ったら?」
アレスは驚いたようにナンナの肩を掴んで引き剥がし、泣きそうな顔でナンナを見つめた。
「はいはい、言わないわよ。だからそんな顔しないで頂戴。」
「本当だな!?」
パッと顔を輝かせるアレスに、ナンナは小さく頷いた。
「でも、グラーニェ様の遺骨をエルト伯父様と共に埋葬するのが先よ。」
ナンナは、2人の墓前で誓いを立てるまでは絶対に寝室は別ですからね、とアレスの目の前に人さし指を突き付けた。
「分かってるって。そうと決まれば、明日にも父上の墓をあばきに行くぞ!!」
シグルド達がエルトシャンの遺体を埋葬した場所についてフィン達から聞いたりラケシスの日記に手がかりが示されたりはしているものの、正確な位置までは解らない。だが、それを見つけだして改めて供養することは、アレスもナンナも以前からずっと考えていたのだ。そしてナンナは、レンスターへ行くことになった時、出来ればグラーニェをレンスターから連れ帰ってエルトシャンと共に眠らせてあげたいと思ったのだった。勿論アレスも大賛成だったのだが、どうやら今のアレスはあれ程大切に想っていた母のことよりも尊敬していた父のことよりもナンナのことに心を支配されているらしい。
「そんな不純な動機で探しに行ったら、罰当たって、見つかるものも見つからないんじゃないかしら。」
ナンナは心の中でそう呟いた。
しかし、アレスの執念が天罰に勝ったのか、それとも入手した情報の正確さが優れていたのか、それから再び月が天へと昇らぬうちにエルトシャンを発見したアレスは、領内でもっとも仕事の早い職人に頼んでものの数日で眺めの良い場所に両親の墓を作ってしまったのだった。

-了-

《あとがき》

アレスとナンナのドタバタいちゃいちゃ創作でした。
発端はと言うと、エルト兄様とグラーニェのお墓のことなんですが…。
以前書いた創作を読み返していて、ふと思ったんですよ。親世代キャラでお墓がありそうなのはフュリーとティルテュくらいかなぁ、って。フュリーは絶対にフィーがお墓を作ってから旅立ってるだろうし、ティルテュはヒルダは猛反対しそうだけど一応はブルームが公女としてフリージの墓に入れてあげたんじゃないかなぁ、と思うのです。だって、ティニーはヒルダの事は憎んでてもブルームのことは憎んで無かったから、多分粗末に打ち捨てるような真似はしなかったんだろうなぁ、と…。
で、そんなこと考えてたら、ディアドラはもしロプトウス喰らっても死体が残ってたらアルヴィスが絶対に立派な墓を建ててくれそうだな、とか、グラーニェは実家で病死したからもしかして実家の墓に入ったかも、なんて思い始めた訳です。
余談ですが、シグルド様は『ファラフレイム』で骨も残らず消し炭となったと思われます。でも岬に元気な亡霊が現われたから、セリス様はそこら辺に碑でも建てるでしょう。そして、キュアン様とエスリン様は今も尚イード砂漠に埋もれてる? リーフ様、いつか頑張って掘り起こしてね(^^;)
さて、グラーニェにお墓があったとなるとそこに遺骨があるものと考えられます。で、エルト兄様はと言うと、シグルド様達が丁重に埋葬したと思うんですよ。但し、当時既にグランベルの役人が偉そうに闊歩してたから、簡単には解らないようにこっそりと。しかも、多分ノディオン領内に。だから、アレスがノディオンを取り戻したらエルト兄様の遺体を掘り起こして、立派な墓を建ててあげて欲しいなぁ、と思いました。そして、どうせならグラーニェも一緒に埋葬してあげたいなぁ、と…。
そんな訳で、ナンナの引っ越し準備も含めて2人にレンスターへ行ってもらうことにしました。でも、簡単に話が運んじゃ面白く無いから、リーフ様に束の間の幸せを差し上げました。誤解が解けても、ナンナとレンスターへ一緒に旅出来るには違い無いので彼は超それなりに幸せだったことでしょう(笑)
そして前半で苦労した分、後半のアレスとナンナのらぶらぶ度アップvv
しかし……ナンナを大切にし過ぎて、まだ手出し出来ずにいたアレスだったのでありました(笑)

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