4年越しのプロポーズ

アレスと一緒にノディオンへやって来て、どれくらいの月日が流れたことだろう。
ナンナは、今日も届いたおめでたい知らせを思い返して、草の上に腰を下ろして溜め息をついていた。
婚礼の招待状はとっくの昔に届き尽くした感がある。
既に相手が居た者達については、殆どの者が国入りすると簡抜入れずに式を挙げ、その後は続々と出産の知らせが舞い込んで来る。国の復興の為にフリージへ行ったティニーも、バーハラに残ったユリアも、恋人の元に嫁いで久しい。
バーハラで別れる際に、周りには女性の影も形もなかったセリスでさえ、随分前に王妃を迎えていた。あの頃の仲間の内で今もなお独身なのは、ナンナ一筋を貫いて家臣達を泣かせているリーフと、最年少だったコープルくらいのものである。しかし、そのコープルでさえ近々婚約を発表するらしいとリーンが話していたとか…。
それなのに、ナンナは未だにアグストリアの王妃にはなっていなかった。
「結婚する気、ないのかしら?」
ノディオン入りしてしばらくは、禄に休む間もなく国の平定に走り回っていた。その後、アレスはデルムッドに補佐されながら国家運営とその勉強に明け暮れざるを得なかった。勿論、ナンナも出来る限りの手伝いはしたし、それでも大変だったことは認める。国王の婚礼などという一大イベントを行うなど不可能な状態だったことは、ナンナだってよく解っていた。
しかし、そんな状態が過ぎ去り生活が安定して来ても、アレスがプロポーズする気配は全くなかった。それでいて、ナンナに対する態度は相変わらずだ。
「遊ばれてる、ってわけでもないとは思うけど…。」
もしかしてアレスは、恋愛と結婚は別だと考えているのだろうか。ナンナはあくまで恋人で、王妃にするのは政略的にもっと意味のある人にしようと考えているのかも知れない。
そんな考えが頭の中を巡っては、それを捨てるようにナンナは頭を振った。
「大体、そんな都合の良い相手なんていないじゃないの。」
政略結婚の対象になりそうな立場にあるのは皆あの頃の仲間達で、今や全員が既婚者である。彼等の娘を娶ろうなどと思っているならいざ知らず、ナンナを差し置いて王妃に迎えられるような人材は何処にも見当たらない。ナンナだって、政略的価値はかなり高いのだから…。
「まったく…。アレスったら、何考えてるのかしら?」
アレスの考えることなら何でもお見通しだと思っていたが、このことに関してだけは本当に訳が解らなかった。

ナンナがその日何度めの溜め息をついた頃だろう。
丘の上にアレスが馬を飛ばしてやって来た。
「やっと見つけた!」
かなりあちこち捜しまわったと見えて、アレスも馬も息が上がっていた。
「ごめんなさい。ちょっと息抜きしてて…。」
ナンナは慌てて立ち上がると謝ったが、それをアレスが制した。
「お前が謝ることじゃないだろう。俺が勝手に捜してたんだ。」
それでも、平和だしすぐ近くだからと行き先をはっきり告げずに出て来たナンナは罪悪感を感じていた。ナンナには本来、緊急の場合に備えてすぐに連絡がつくようにしておく義務がある。
そんなナンナの様子に苦笑しながら、アレスは懐を探った。
「これを…。」
差し出された小さな箱に、ナンナは首を傾げた。それでも、アレスが押し付けるようにするので受け取って慎重に蓋を開ける。
中からは、小振りだが綺麗な紫色をした宝石の付いた指輪が顔を出した。
「やっと手に入ったんだ。それで、一刻も早くお前に渡したくてな。」
そこには、世界的に名の知れた宝飾店の保証書も付いていた。本物のアメシストとプラチナの婚約指輪だ。
「代金を貯めるのに4年も掛かっちまった。」
目を丸くして指輪を見ているナンナに、アレスは照れくさそうに笑った。そして、はっきりと告げる。
「これでやっと言える。…ナンナ、俺と結婚してくれ。」
ナンナは待ちわびていた言葉をもらって、はにかみながら頷いた。だが、涙が出そうになるのを堪えたところである考えが頭をよぎり、呆れたような口調で言う。
「まさか、指輪が用意出来ないからって今までプロポーズしなかったんじゃないでしょうね?」
「えっ、あぁ、いや…。」
アレスは誤魔化そうとしているようだったが、図星を刺されたと顔に書いてあるのをナンナは見逃さなかった。
「見栄っ張り!」
「違うっ!!」
叫んだナンナに、アレスは即座にそれを否定した。確かに今までナンナに何の説明もしようとしなかったのは見栄によるものだが、プロポーズしなかったのは決して自分の見栄の為ではなかった。
「指輪も無しにプロポーズしたことで、お前が軽んじられるのが我慢ならないから…。」
「私が…?」
不思議そうに問うナンナに、アレスは面白く無さそうに説明した。
「お前は気にしないかも知れんが、慣習や外聞をとやかく言う連中は多いんだ。」
指輪を贈るということは、相手に財産を委ねるという証でもある。それを贈られることなく王妃に迎えられては王と共に国を預かる資格はないと思われ、何かあっても単に王の寵愛を受けているだけ小娘と軽んじられるだろう。
「だから、連中が文句の付けようのないちゃんとした指輪が用意出来るまで必死に我慢したんだ。」
王妃に贈る婚約指輪を公費で買っても大目に見て貰えそうだが、それではナンナが受け取ってくれないだろうし、アレス自身が嫌だった。ナンナに贈る一世一代の贈り物は、私費で買わなければ意味がない。そのため、アレスはこれまで酒代を節約してお金を貯めて来たのだ。
「本音を言えば、ここへ来てすぐにも結婚式挙げたかったんだからな。」
忙しかろうが何だろうが、アレスにとって一番大事なのはナンナである。招待客だの豪華な衣装だの仰々しい儀式だのといったものに、アレスは興味などなかった。個人的には、ナンナと2人でただ改めて将来を誓いあうだけで充分なのだ。しかし、それをしなかったのは全てその結果ナンナの立場が悪くなるからである。自分の陰口はどれだけ叩かれても耳に入らなければ構わないが、ナンナを悪く言われたり軽んじられたりするのは絶対に我慢ならない。
「…莫迦ね。」
「悪かったな、莫迦で…。」
「ううん。」
ナンナはアレスに言った訳ではなかった。
そして薬指に嵌めた指輪を見つめるナンナの目からは、先程堪えた涙が溢れ出した。
「やだ、止めたと思ったのに…。」
慌てて目元に持って行こうとした手が押さえられ、代わりに暖かく柔らかいものが涙を拭う。
「アレスっ!?」
涙と逆行して頬から目元を伝うアレスの唇に、ナンナは真っ赤になった。
「泣くな。」
アレスの行動を認識して真っ赤に染まったナンナの耳に、アレスが優しく囁く。
「お前に泣かれると、どうしていいのか解らなくなる。」
「…はい。」
驚いて止まってしまった涙が僅かに残って潤んだ瞳をアレスに向けて、ナンナはゆっくりと微笑みを浮かべた。そして、指輪の石の上にそっと反対の手を重ねると、もう一度大きく頷いたのだった。

-了-

4周年おめでとうございます〜☆
課題の「キス」はアレスにしては控えめなものになってしまいましたが、愛は込めてあります(^^;)
公費と私費をきっちり分けてるおかげで、指輪代を貯めるのに4年も掛かってしまったアレス(笑)
ナンナに贈るのに相応しい指輪は、給料の3ヶ月分なんてものではありません。アメシストはそんなに値の張る石ではなかったと思うのですが、上質の物となればそれなりに…。おまけにプラチナの台は細工によってお値段はピンキリです。これだけの物を贈れば、他人にとやかく言われることはないでしょう。
アレスはコツコツと小銭を貯めながら4年も我慢出来たのは、その為ですから…(*^^*)
(from LUNA)

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