DANCE DANCE DANCE

聖戦が終わって暫く経ったある日、ノディオン城に1通の招待状が届いた。
差出人はグランベル王セリス。
それは、ユリアの誕生日に開かれるダンスパーティーへの招待状で、添えられて来た私的な手紙には、「ワルツのステップを覚えて来てね♪」と書かれていた。

「…という訳で、問題はデルムッドだな。」
皆を呼んで、アレスは溜息をつきながら言った。
「どうして、俺が名指しなんですか?」
「リーンはすぐに覚えられるだろ。どう飾ろうとも踊りは踊りだ。だろ?」
問われて、リーンは力強く頷いた。
「アレス様やナンナは?」
「俺達は踊れる。」
自身たっぷりに言い放ったアレスに、ナンナはしっかりと頷き、デルムッドは驚いた。
「どうして踊れるんですか〜!?」
ずっと傭兵してたアレス様や逃亡生活してたナンナがどこでダンスなんか覚えるんだ、とデルムッドはパニックに陥った。
「俺の場合は、身体が覚えてる。」
曲がりなりにもノディオンの王子である。傭兵生活に入る前は、それなりの教育も受けて来た。言葉遣いなどの礼儀作法に関してはその後の傭兵生活ですっかり忘れ去られてしまったが、楽器だのダンスだのと言った幼い頃には正に身体で覚えるようなものについては身に付いたままである。腐っても獅子王の子という訳だ。
「私はお父様達に教えていただきました。」
逃亡中もリーフはそれなりに王子様教育を受けて来た。リーフにダンスのステップを教える際、その相手を務めたのがナンナである。これで踊れないわけがない。
「だから、問題はお前だけだ。何が何でも、今から3日以内に踊れるようになってもらうぞ。」
「3日〜!?」
事が事だけに、今回は馬をかっ飛ばすわけにはいかない。馬車で行くとなると速度も落ちるし通れる道も限られるからバーハラまでに掛かる時間は普段の倍以上だ。その分、留守にする時間も増えるから、やらなきゃいけないことは増える一方。必然的に、特訓に使える時間は限られてしまう。
「教師なんぞ探してる暇もない。俺達が教えるからそれで覚えろ、いいな?」
勢いに飲まれて、デルムッドは首を縦に振ってしまった。

アレスが設けた期限の3日間、食事と最低限の執務を除く時間はすべてデルムッドの特訓に使われるようなスケジュールが組まれた。
「とりあえず、俺達が踊ってみせるから2人はそこで良く見てろ。」
そう言って、アレスはナンナの手を取ってホールの中央へ移動した。合図を受けて、デルムッドはレコードをかける。
流れ出した音楽に乗って、アレスとナンナが踊り始めた。アレスの堂々たるステップとナンナの軽やかなステップをデルムッド達は食い入るように見つめる。
「大体、こんな感じだ。そんなに複雑なステップはないから、すぐに覚えられるだろう。」
「ステップさえ覚えてしまえば、後はそれが繰り返されるだけだから。」
そのステップが分かりやすいように、ナンナはわざわざパンツルックで踊ってみせた。そのおかげで、リーンは細かい部分に不安はあるものの粗方のステップは何となく掴んだようだった。そして、不安な部分をナンナに教えてもらうと、一通りのステップは踏めるようになってしまった。
「さすが、踊りが本職なだけあるわね。」
手放しに褒めるナンナに、リーンはちょっと誇らしげに答えた。
「素敵な動きを見つけたら、一目で覚えないと商売上がったりだったもの。他の人達とは日々動きの盗み合いだったのよ。」
しかし、一方のデルムッドはなかなかステップが覚えられない。
「えぇっと、まずは右足が後ろへ行って…。」
「違う!! 左足が前だ。お前は女か!?」
言われる程にデルムッドは混乱し、覚えたはずの動きも解らなくなっていく。
「ねぇ、アレス。リーンはステップ覚えちゃったんだけど…。」
ステップを覚えれば、後は実際に踊って慣れるだけである。
「ん〜、どうすっかな。お前、デルムッドに男性パートのステップ教えられるか?」
「ええ、昔、リーフ様にお教えしたことあるし…。要は、私の動きに合わせればいいんでしょ?」
「まぁ、そうなるな。」
話がついて、アレスはナンナと交代した。そして、レコードをかけるとリーンの手を取って中央へ移動する。
タイミングをはかって軽くリーンの肩に合図を送り、アレスはリーンと共に踊り始めた。最初は自分のステップに集中していたリーンだったが、徐々に余分な力を抜いてアレスのリードに合わせるようになっていく。
それを横目で見ながら、ナンナはデルムッドにステップを教え続けた。
「だから違うってば!! もうっ、さっさと覚えてよ。お兄様が踊れるようになってくれないと、アレスがリーンの練習相手役から解放されないじゃないの!!」
いくら、過去のことは気にしなくなっているとは言え、自分の目の前でアレスが他の女性とワルツを踊っているのを見ているのはいい気分ではない。
「そんなこと言われても…。」
これまで、音楽に合わせて身体を動かすという行為自体に縁のなかったデルムッドは、カウントに合わせてやれ左足を前へ右足をカーブさせて斜めへと言われても、勝手が掴めなかった。

そして翌日。
「どうして、全然覚えられないのよ!!」
「えぇっと、えぇっと…。」
ナンナはまたしてもアレスとリーンの素晴らしい踊りを横目で見ながらデルムッドにステップを教えていた。
「違うって言ってるでしょ!! お兄様、リズム感覚を何処に置き忘れて来たのよ!!」
一向に上達しないデルムッドにナンナは怒る一方で、余計に成果が上がらない。
「だから、そこは右だって、何度言わせるの!!」
「…ナンナ。お前、リーフ様にもその調子で教えてたのか?」
確か、教師役を交代する時にナンナが「リーフ様にお教えしたことある」って言ってたよな、と思い返してデルムッドはボソッと質問した。
「そんな訳ないでしょ。リーフ様はお兄様と違ってすぐに覚えられましたもの。そりゃもう必死のご様子で、すぐに上達されましたわ。」
幼い頃からナンナに夢中だったリーフである。うっかりステップを間違えてはナンナの足を踏んでしまうとなれば、必死になりもするだろう。
「お兄様、もっと真剣にやって下さい。」
「……。」
俺だって一生懸命やってるつもりなんだ、と心の中で叫びながら、デルムッドはナンナに言われてステップの復習に取りかかった。
そうこうしていると、アレス達がナンナの元へやって来た。
「交代だ、ナンナ。」
「えっ?」
「リーンに教えるべきことは全て教えた。俺達は引き上げるぞ。」
ナンナは、アレスの言ってる意味がよくわからなかった。
「と、その前に、お前も復習しとくか。デルムッドの相手でステップがガタガタになってるかも知れないしな。」
言うが早いか、アレスはナンナを引っ張って広い所まで行った。そして、リーンに向って軽く手を振る。
鳴り出した音楽に乗って、アレスはナンナを踊り始めた。
「やっぱり、おかしくなってるな。妙な力が入ってるぞ。」
「えっ?」
「余計な力を抜け。俺のリードに任せろ。」
耳元へ囁くような甘い響きで言われて、ナンナはドキッとして一瞬身体を強張らせた後、スッと身体の力が抜けた。
「ん、上出来♪」
そのまま最後まで踊り切ると、アレスはボ〜っとなっているナンナを抱え上げてスタコラと引き上げてしまった。
「あ〜っ、アレス様、見捨てないで!!」
「あら、大丈夫よ、デルムッド。あたしが実地で教えてあげるから。」
にこにこと笑うリーンの教え方は、3人の内で最も厳しかったらしい。しかし、リーフと同様に相手の足を踏むまいとする気合いの違いもあってか、デルムッドは夜明けまでには踊れるようになっていた。
そして、パーティーでちゃんとしたステップを踏む彼等を見て、セリスはとても悔しがったのだった。
「何故だ。どうして彼等は全員踊れるんだ!? 元傭兵に逃亡生活者に街の踊り子に僕の幼馴染みなのに…。他はともかく、デルムッドだけは絶対踊れないと思ってたのに〜!!」
自分が辛うじてステップを覚えたところで仕掛けた悪戯を見事に回避されてしまったセリスは、心の中で絶叫していたらしい。

-End-

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