BRIGHT NIGHT&MORNING

それはアレスが解放軍に参加してから初めて野宿から解放された日の出来事だった。
皆より遅れて城入りしたアレスは、セリスから好きな部屋を使うように言われて、隅の方の小部屋に荷物を入れた。しかし寝る前になって2階にある豪華な部屋に移動を強制された。神器の使い手として、ノディオンの王子として、相応の扱いをするべきだということでオイフェから進言された結果、セリスは自分やシャナンやリーフが使ってるような貴人の部屋へアレスを移動させたのだ。
しかし今まで傭兵として生活して来たアレスには、貴族が使うような豪奢な部屋は居心地が悪かった。それに、そこにあった寝台はやけに広くてふわふわしていて、どうも落ち着かない。
寝付かれなかった彼は、気分展開に城の周りを散歩することにした。

アレスが自分のあてがわれた部屋の下辺りを通りかかると、そこには先客が居た。ナンナである。
「何やってんだ、こんなところで?」
「あなたこそ、どうしたの?」
「俺は散歩だ。なんとなく寝付かれないんでな。」
「私もそうよ。」
そう言うわりに、ナンナはその場に座り込んでおり、とても散歩をしているようには見えなかった。
「散歩の途中に座っちゃいけないの?」
いけなくはないが、マントなどを羽織って出て来たアレスと違い、ナンナは昼間戦っている時のような薄着だったので、じっとしてるとかなり冷えるのではないかと思われた。
アレスは自分の羽織って来たマントを脱ぐと、ナンナに渡した。
「いらないわよ。こんなの借りたって・・・。」
「マントだけじゃ不服か?だったら、これも貸してやるよ。」
アレスは徐にサシュベルトをほどくと、チュニックの上に着ていた長衣を脱いでナンナに投げ付けた。
「ちょっと、これじゃあなたが凍えちゃうじゃない?」
「だったら、さっさと着ろ。お前がそれを着たら俺は部屋へ帰って寝る。」
アレスの妙な脅しにナンナがノロノロと長衣とマントに包まると、アレスは
「お前もなるべく早く部屋へ戻れよ。」
と言い残して帰って行った。

成りゆきで部屋へ戻っては来たものの、アレスはやっぱり寝付かれなかった。時に眠気が襲ってくるものの、ちゃんと眠り込む前に目が覚めてしまう。
ふと、ナンナはちゃんと部屋に戻ったのかなと気になって、起き上がって窓の外を見てみると、なんとナンナがアレスのマントに包まって外で横になっていた。
「あのバカ、何やってんだ!?」
アレスは慌てて外へ駆けて行き、ナンナを抱えて部屋へ戻って来た。
揺すっても起きないナンナにアレスは焦ったが、別に具合が悪くなって意識不明というわけではなくただ熟睡してるだけのようなので、仕方なく自分の寝台に寝かせることにした。マントや長衣を剥がしても完全に眠り込んでいて一向に起きる気配を見せないナンナに呆れながら、アレスはガード装具やティアラをはずし靴を脱がせて彼女を寝台に転がした。
寝台はとっても広くて2人で寝ても余裕があり過ぎるくらいだったが、まさか隣に潜り込む訳にも行かず、アレスは取りかえしたマントと長衣を掛け布団代わりにしてソファで休むことにした。
枕代わりにちょうどいいクッションもあり、そこそこの堅さのあるソファは思いの外寝心地が良かった。日が完全に昇った頃、ぐっすり眠れたアレスは気分よく目を覚ました。
すると、何やら外が騒がしい。
「何を騒いでるんだ?」
手早く長衣を纏ったアレスが廊下に出て叫ぶと、近くに居たレスターが駆け寄って来た。
「アレス様、こちらのお部屋にいらしたんですか?」
驚いたように言ったレスターだったが、自分で質問しておきながらひとまずそれは置いておいて、ナンナが夕べから行方不明だと説明した。
父に話があるから、と部屋を後にしてから戻って来ない。てっきりフィンと話し込んでそちらで休んでるものと思っていたら、朝になってフィンが現われてもナンナは姿を見せないので聞いてみたところ、話の途中で飛び出したっきり姿を見ていないと言われて、同室のパティが騒ぎ出したのだ。そしてそのまま次々と人を巻き込んでの大捜索となってしまった、ということだった。
「・・・俺のところに居る。」
「ええ〜っ!?」
レスターは素頓狂な声をあげた。しかし、即座に落ち着きを取り戻したように真面目な表情になると
「他の方々に知らせて来ますので、アレス様はお部屋にいらして下さい。」
と言い残して走り去った。

レスターが皆を連れて戻ってくるのを待っていると、ナンナが目を覚ました。
「なななな、なんでアレスがここに居るのよ〜!?」
「居ちゃ悪いか?ここは俺の部屋だ。」
「なんで、なんで、どうして〜!?」
アレスからマントと長衣を借りて包まった後いつの間にか眠ってしまった、という自覚のないナンナは、外で不貞腐れていたはずが気が付けばアレスの部屋で、しかも着けていた防具が全て外されてワンピース1枚で寝台の中にいたという現状についていけなかった。
「ったく、この寒空に外で寝転けやがって。俺が拾って来なかったら今頃死体になってたかも知れないんだぞ!」
「拾って来た?」
「俺はお前に野宿させるためにマントを貸したわけじゃないんだ!なるべく早く部屋に戻れって言っといただろっ!!」
目を覚ますなり怒鳴り付けられて、ナンナはますます訳が解らなくなって来た。
「だいたいだなぁ・・・何だ?今取込み中だ!」
アレスがナンナに向かって更に何か言おうとしていると、背中を突くものが居た。
「私達にも解るように説明してもらえないかな?」
アレスが振り向くと、セリスを始めリーフ、フィン、デルムッド、レスター、パティがゴチャッと並んで居た。どうやら、パティがフィンと騒ぎ出してすぐリーフが加わり、走り回ってるパティの姿を見つけたレスターが巻き込まれ、デルムッドに情報が伝わり、セリスにまで話が行ってしまったらしい。
アレスは最初の散歩の件は省き、外で寝てるナンナを見つけたから保護して寝床を提供したとだけ話した。
「ふ〜ん、君って手が早いんだね。」
「どう言う意味だ?」
「いくらアレス様でも、妹にこんな真似は許せませんね。」
「アレス殿の父上は御立派な方だったと聞いてたのに、嘆かわしいですよ。」
口々に責め立てられてどういう誤解をされてるのかを把握できたアレスは、サイドテーブルを叩いた。その音に一瞬皆が黙ったところで反論する。
「俺はこいつを保護しただけだぞっ!!」
「だったら、どうして自分の部屋に連れ込むんですか?ナンナの部屋に連れて行けばいいでしょう?」
ナンナを捜しまわった者たちからすれば、リーフの意見はもっともだった。実は、アレスの部屋に運ぶよりナンナとパティの部屋へ運ぶ方がよっぽど近い。
「とっさに自分のところへ連れて来たとしても、差し紙のひとつもしておいてくれれば、あたしだってここまで騒いだりしなかったのに・・・あたしのところじゃなくてフィンさんのところにでも知らせておいてくれれば・・・。」
「そうですよ。行方不明だっていうから、俺達も慌てたんですから。」
リーフに続いてパティとレスターも、アレスの気が利かないと責め立てた。それを聞いたアレスは腕を組み溜息混じりに
「誰か、俺に部屋割り教えたのか?」
と呆れたように言った。
闘技場に寄っていて城入りが遅くなったアレスは、皆が「俺ここ」「私はこっち」と部屋を決めている現場に居合わせなかったし、特に気にもしてなかったから誰が何処の部屋にいるのか知らなかった。最悪の場合でもセリスのいる部屋はどうせ城主の部屋だろうと見当がついていたので、それさえわかっていれば充分と敢えて部屋割りを聞き出す必要性を感じていなかったのだ。
「でも、それならナンナを起こして部屋まで送れば・・・。」
勢い込んで責め立ててあっさりとは引っ込みがつかずまだアレスが悪いと言い続けるリーフに、アレスは突き放すように言った。
「あいにく俺はお前みたいに育ちが良くはないんでね、熟睡してるやつを優しく起こす方法なんか知らないんだ。こいつの頬を何発か張り飛ばしてでも部屋に送って行くべきだったとお前らが口を揃えて言うのなら、俺の対処がまずかったのだから頭のひとつも下げてやるが。」
これでもまだ俺に非があるとするのか、とアレスに問われてついにリーフも押し黙った。

「あの・・・要するに私が悪いのよね。」
やっと事態が把握できたナンナが、アレスと他の者の間に進み入った。
「ごめんなさい、アレス。助けてくれてありがとう。」
「これからは気をつけろよ。あんなところで寝てたら、マジで翌朝には恥ずかしい凍死体だぞ。」
面と向かってナンナから謝罪と礼を述べられて、ちょっと照れながらアレスは左手をナンナの頭にポムッと乗せた。ナンナはその手の下で小さく頷くと、今度はセリス達に向かって
「御心配をお掛けして申し訳ありませんでした。」
と謝った。
「いいんだよ、ナンナ。無事だったんだから。」
「そうそう、何もなかったんだから。」
セリスとリーフはナンナを安心させるように声をかけ、更にリーフは一番近くに居た者の役得とばかりにナンナを抱き締めて背中をポンポン叩いた。フィンは、今さら自分が言うべきことはないなとばかりに子供達の成長を感慨深く見つめていた。
そしてセリス達がナンナを連れて出て行こうとした時、アレスが皆を呼び止めた。
「出て行く前に、何か俺に言うことはないのか?」
呼び止められて、誰に向かって言ってるんだろうとばかりに皆がきょろきょろしていると、フィンが抜け出て来て
「この度は、娘が御迷惑をお掛け致しまして・・・。」
と挨拶しかけたが、アレスは
「それはもういいんだ。もっと他にあるだろう、ナンナや叔父上以外の奴らは言うべきことが。」
と言うので、今度はデルムッドやセリスが思い出したように言った。
「朝食は下のホールで配ってますから。」
「違うっ!」
「会議は10時からだから遅れないでね。」
「いい加減にしろっ!!」
全然わかってないセリス達に、アレスのこめかみには怒りのマークが張り付きはじめた。
「ひとのことを手が早いだの嘆かわしいだのいろいろと言っておいて、そのまま逃げるつもりか。一言謝ってから行きやがれっ!!」
「あはは、やだなぁ、そんな細かいこといつまでも気にしないでよ〜。」
セリスは笑って誤魔化して逃げ去ったが、他の者はさすがにそれなりの良識があった。レスターを中心にデルムッドやパティが身を寄せ合い、フィンに視線を流したリーフがその輪に加わり素早く何事か話し合うと、アレスの方を向いて
「勝手なこと言って責めたりして、ごめんなさい。」
と頭を下げた。そして、リーフは言葉を続けた。
「これでよろしいですか、アレス殿?」
そう言って、探るようにちょっと小首をかしげた姿に追打ちを掛けられて、アレスは爆笑した。
「何がそんなにおかしいんですかっ!?」
「ああ、すまん。まさか、そんなに真っ正直に謝るとは思わなかったから。」
てっきり逃げる相談をしていて、「ごめん」とか「すいません」とか笑いながら言ってセリスのように逃げて行くと思っていたのに、言葉を打ち合わせて声を合わせて謝って来られて、アレスは何やらくすぐったい気分だった。その上、その後のリーフの仕種が妙に可愛くて、つい笑ってしまったのだ。
「えぇっと、確か朝飯は下のホールだったよな。お前らは済んでるのか?」
全員が首を横に振った。
「なら、早く食いに行こうぜ。」
そう言うと、アレスはスタスタと部屋を出て行き、リーフ達も慌てて後を追った。

-End-

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